僕はあべこべ世界で脱童貞(ハーレム)と魔法を天秤にかける
40歳、童貞。それが僕、「神下 亜翠」を表す端的な言葉だ。
いや、ちょっと違うか。
享年40歳、童貞。
うん、正しく言うならこっちかな。
だって僕は、もう死んでいるのだから――
「ふむ。現状は把握できたようだね」
「はい。お手数おかけして申し訳ありません」
「よいよい。そうなると分かっていて連れてきたのは妾の都合よ。
して、亜翠よ。心は決まったか?」
死んだ僕は、女神様の御許で次の生を受ける事が決まった。
いわゆる、記憶持ち転生というやつだ。
しかも、転生先の世界を選べるという特典付き。
チートスキルというのはもらえないけど、転生先の世界を選べるなら、チートスキルよりも美味しいよね。
「求める条件は『男女比は1:50』で、『亜翠が努力すれば魔法が使える可能性を持つ世界』。そして『日本と同等の科学技術を持つ世界』であるが『魔法はそこそこ便利で羨ましがられる能力である』
これで相違ないな?」
「はい。ありません」
童貞だった僕は、今度の人生では結婚する事が可能な立場を求めた。
だから男女比が大幅に偏った世界を選んだ。
男女比1:50ならきっと僕でも結婚できる。はず、だよね?
剣と魔法のファンタジー世界ではないけど、日本風の世界で魔法がある世界を選んだのは、僕がオタクだからだ。
だって、魔法が使えるようになる可能性があるなら、使ってみたいと思うのがオタクの本能だと思うんだ。だからこれは仕方が無いんだよ。
もちろん僕が魔法を使える可能性を持つのは決定事項だ。他の人は魔法が使えて僕は使えないなんてなったら、発狂する自信があるから。
あと、生活レベルはやっぱり日本と同じぐらいじゃないと生き難いだろうし、魔法が使えるようで迫害されたくないから「羨ましいと思われる程度」と制限を付けた。
こうすれば今と同じ感覚で生きていけると思うし、魔法が理由で何か制限される事もないと思ったんだ。
それと「魔法が使える可能性がある」にとどめたのは、練習も何も努力無しで得られた能力に価値はないと思ったからなんだ。
世界の指定はしたけど、その先は自分の努力で無いと、きっと僕は堕落する。
胸を張って健全に生きる為に、それはきっと必要な事だ。
「では、次は良き人生を」
女神様の送る言葉で僕は転生を果たした。
……このときの選択を、もう少し条件を詰めなかった事を、僕は死ぬほど後悔する事になる。
転生した僕は、日本のような国に生まれた。
希少な男子だからとチヤホヤされ、ここでなら僕は恋人を作り、童貞を捨てる事が出来る、そう、思っていた。
だけど現実は残酷だ。
12歳の中学生になったばかりの僕は全力で頭を抱えた。
それは一つの情報が欠けている事であり、一つの授業で学んだ話が理由であった。
「男性童貞禁止法」
満15歳の男子が童貞でいる事を禁止する、この世界特有の法律だ。
12歳を迎えてそろそろ性知識も学ぶべき段階で、僕ら男子はこの情報を初めて聞く事になった。
「亜翠、お前はどんな女子で童貞を捨てるんだ?」
「亜翠はいいよなー。よりどりみどりでさー」
数少ない男子は「男子家庭特区」という、男子がいる家庭しか住んではいけない場所で生活する事になる。
そこでの男女比はおおよそ1:3ぐらいまでに抑えられ、男性にストレスがかかりにくい環境が整えられている。僕が生まれた段階で母さんは職を辞してこちらに移り住んでいる。男性数が少ないのでこういった特区を作っても経済的負担は少ないらしい。
そうやって男女比がある程度均されるとモテる・モテないの格差が出来ているけど、僕は幸いにも「勝ち組」であった。
この世界はどこかの男女比不均衡世界のように傲慢男子が多いので、見た目に気を遣わなかったり女子に横暴である男子が多かったのがその理由だ。
僕は前世の性格を引き継いでいるので、狙い目というか新鮮に映っているというか、女子からの人気がやや高めなんだよ。
女子にモテない事は大いに問題という気もするけど、中高生前後の男子では思春期特有の感情論でモテの意識が低い事もあり、性格は矯正されない事が多い。
まぁ、そこはどうでもいいかな。
この情報は、僕にとって直接、重要な情報を与える物では無い。
ここから推測できる情報が問題だったのだ。
僕は12年の人生で、魔法使いに関する情報を持っていない。
こっちの世界のお母さんにも聞いてみたけど、魔法はフィクションの世界の物だと言われている。
魔法に関する情報が、一般的では無かったのだ。
最初は神様の転生先指定ミスか、あるいは魔法使いが裏の世界の者ばかりというだけだと思っていた。そして、たぶん後者であろうと思っていた。
魔法が使えるなら使いたい、魔法使いは羨ましい。そのこと自体は間違っていないからだ。
きっと、何らかの魔導書とか手に入れて、美少女魔導書から魔法を習うんだとか、そんな妄想をしていたんだよ。中学生になるまでは。
ここに、「男性童貞禁止法」という情報が加わると、僕の想像は「かなり斜め上」に突っ走る事になる。
それは「男子が30歳まで童貞を守り抜くと魔法使いになる」という都市伝説。
前世ではガセだった為に大暴れしちゃったお話だ。
神様は言った。
「求める条件は『男女比は1:50』で、『亜翠が努力すれば魔法が使える可能性を持つ世界』。そして『日本と同等の科学技術を持つ世界』であるが『魔法はそこそこ便利で羨ましがられる能力である』
これで相違ないな?」
と。
魔法が努力すれば使える可能性がある、それは、もしかして、「童貞を30歳まで守り抜けば」、魔法が使えるようになるという事では無いだろうか?
そして「男性童貞禁止法」は、魔法使いを危険視した政府が子作り推進を隠れ蓑に、魔法使いを生み出さないようにする為では無いのか?
この想像に至った僕は、全力で頭を抱えてしまった。
今世の僕は、ちゃんとした幼なじみな恋人達がいる。
将来を約束した女の子達だ。
こんな事になるとは思ってもみなかったから普通に恋人を作っちゃったんだよ!
童貞は捨てたいよ!
でも魔法も使いたいんだよ!
確証も無しに「30歳まで童貞でいたい」なんて言ったら殺されるよ! いや、確証があったとしてもコロコロされちゃうよ!
僕は一人で頭を抱える。
どーーすればいいんだよ!!??