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失意再び

(え、フィイア先生もいるの?)


 と言わなかっただけ、小夜は空気を読んだと言えるであろう。

 それはファニの敵意を隠さない視線がイディオに間違いなく注がれていたからでもあるし、魔法の実技担当教員であるフィイアについて、少なからずルキアノスから情報を得ていたからでもある。


(フィイア先生って、あれだよね? ファニと同じ日に、姿を晦ましたっていう)


 確か、道中の警戒について話していた時のことであった。敵は深追いする気がないという話から、そんな流れになった。けれど結局、カノーンの町で襲われた。


(いや、でもあれはイディオさんのお兄さんだから関係はないのかな?)


 まだ情報が断片的すぎてよく分からない。

 だが、分かることは一つある。

 ファニが、イディオをフィイアだと思っているらしい、ということである。

 睨み合うファニとイディオの間、小夜は一人取り残されている感をひしひしと感じながら、そろりと挙手した。


「あの……話の腰を折って大変心苦しいのですが、イディオさんってフィイア先生なんですか?」


「……え?」


 ファニが、そこから? とでも言うように、瞠目した。どうも、常識の範疇の話らしい。


「小夜さんもご存知じゃないですか。宮廷魔法士として私たちを監視していた人物ですよ」


「……んん?」


 ファニや小夜を危険人物として監視していた宮廷魔法士は確かにいる。そしてそれは、小夜の認識ではイデオフィーアのはずである。

 しかし、今話題にしている人物は。


「……魔法の先生では?」


「だから、それは仮の姿で……」


「え?」


「え?」


 ここで、小夜はようやく気が付いた。自分だけが知らない事実が、どうやらあったらしいと。


(え、え? 待って待って。イデオフィーアがフィイア先生ってこと? そんな話……)


 あったっけ、と必死に記憶を探る。そして一つ、脳裏に閃くものがあった。過去の召喚で、ではない。


(キャラクター紹介だ!)


 永遠の十四歳であるイデオフィーアは、キャラクター紹介でもくだんの仮面を被っている。攻略後にはその仮面が外されるが、ルキアノスにかまけていた小夜にはいまだ見ぬ画像ではある。

 それを補うためか謎を匂わせるためか、イデオフィーアは乙女ゲーム内で唯一、ツーショットで描かれていた。背中合わせの大人の男性である。彼がいるからこそ、第一章の少年組を攻略したあとに解禁される大人組の一人とされているのだった。

 公開されている声優さんは少年姿の方だけだが、確か大人姿にもキャラクターボイスとして「???」で表示があったはずだ。

 そして気付いた。初歩の初歩に。


「ああ! フィイア……イデオ『フィーア』ね!?」


 だからファニの監視役でもあるイデオフィーアことフィイアが同日に姿をくらませたから、怪しいという話に繋がるのか。納得である。

 しかしやっと認識が追い付いた小夜がまず最初に思ったことは、


(しまったぁ! フィイア先生の声誰だっけ!? 言われてみれば聞いたことあるはずなんだけど聞いた単語数が少なくすぎて全然思い出せないぃっ)


 声ヲタとしての失意再びであった。

 左手で頭を抱えて、右手で豪華な肘掛けをバシバシ叩く。このもどかしさはこの場の誰にも伝わらないようだが、場を和ませることには一役買ったらしい。


「小夜さんは、こんな所でも相変わらずなんですね」


 ファニが、疲れた顔を少しだけ緩めて、苦笑していた。全く誉められている気はしないのだが、その顔を見れば全面拒否をする気にはなれないところだが。


「……ごめん、それはあまり嬉しくないというか」


「ふふ、尊敬します」


「…………」


 やめて、と叫びたかったが、破顔するファニの目があまりに純粋であったため、素直に受け取るしかない小夜である。

 しかしそれはそれとして、まだ一つ不可解な点がある。


「でもフィイア先生がイデオフィーアっていうのは分かったけど、イディオさんは違う……んですよね?」


 断言ができなくて、視線をファニからイディオに滑らせる。


「完全なる同一人物かは私にも分からないですけど……でも無関係なはずはありません」


 ファニもまた、整った眉をを少しだけ寄せて私見を述べた。そう言われてしまえば、やはり声や年恰好が似ているという点は無視できない。

 そうなのかと、小夜は目だけで問う。果たして、イディオはにっこりと笑った。


「まぁ、無関係とは言わないかな」


「マジか」


 愕然とした。浮きかけた腰を戻す間に、昨夕のイディオとの会話が蘇る。


「で、でも、ここから出たことないって! ただのイディオだって!」


「うん。出たことないよ。ぼくはね?」


「そ……」


 それでは「ぼくではない誰か」は出たことがあるみたいな言い方ではないか。


(いや、それは当たり前か)


 自分ではない誰か、それはつまり他人である。そう考えて、何かが違う、と思う。イディオの言い方では、完全な他人を指してはいない気がする。

 つまり。


「イディオは、イデオフィーアでもフィイアでもないけれど、『イディオではない誰か』でもある……?」


 ともすれば思考の迷路に入りそうな言葉の羅列が、知らず口から零れる。けれど自分で言っておきながら、それが何を意味するか、小夜にはさっぱり分からなかった。

 それでも慣れない理論展開を続けようとした小夜であったが、その先を出し抜けの怒号に遮られた。


「貴様、神の子を呼び捨てにするなど!」


「ッ」


「いいよ」


 ファニの後ろに控えた黒服のバリュが、不敬に目を吊り上げる。だが全てを言い切る前に、イディオがその先を遮った。

 思考に没頭するあまり敬称を忘れていたと、後から気付く。しかし肝心の謝罪は、イディオと目が合ってすぐ、機会を逸してしまった。


「そう呼ばれるのは悪くない」


 にっこりと、年相応に微笑む。

 しかし小夜は、暗に呼び捨て指令が出てしまい、内心頬が引きつった。何故なら、ファニ以外の全員が小夜を敵認定したような目付きで睨んでいたからである。背後のイスヒスからの視線が痛い。


(っていうか、今さらっと『神の子』って……)


 最早そうなんですかという隙間すらない。ですよねぇ、と心の中だけで頷いておく。とりあえず、神の子が三十過ぎのおじさんでなかっただけ良しとしよう。

 それよりも今は呼び捨て許可をどう辞退するかの方が問題であった。こんなしょうもない板挟みは全く嬉しくない。


「あの、私は貴族とかではないので、今まで通りの呼び方で……」


「貴族なんかよりも、余程小夜には慧眼があるよ」


 結構です、という前に先手を打たれた。


「小夜が言う通り、ぼくは本当は『ぼく』ですらないんだ」


「…………」


 にっこりと、どこか試すような目付きでそう言った少年に、小夜は少々げんなりと思った。


(こらこら。謎を増やすな)


 「ぼく」ですらないなど、最早仏教か哲学の世界である。これ以上考えたら頭が煮える、と思っていたら、冷ややかな声が割り込んだ。


「ふざけているの?」


 ファニである。腕を組み、イディオを睨み据えている。


「対話をすると言ったのはあなたよ。それを、謎かけのようなことばかり」


「君こそ、対話に応じたくせに文句ばっかり。ぼくは君をさらってはいないし、さらってほしいとすら言ってないよ」


 返るイディオの声もまた冷たく、まるでお前になど最初から用はないとでも言いたげであった。

 だが実際、イディオが本当に神の子で、奇跡の主なら、同じ奇跡的存在は全面的に歓迎するとも言いがたい心持ちなのかもしれない。

 となると一体誰がファニを必要としたのかだが、これにはそう言えば神殿という総意でしか聞いていなかったと気付く。

 神殿の権力を強化するために欲しているらしいが、つまりそれを指示しているのは権力の頂点トップ――神殿長などになるのだろうか。


(それがイディオのお兄さんとか?)


 だがイディオの兄は自らルキアノスの襲撃に出ている。それに年齢も十二歳上なだけだ。神職者全ての上位者というには、あまりに若すぎる。


「だったら、ここにフィイア先生を呼んで。別人だと言うのならね」


「勿論いいよ。面倒臭がりな人だから、来るかどうかはぼくの知るところじゃないけどね」


 挑発的なファニの要求に、イディオが鼻で笑って応じる。

 折角同じ年頃同士なのだから仲良くしようよとは、どうも言えそうになかった。


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