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暗号通信

 しかし、その計画は一通の手紙により難易度が格段に跳ね上がった。


「お前宛だ。中身は見させてもらったぞ」


 午前中の授業を終えて部屋に戻ると、ルキアノスがそう言って手紙を差し出した。言葉の通り背面の封蝋は割れ、検閲された形跡がある。


「うちの印ね」


 肩に留まったトリコの言葉に、侯爵家からだと知る。


「いただきます」


 受け取ろうと手を伸ばしたのに、ひょいとかわされる。


「ここで見ていけ」


「はぁ」


 見たのならもういいのでは?

 と思いながらトリコを見ると、「……いいわよ」と了解が出た。


「分かりました」


 頷くと、やっと渡された。どれどれ、と読む。

 差出人は予想通り父からで、その内容は娘の浅はかな行動を謝りたいので、関係者を晩餐会に招待したいというものだった。


「うぇぇ」


 思わず声が漏れてしまった。その後ですぐ思い出して手紙を閉じる。のだが、恐らく手遅れではあろう。


「見ちゃった?」


 肩に留まったままのトリコに、ちろりと視線を向ける。


「見たわね」


 しらじらしい顔で頷かれた。


(そういえば、侯爵家での三者面談にも来なかった奴だから、腹が立つだけ立って忘れてたけど)


「……見限ったのではなかったのね」


「!」


 胸中を読まれたような声が上がって、小夜は驚いた。


「トリコ」


「平気……だと、思うわ」


 そんなわけはないと、小夜は言わなかった。トリコは本当に分からない気がしたのだ。

 けれどこの話を受けてしまえば、きっとトリコは苦しむ。

 だからと言って断れば、侯爵家の立場がどうなるかは小夜には分からない。


 それでも、小夜の中での優先順位は最初から決まっていた。


「……何故そこでまず鳥を心配するんだ?」


「本当に話しかけるんですね……」


「仕事に支障がでなければお好きにどうぞね」


「…………」


 ここでもざわつかれた。


(どうしたもんか)


 毎回これではちょっと外聞が悪い。

 小夜はよし、と決めて侯爵家で最初に決めた一発を繰り出すことにした。


「皆さん、この鳥はトリコと言って、わたしの親友第一号です。ですので、お気になさらず!」


 笑顔で胸を張った。

 白い目で見られた。


「兄上にまとわりついてばかりいたから、友達がいないだろうとは思っていたが……」


「そ、それは、肯定的に受け止めていいのか悩むところで……」


「第二号はいるんでしょうか?」


「…………」


 余計に痛々しくなった。





「鳥問題は今はいい」


 横に置かれた。


「結論を聞こう。お前はそれを受け入れるのか」


 ルキアノスは、真剣な顔を取り戻してそう聞いた。受け入れる、つまりクィントゥス侯爵のやり口を、といことであろう。


「受け入れるわけがないでしょう」


 先に答えたのはトリコだった。

 やっぱりなと思いながら、小夜は小夜で考える。侯爵の思惑を。ルキアノスたちの懸念を。そしてその先のセシリィの立場を。


(セシリィの父親は、ファニに謝って、未来の王妃を敵に回さないようにしたいのかな?)


 ファニが正式に婚約者になれば、敵対しているのは得策ではないだろう。権力をもって家ごと粛清される前に罪を帳消しにしたいと考えても不思議ではない。


(ルキア様たちにとっては、いまだにファニに何するか分からない危険な人物、なのかな)


 まだまだ警戒されているし、何より小夜自身がまだ謝罪をしていないのだから、被害者意識としては怒りが収まらないのも道理だろう。

 そんな状況で屋敷に来いと言われても、何か裏があるのではと勘繰るのも仕方ないのかもしれない。


(実際私でも勘繰るもんな)


 そして、この要求を拒んだ場合、ファニたちとの関係を決定付けることにはまだ猶予が生まれるだろうが。


(セシリィのあの家での居場所は、多分なくなる)


 学校を卒業しても、戻ったらすぐ結婚話が整っていて厄介払いという可能性すらある。


(嫌だから、っていう単純な理由じゃ、ダメなんだろうなぁ)


 どちらにしろ、今分かるのは一つだけ。


「受け入れるかどうか、父と一度話したいのですが」


 面倒臭いのでほったらかしていいですか、と言いたいのを必死に飲み込んで、小夜は無難な一言を絞り出した。

 だが、それでもルキアノスの表情は固かった。のだが。


「お前一人で行かせられると思っているのか」


「!」


 予想外の台詞に、小夜はムンクの叫びになって固まった。

 何故なら。


「いいい今ここでその台詞ですかっ!?」


「……は?」


 その言い回しは、ゲームでヒロインが罠と分かっているところに行くときに引き留める台詞そのままだったのだ。

 ゲームでは体を寄り添わせて心配する場面で、もう少し囁き度が高かった。


 小夜はこの台詞をしばらく出勤前の応援ボイスにしていた。


(あの声を聞くと、絶対残業しないで帰ろうと思えるのよね!)


 しかし今ルキアノスが口にしたのは、単純にまだ単独行動は許していないという意味であろう。理性では分かっている。

 だがポンコツな本能はもう場合も弁えずご馳走さま状態だった。


「ちょっ、小夜、どうしたの?」


 さすがのトリコも、突然の取り乱しように驚いている。

 スイッチがわからなかったためであろう。


「ご、ごめんね、今突然ご褒美が……!」


 呆然とするルキアノスやトリコに向けて、ヨダレを拭きながら弁明する。だが口許がにやけてそれ以上は続けられなかった。

 顔を覆って悶絶する。


「なんてこったいこんなタイミングで! ボイスレコーダー構えておけば良かったって持ってなかった!」


「……おい」


「はい!」


 一人浮き沈みする小夜に、ルキアノスが少々気持ち悪そうに声をかけた。小夜は勿論聞き逃さずに完璧な返事をする。


 それがまた気持ち悪さを悪化させたようで、ルキアノスが顔をひきつらせて続ける。


「オレの話、聞いてたか?」


「勿論であります! 行くもんかであります!」


「こら!」


 全力で服従した。

 声優ではないトリコの声なんか聞こえないのであります。


 のだが、返されたのは予想とは違うものだった。


「いや。行くなとまでは言わない」


「え?」


 本能で軍隊式の敬礼をしていた小夜は、この言葉にやっと少し冷静さを取り戻す。


「行ってもいい。但し条件がある」


「そこまでして、わたくしが行きたいと言うとでも思っているの」


「……えっと、何でしょうか」


 トリコの茶々が割りと本気で困ってしまったが、話を進めるために今はスルーする。


「オレ達の中から一人、護衛として同行すること」


「あぁ、それくらいなら」


「そして、侯爵の目的が何か、気付かれないように探って報告しろ」


「そ、」


「わたくしにあなた方の狗に成り下がれと言うの!?」


 小夜が何かを言う前に、クェェ! とトリコが羽ばたいて暴れだした。蹴る気かと思って、慌てて鳥の体を掴む。


「ちょっ、トリコ! 落ち着いて!」


 先程とは立場が逆転したと思いながら、胸に抱き締めて背を撫でる。フーフーッと怒れる猫のような息遣いが聞こえる。けれど、それ以上暴れようとはしなかった。


 けれど。


「……嫌よ」


 小さな呟きが、小夜にだけ届く。


「そんなことをしなくては贖えないというなら、わたくしは贖罪なんてしないわ。わたくしは、間違ったことなどしていないのだから……!」


 誰かに使われる屈辱以上に、卑怯だと分かっている行為に手を貸すことが、トリコにはどうしても許せないのだろう。

 自分の信念に、どこまでも真っ直ぐな性分だから。


「うん」


 小夜は、それしか言えなかった。ただ、トリコが落ち着くまで羽を撫でる。


 けれどそんなやり取りも、ルキアノスたちには聞こえないわけで。


「それは了承と取っていいのか」


 ルキアノスが、先程の一言をそのように解釈する。小夜は慌てて、「ま、待ってください」と顔をあげた。


「今のはその、独り言で! その、父……との件については、もう少し考える時間を頂きたいというか」


「その間に、お前が密かに侯爵家と密通しないとも限らない。普段している奇行が味方への暗号通信でないとは、まだ断定できないからな」


「…………」


(そんな心配されてたの?)


 ビックリである。


「……小夜のせいよ」


 胸の中から、呆れるような小馬鹿にするような声が上がる。


「えっと……、それはさすがに穿ちすぎと言いますか」


 なんと釈明したら真実が伝わるだろうか、と小夜は必死に頭を巡らせる。

 のだが、次の一言で全ては徒労に終わった。


「諦めろ、セシリィ。お前がオレのもとに来るなら、オレがお前を守ってやる」


「!!」


 ルキアノスが、ぐっと距離を詰めて囁く。

 それは明らかに皮肉の混じった悪役チックな台詞ではあったが、当人にとってはどうでも良かった。


「是が非でもやらせていただきます!」


 再びビシィッと敬礼する。

 跪いて尻尾を振りださなかっただけ、まだマシである。


「……小夜のバカ!」


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