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もう末期

「部屋に戻ろう」


 唐突に、ルキアノスがそう言った。

 小夜は両腕で抱きしめていた背中からハッと手を放し、現状を思い出す。


(そういえば、まだ舞踏会の途中だった)


 主役をこんな所で独り占めしていては顰蹙ひんしゅくものである。ただでさえルキアノスは小夜のために席にいる時間が長く、自ら挨拶に回るのも最低限しか行っていないように見えた。


「そうですね。早く広間に戻りましょう」


 周りがまるで見えていなかった恥ずかしさに、そそくさと手を取り戻しながら踵を返す。だが手を掴まれて続けられた言葉に、小夜の目玉は一瞬宇宙に飛び立った。


「違う。オレの部屋にだ」


「凶器か!?」


 取り戻した目玉で大真面目なルキアノスの顔を見て叫ぶ。凶器としか思えなかった。主に小夜の心臓を停止させることに特化した。

 不整脈になりつつある心臓を手で押さえながら、必死で話題を逸らす。


「ぶ、舞踏会はどうするんですかっ?」


「閉会にする」


 独裁者が現れた。


「そんな身勝手なことをしたら」


「別に勝手じゃない。大体、こういった夜の会はある程度の時間で閉会を告げて、あとは残りたい者が残るのが一般的だ。何の問題もない」


 自分のせいだと顔を蒼褪めさせた小夜に、ルキアノスが宥めるように説明する。それが事実かどうかを確かめる術は小夜にはなかったが、ひとまず目に余る横暴であればニコス辺りが必死に止めるはずだ。


「本当ですね? 信じますからね?」


 言いながら、ちらりと背後の窓を振り返る。そこでは、ニコスたちがルキアノスの命を守ってバルコニーの人払いをしているはず、と思ったのに、目が合ったのは予想外の人物であった。


「……セシリィ!?」


 腕を組んで小夜たちを見ていた。観察していると言った方が正しいような目付きである。隣にはヨルゴスが伏し目がちに立っている。その理由を察して、小夜は再び赤面した顔を両手で覆って身悶えた。


「み、見られた……! 多分なんか色々見られた……!」


 セシリィの心境は分からないが、ヨルゴスの方は主のスキャンダルをなるべく見ないように努力してくれているとしか思えなかった。


「? 見られて何かあるのか?」


 隣に立つルキアノスが疑問げに言う。常日頃から一人にならないのが基本らしい貴人にとっては、気にするようなことではないらしい。

 小夜が篭絡したわけではないはずだし、ルキアノスは未成年とは言え年端も行かぬ子供でもない。ビジュアル的には大人同士に見える、はずである。


「それでも出来れば誰にも見られたくないのが本音だった……」


「何故だ」


 む、と顔をしかめられた。ここで真面目な顔で説明できたら苦労はしない。小夜は逃げるように窓に歩み寄った。


「ほら、セシリィが呼んでますよ」


「…………分かった」


 渋々というように頷いて、ルキアノスも歩き出す。ニコスが満足そうな顔で窓を開けてくれた。アンナはいつものやる気のなさそうな顔だったが、エレニなどは今にも拍手をしそうな勢いに見えた。


「ニコスたちが怖いくらいの笑顔で見えない壁を作っているから何事かと思ったけれど」


 セシリィが軽く腕を組んで呆れたような声を上げる。


「まんまと策略に嵌ったようで何よりですわ」


「相変わらず人聞きの悪い女だ」


 ルキアノスが嫌そうに応える。最初の頃は脅し脅されという関係が見え隠れてしていた気がしたが、いつの間にか解消したようである。良かった良かったと、脅迫理由いけにえの当人であったことには最後まで気付かないまま胸を撫で下ろす小夜である。


「悪かったわね。いい加減、お客様が待ちくたびれているわよ」


「あぁ、今お開きにする」


 セシリィの言い方では、どうも広間にいる招待客のことでもなさそうだと考える間にも、ルキアノスがニコスに言付け、侍従に言いとして、すぐに場は整えられた。

 侍従長の呼び掛けで人々の視線が集まり出す中、ルキアノスが壇上にあがる。


「皆様、ダンスはお楽しみ頂けましたでしょうか。名残惜しくはありますが、今宵も閉会の時間が迫って参りました。本日は朝から私のためにお集まり頂き、誠にありがとうございました」


 とても年下とは思えない流暢さで、ルキアノスが観衆に語りかける。あちこちから拍手が上がり、複数ある出入口では控えていた侍従が扉を開けて気の早い客たちの誘導を始めていた。


「こんなにも大勢の方々にお祝いの言葉を頂き、改めて身の引き締まる思いです。これからも、是非ご指導ご鞭撻をお願いしたく思います。皆様、どうぞ足元にお気をつけてお帰りください」


 ルキアノスが最後に一礼すると、一際大きな拍手が上がる。そのままルキアノスは下に降り、気軽に声を掛けていく者たちに余裕のある笑顔で応じていった。


(なんだろ、さっきの方が全然かわ……)


「いくない!」


 ナチュラルにバルコニーでの姿と比較していた自分に、小夜は顔を覆ってしゃがみ込んだ。自分の能天気な思考にびっくりする。


「末期!? もう末期なの私!?」


「さ、小夜様? どうなさいましたか?」


「エレニ、小夜はいつも変だから大丈夫よ」


「ひどいっ」


 セシリィがいつも通り冷たかった。




       ◆




 ある程度のところで、ルキアノスが退場の意を示す。ニコスとヨルゴスも無言のうちに従い、エレニとアンナも小夜についていくように促す。背後にはセシリィまで構え、小夜としては死刑囚が最後に歩く道グリーン・マイルを行く心地であった。


(このまま部屋に戻ったら……ど、どうしたらいいの!?)


 ルキアノスの「オレの部屋」発言が尾を引いて、動悸がどんどん激しくなる。色々と衝撃が多すぎて酔いはそこまで酷くないが、それでも足元は多少ふらついている。

 実は大広間を出るまでの間中貴族たちの視線を集めていたのだが、一つのことに思い悩みまくっていた小夜には気付く余裕すらなかった。


(と、とりあえず、部屋に着いたらセシリィを絶対に逃がさないように)


「着いたぞ」


「早い!?」


 事前の対策立案は微塵も間に合わなかった。ハッと顔を上げると、全員が怪訝な顔をして小夜を振り向いている。そんな中、最後にルキアノスと目が合って、にやりと笑われた。


「当たり前だ。ここは談話室だ」


「だん……?」


「お客様がお待ちと言ったでしょう?」


 セシリィが、何を騒いでいるのかと言いたげな顔で説明する。そこで、小夜は自分の早とちりに気が付いた。そしてその早とちりをルキアノスに気付かれているということにも気付いてしまった。


(穴があったら入りたい……!)


 穴なら先程自分で掘った墓穴があるとは思ったが、それ以上考えると惨めが酷いので自主的に規制した。


「こちらの部屋で、先程までイリニスティス様とご歓談していただいていたのよ」


 そんな小夜に呆れと優しさが半々の眼差しを向けながら、セシリィが構わず続ける。小夜もこれ幸いとその話題に乗っかった。


「イリニスティス様と?」


「えぇ、きちんとお会いになるのはこれが初めてだそうだから、良い機会だと」


 王弟イリニスティスと直に歓談するような人物となれば、それなりに高位の貴族と考えるのが妥当である。小夜はすかさず挙手と共に先制した。


「じゃあ、私はここで待ってるので」


「何言ってるの。一緒に行くのよ」


 セシリィが当たり前のように小夜の逃亡を阻止しにかかる。それに更に小夜が反論する前に、ルキアノスのにやついた声が割り込んだ。


「別に待っていてもいいが、会わないときっと後悔するぞ?」


「えぇ? そんなわけ……」


 ない、という前に、目の前の扉が開いた。話し声が聞こえたのか、室内にいた男が開けたようだが、小夜の目はそれよりも奥にいる人物に釘付けになった。


「クラーラ様!」


 そこにいたのは車椅子に座った麗しの男爵夫人、クラーラ・アンドレウであった。


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