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秀才の言葉は信じない

 とは言え、魔法の座学の課題も進んでいないのに、魔法の実技がやってくるのは全く喜ばしいことではなかった。


「魔法が全く使えないって、言った方がいいかな?」


 明日の実技授業を前に、小夜は定例のトリコ相談を行っていた。

 トリコが「そうねぇ」と久しぶりに真剣に悩んでくれる。


「わたくしの在学は今年で三年目だけれど、魔法の成績は座学も実技も研修も総じて上位よ。今更何も使えないというのは、不自然に過ぎるのよね」


「トリコは優秀なのねぇ……」


 しみじみと項垂れた。


 約三週間が経過した学校生活の中で、近々に必要な情報以外のことも少しずつ小夜は教えてもらっていた。


 例えば、各地にある教会付属の全学校で基礎的なことを学び、推薦状を受けて専学校で学ぶことや、入学年齢は十三歳が一般的だということ。

 服装は自由だが、リボンやタイの色は入学年毎に決まっていることなども聞いた。

 ちなみに小夜は赤色、ファニは十五歳だが一学年目という扱いで紺色だ。


(上靴や名札の色違いみたい)


 他にも、基本の本六科のうち、専攻できるのは二つだけ。副六科は三つまで。更に宮廷作法や絵画など、希望すれば受けられる特別講義などもあるらしい。


 現在はルキアノスと行動を共にしなければならないため、専攻している科目の重複している部分に絞っているらしいのだが、魔法以外には経済学や自然学といったもので、小夜にはさっぱりだった。


(嫌がらせかと思ってた)


 授業は途中からだし、内容は程々に高度だし、周囲はセシリィ・クィントゥスなら分かって当たり前という視線で見てくる。

 お茶会や夜会の誘いや当たり屋まがいの嫌がらせは減ったが、頭痛の種はすぐそばにあったという話である。


「寮監に許可をもらって、外で軽くやってみてもいいけど」


 短い逡巡のあと、トリコが軽く提案してきたことに、小夜は「え」と瞠目した。


「軽くって、寮室ここじゃダメなの?」


「寮も学校も、基本は武装禁止と言ったでしょう? ちゃんと魔法の発動を抑制する魔法が建物全体に施されているから」


 どうやら、生徒の良心に頼っているばかりの話ではなかったらしい。魔法を感じられない小夜としては、いまいち実感が湧かない。


「でも、外に出るならルキア様の許可もいるんじゃ?」


「講義も終わったのに出歩くと、無駄に怪しまれるかしらね」


 不採用ということになった。


 案その二に移る。


「ひとまず、神識典ヴィヴロスにある祈りの文言を暗記するか、古い祝詞を暗記してみればいいと思うけれど」


 何でもない顔で突然宿題を出された。


 神識典とは、創生神話とはまた別に教会で読まれている、信仰の基本となる教えを記したものである。

 セシリィは魔法の他に神学も選考しているため、必然的に小夜も習う羽目になるのだが、一読した限り、神様と人との会話や、神様のとんでもエピソードなどが書かれているというのが、小夜の印象であった。

 神学の授業には必須らしく、本が貴重な中にあって、これは一人一冊持っている。

 そしてとても重要なことに、とても分厚い。


「え? なんで?」


 覚えたくない一心で問い返す。


「魔法は神様のお力をお借りするんだから、当たり前でしょう?」


 知らない独自理論をぶつけられてしまった。どうやらまた新たな常識を覚えなくてはならないようだ。


(今日はもうお腹いっぱいなんだけどなぁ)


 しかしトリコはこれに意外性を発揮はせず、無自覚なスパルタであった。解説が当然のように続く。


「魔法は神様から盗んだ知恵だと言われているけど、それには続きがあるのよ」


 魔法は神の力を借りるものだが、盗んだ者たちに力を貸すほど神も寛容ではなかった。盗んだ者たちは神の知恵を独自に紐解き、地上にあるもので再構築することを試みた。

 結果彼らは、文字や図形を用いた陣や道具、神に繋がると言われる自らの血を利用することで、似た力を手に入れた。

 それが今でいう魔法にあたる。


 一方、神はこの所業を許さず、対抗する手段として人間種に改めて神の知恵を与えた。祈りにより神の力を借りる法――借神法かみほうの始まりだ。


 だが祈りによる借神法は文言が長く、発動に速攻力がなかった。研究者たちは次第に邪法である魔法を取り込み、隠れて応用することで借神法を発展させた。


 つまり魔法とは厳密にいえば神に依らない邪法のことなのだが、一時期巷で流行った物語の中に登場した力が魔法と呼び習わされたために、全ての力を魔法と呼ぶようになったと云われている。


「まぁ、これには諸説あるけれどね」


「どうでも良いです……」


 ちなみに、神殿などでは未だに借神法、又は簡単に神法みほうと呼び続けているらしい。が、余計な情報は出来れば聞かせないでほしかった。


「授業でやったでしょ?」


「そういう長広舌は子守歌なんだよね」


「え?」


 信じられない、という顔をされた。

 どうやら、秀才にそういう感覚はないようだ。


「……じゃあ、明日使いそうなものだけ、頑張って覚えるよ。一個だけ」


「基本の四元素各四種くらいは、今日中に覚えられるのではなくて?」


「…………」


 トリコがパタパタと羽ばたいて、机の上に並んでいる分厚い一冊を嘴でつつく。


 秀才の言葉は信じないことに決めたので、小夜は頷く危険を回避して話を戻した。


「やってみて、やっぱり使えなかったら、今日は調子が悪いで片付けてもいい?」


「体調や精神状態によって結果が左右されるという話はあるわね。わたくしに限ってそんなことはないけれど」


「…………」


 これだから秀才は困る。しれっと話題を変えることにする。


「呪文って、読むだけで良いの?」


「力を発揮させたい目的や方向が決まっている場合は、視覚と意思で指向性を持たせる方が強度が上がるわよ」


 難しい話が嫌で話題を二転三転させたのに、結局難しい話に戻ってしまった。 


「……もうちょっと噛み砕いておくれ」


「だから、対象物に手や指を向ければ効率が良いという話よ」


「なんだ。最初からそう言ってくれればいいのに」


「言っているじゃない」


「…………」


 秀才なんか嫌いだい。


「でも、やっぱり手なんだね。他じゃダメなのかな?」


 少し気になったことを尋ねる。


 これは純粋な好奇心であったが、アニメの中では、手をかざすと円陣が浮かび上がったりする演出が多いが、異世界でも同じなのかと思ったのだ。が。


「いけないということはないと思うわよ。でも自由に動かせる組織のなかでは、髪の毛や足の指よりも使い勝手がいいというだけじゃなくて? 魔方陣の構築式は少し前から始まったけれど、魔法陣の組み込まれた杖や指輪を使うのはまだ先でしょうし」


 自分の体と感覚のコントロールを覚えるまでは、道具に頼らない方がいいというのが、この学校の基本的な方針らしい。いざという時、最後に手元に残るのは自分の身一つだから、という考え方のようだ。


 夢のない話をされてしまった。


「それに、神様に祈る時に両手を合わせるでしょう? その関連性や仕組みについても、そのうち授業で研究すると思うけれど。高学年になると座学でも実技でも理論展開の方が圧倒的に多くなるから」


「…………」


 今日のトリコは聞きたくない話ばかりをする。


「……いけず」


 仕方なく神識典を胸に抱えながら、寝台の傍らでキノコのようにいじける小夜であった。

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