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出し物扱い

 クレオンは、ゆっくりと階段の間を見渡した。

 まず、空間の中央にある大階段の踊り場にいる小夜と目が合った。次いでそれを囲む神職者三人を視認する。

 階下に視線を移しては、階段の両側に並べられた椅子の、右側には状況を飲み込めず困惑顔の貴族たち。左側は空で、座っていた者たちは手に手に羽根を握り、欄干に留まったトリコに群がって膝をついている。

 そして貴族たちと階段の間に、取っ組み合い真っ最中のルキアノスとイスヒス。

 それを確認して、クレオンは破顔した。


「間に合ったようだな?」


「遅い!」


 ルキアノスが吠えた。クレオンに目を奪われていた間にか、イスヒスから距離を取っている。

 その目はどう見ても、友にも援軍にも喜んでいるようには見えなかった。


「え、え? ど、どういうこと……?」


 さっぱり分からなかった。

 遅いということは、待っていた――つまり予定通りということなのだろうか。しかしルキアノスの剣幕からは殺気しか感じられない。

 と思っていると、珍しくクレオンが動揺し出した。


「も、もしや……もう言ってしまったのか!?」


「お前のせいで無駄に振られたろうが!」


 原因が判明した。

 そしてクレオンが妙に嬉しそうだった理由も判明した。


(なんか出し物イベント扱いされてた……?)


 どうやら、小夜に婚約を申し込む前後にはクレオンが到着している予定であったらしい。だがどうせ、申し込む前に到着していてもどのみち高みの見物を決め込んだであろうことは想像にかたくない。


「では次は俺の番だな!?」


「お前の番なんか永遠にやってくるか!」


 こんな状況だというのに、悪友二人がじゃれだした。クレオンの顔がどんどん活き活きしてきている。

 そんな悠長なことをしていていいのだろうかと、小夜でさえ心配になった。だがクレオンが登場して以降、イスヒスは剣を構えてはいても攻撃しようとはしなかった。


(そっか。イスヒスさんの目的は殺すことじゃないから)


 彼の本職は神の子の護衛である。ルキアノスが襲ってこないのなら、イディオの前を離れる理由はない。

 それに小夜は知らないことだが、神殿内での殺生はご法度だ。所持する武器も刃を潰すのが一般的であった。ルキアノスが攻撃的魔法を使えなかったのにも同様の理由があるが、ここでは割愛する。


(となると……どうなるんだ?)


 クレオン効果で微妙に場が緩んではいるが、問題は何一つ解決していない。

 小夜があのまま神話のように光りながら空にでも消えていけば完璧だった気もするが、生憎そんな芸当はできない。

 それにトリコの威力で婚約は破棄にできても、神殿との和解には大して寄与しない気がする。

 だがふと視界に入ったフィオナは、目が合うとかすかに苦笑した。まるで、これでも予定通りなんですよ、とでも言うように。

 しかしそれも、再びの靴音が高らかに響き渡って、緊迫した空気に引き戻された。


「で、いつになったらお前は余の先触れをするのだ?」


 深みのある太くて渋い美声の、不穏な問いかけとともに。





 ごおうっ、と風が吹いた気がした。

 小夜の頬に今までとは比較にならない冷気がぶつかり、外は吹雪いているのかとさえ思った。

 だが空間的に考えて雪が吹き込むことはなく、それらの現象は全てその中心に立つ男――テレイオスのせいとしか思えない。


(え、あの人天候も味方につけるタイプ?)


 初めて見たのは舞踏会であったが、あの時と印象が全く変わっていない。相変わらず、なんだか怖い人、である。

 シェーファとフィオナなどは、それまでの泰然とした態度から一変、酷く緊張した表情でテレイオスの一挙手一投足を凝視している。

 そんな怖い人に、しかしクレオンは笑顔で「あぁ」と言った。


「申し訳ありません。すっかり忘れておりました。何せご令息の晴れの舞台でしたので」


 あははっと、まるで能天気に笑う。

 会社で上司に言ったら確実に拳骨を頂きそうな態度だが、クレオンが言うとどうにも憎めない愛嬌があるようだから得なものである。

 一方のテレイオスは、何を想像したのか、小さく失笑してからこう言った。


「……仕方ない。許してやろう」


「許すな!」


 どう見ても憐れんでいた。振られたであろう息子を。ルキアノスの異論ももっともである。

 しかしテレイオスは息子には一瞥すらくれず、つかつかと貴族連中の前に来て仁王立ちした。


「……へ、陛下……」


 誰かが、掠れた声でそう言った。だが誰もその先を続けはしなかった。

 それを一通り眺めてから、テレイオスが満足げに口を開く。


「さて、とっとと終わらせよう。余は軍の三分の二を引き連れてここに来た。外の物騒な連中は全て包囲済みだ。道中の家々も全て丁寧に・・・挨拶に回ったと言えば、鈍い貴公らにも分かろうか?」


 にぃやりと、テレイオスが薄い唇をめくり上げる。その笑い方が実に板についていて、小夜は傍観者のはずなのに肌が粟立った。それを至近距離で、真上から見下ろされている彼らの精神的圧力はいかばかりか。

 しかしさすが貴族というべきか、彼らには多少なりと耐性があったらしい。うちの一人が、白い顔色ながら反駁した。


「そ、そんなはずはない! そもそも北部の家を回るのに、こんな短期間でできるはずが――」


「あぁ。残念ながら最北領のバルツァ伯とコントグルー伯のところは行きそびれたが……余は昔から運が良くてな?」


「「…………ッ!」」


 ビクッと、最年長の老人と四十絡みの男が顔を青くして椅子に張り付いた。まるで、推理小説で次の殺人予告を受けた登場人物のように。

 だがだとしても、テレイオスが解放されてから今までの日数は二週間ほどしかなかったはずである。いくらシェフィリーダ王国が小国で、空間魔法という超特権があるにしても、軍隊まで同じように動かせるとはどうも思えないのだが。


「だ、だが我々の決意は揺らがない! 陛下のやり方はあまりに強引で、信仰というものを軽んじている! それは我らシェフィリーダの民全員の根幹を揺るがしていると言わざるを得ない!」


「ほう? 興味深い論法だな。それで?」


「わ、我々には神の子がついている! そのような脅しに屈することはない!」


 にやにやと臣下の主義主張に耳を傾けるテレイオスに、発言者が息を呑むのを堪えて大上段に構える。確かに威勢はいいが、その声の震えは踊り場にいる小夜にさえ伝わっていた。


(いやもう虎の威を借り出した時点で屈してる気がするけど)


 だが彼らに絶望を与えたのは、敵をどう潰そうかと舌なめずりするテレイオスではなかった。


「大精霊クレーネーは、争いには手を貸さない。それがぼくの――ひいては神殿全体の総意だよ」


 それまで一連の出来事を静観していた神の子、イディオであった。イスヒスを横に従え、悠揚と全員を見渡している。

 そのさまは酷く恬然としていて、十四歳という外見の幼さにそぐわず、一種異様な凄味さえあった。

 今の一言は神殿と協定関係にあるはずの反国王派にとって明らかに反意のはずなのに、誰もすぐには反応できない程に。


「……な……今さら、なにを……」


 誰かが、やっとそんな声を絞り出した。

 その時、更なる声が場の主導権を奪い取った。


「その通り、だとよ」


 低くしわがれた声であった。ぶっきらぼうでやる気のない雰囲気が、声だけで伝わってくる。

 どこからしたのかと目線を動かせば、イディオが出てきたのと同じ所に、今度は老人が立っていた。


(また神職者?)


 小夜がそう思ったのは、既に見慣れた神服を着ていたからである。だがその恰好でなければ、町のごろつきが間違って入ってきたと思ったかもしれない。

 そのくらい、灰混じりの白い蓬髪と据わった目付きは悪かった。度胸と威圧感だけは異様にあるのだが、イディオに並ぶと大して身長差がないことが分かる。

 そして、老人は一人だけではなかった。


「フィイア先生?」


 今までどこにいたのか、フィイアに体を支えられて、もう一人腰の曲がった老爺が現れた。イディオに勝るとも劣らない豪華な神服に身を包んでいるが、腰が曲がっているせいか、ほとんど服に埋もれているように見える。

 顎には聖夜に現れる赤い服の老人もかくやという豊かな白髭を生やし、白い眉毛も目を隠すほどに伸びている。眉毛は加齢とともに抜けるのを忘れるといった話を思い出した程だ。

 だが最後に目がいったのは、木魚さながらに美しい頭部であった。


(頭部と顎での毛根の生命力が比例しないのは何でろう?)


 こんな場面だというのに、いつも思う疑問が勝手に脳裏を駆け抜けていく。だがそんな失礼なことを考えるのは勿論小夜だけだったようで、トリコに群がっていた神職者たちが一斉に頭を垂れた。

 そして。


「クリストドゥル大神殿長様!」


 神服を着た全員が、その噛みそうな名前を見事に呼びきった。



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