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鬼の婿とり  作者: 駿河
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第1話 女子高生仲人誕生


「きりーつ。きをつけー礼ー」

「ありがとうございましたー」



皆気だるげな挨拶をすると、部活に走ったりバイトに向かったり──高校生の放課後がはじまる。5月。期待や不安や疲れ、色々なものではちきれそうなのに皆楽しそうだ。

しかし、花村千早は違った。授業の疲れを感じる間も無く、黒板の上の時計を見て青ざめた。

教室の入り口付近でちゃわちゃと溜まっている野球部の丸坊主たちをかき分けて教室を飛び出す。


「あっ、ちーちゃんや」

「カラオケ行かん〜?」


廊下で中学から仲良しのあやぴとゆっこにすれ違いざま声をかけられたが「ごめんバイト〜!」と校舎に響き渡るような声で答えて、早々に学校を後にした。



「ちーちゃんっていっつも急いでんねえ」

「バイト先の人厳しいらしいよ」

「大変やな〜」




そう、花村千早はいつも急いでいる。




学校からバスで20分、バス停から降りて向かい側にあるスーパーわたぬき店となりに息を潜めるようにしてそのオンボロアパートは佇んでいる。

階段を駆け上るとミシミシと不安な音が聞こえる。住民はほぼいない。二階の、202号室はホラー映画よろしくお札が玄関にベタベタと貼られていて異様な雰囲気を放っている。格安の家賃につられてやって下見にきた人間も大抵これを見ると「別の部屋を」と言い出す。

千早はその202号室の住民だ。鍵をあけてバタバタと靴も脱がずに中へ入る。

六畳一間の部屋には生活道具は一切なく、かわりに木造の小さな「祠」のようなものが鎮座していた。


「遅れちゃった〜! カタギリさん怒ってるかな」


千早はその祠の前にかがみこんで、扉を遠慮なく開ける。祠の中は暗く湿った狭い洞窟のようになっていた。いつものように四つん這いで、その中へ迷いなく入る。

灯りはない。真っ暗闇のなかをしばらくヨチヨチ四つん這いで歩いていると、前方にふっと光が差し込んだ──かと思うとがくんと体が傾く。





「いで」


一転、千早は雛菊の咲き乱れる庭に転がり出た。青い蝶々がきらきらと金色の鱗粉を振りまいている。


「何者かっ! ここは雷神鳴上の庭園である!」


ぽうっとしていると、鋭利な薙刀の刃先が眼前に飛び込んで千早はぎょっとした。


「カタギリさん私ですよ私!」


後ずさって上半身を起こすと、仏頂面の大男が薙刀を構えていた。丸坊主で額からはものものしい白亜の二本角が生えている。千早はもうすっかり見慣れたものだった。


「千早か、驚かせるな」

「いっつもここから出てくるでしょ〜! 慣れて!」

「今日はまた遅いな」

「ホームルーム長引いちゃったんです」



カタギリは人間ではない。鬼だ。しかし人間界に伝わる伝承のように千早を取って食ったりはしない。ここ、鳴上御殿に仕える侍従武官であり千早の上司のようなものだった。



空には天狗、地には鬼──そう、ここは有象無象雑多な妖たちが跋扈する人知の及ばぬ「魔界」である。

千早の「バイト先」は魔界の入り口に佇む「鳴上御殿」だった。





庭を抜けた先には巨大な石造りの御殿がそびえ立っている。烏の濡れ尾羽のような黒い屋根に金細工──鳴上御殿というのは周囲の妖怪がつけた俗称だ。

鳴上御殿でバイト、もとい奉公しはじめたのはいつ頃だったか──千早はよく覚えていない。人間世界をはみ出て魔界を彷徨い歩いていたところを拾われて、そこからずっとこうして学校が終わると御殿に仕えている雑多な妖たちに混じって「仕事」を始めるのだった。


仕事は多岐に渡る。炊事洗濯掃除おつかいに剣や格闘の修練も仕事のうちだった。代わりに住むところ着るもの、人間界のお金もたらふくもらえる。身寄りのない千早にとって鳴上御殿は「帰るところ」でもあった。



人間界と魔界を繋ぐ祠をくぐり抜け御殿についたらそのまま夕餉の支度を手伝うのいつもの流れであったが、その日は違った。



「今日の献立のなんでしたっけ」

「いや、夕餉の手伝いはいい。本丸御殿ではなく二の丸御殿に行け」


御殿は本丸と二の丸に分かれており、普段の炊事洗濯などあらかたの仕事は二の丸で行う。本丸に行く用事と言えば、一つしかない──


「姫さまとミナカタさんがお呼びだ」

「げえ〜」

「鞄は預かろう。ほら、襟元を正していきなさい」


「姫さま」という単語を聞くと、千早はため息がでる。炊事洗濯掃除、数多くある仕事の中で最も厄介な仕事だ。





「おっ、ちーちゃんおかえり〜どこ行くの?」

「ただいまあっこちゃん。姫さまに呼び出されちゃって」

「あらあら、また姫さまのお皿でも割ったの?」

「最近は割ってないんだけどな〜……話終わり次第そっち行くね」

「はーい、待ってるよお」


御殿にはさまざまな妖がいる。いま千早に声をかけてきた気のいいろくろ首の娘は給仕のあっこちゃんだ。


広々とした本丸御殿の中は雷獣と呼ばれる小さな虎の子の妖がうろついている。一見猫のように愛くるしいが、怒ると天井を突き破るほど大きな虎に変化する厄介な生き物だ。

「姫さま」が空を散歩すると拾ってくる。そしてうかつに愛でようものなら髪が静電気爆発するので、千早は雷獣がじゃれついてくるのをひらりひらりと避けながら、長い廊下を歩いた。

外からはゴロゴロと雷が鳴っているのが聴こえてくる。


(これは相当機嫌が悪いな)


御殿の奥、金の襖の前につくと千早は腰を下ろした。


「失礼します。千早です。ただ今戻りました」

「遅い」


神経質な声が返ってくる。これは「入れ」の合図だ。千早はすっと襖をあけ、手をついて頭を垂れて一礼した。

部屋の奥、疾風迅雷と掛け軸の前に鎮座するのは天下無敵海大無双の妖にして鳴上御殿の主人、雷神・鳴上旭──皆が姫さまと呼ぶその鬼である。


「さっさと入れ」

「お待たせして申し訳ありません」


黄金色の流れるような長い髪、刃物を思わせる切れ長の瞳、薄い唇、尖った耳。何より印象的なのは額の真ん中に一本、左側に二本──世にも珍しい三本角。豊満な体に面積の少ない黒い下着。虎柄のド派手な羽織を肩にかけ、不機嫌そうにあぐらをかいて奥座敷に座っていた。

珍妙な格好だが、広告のようにぞっとするほど様になっている。鬼というのは人に似ているようでその実、かけ離れた美しい存在だ。


鳴上姫とは主とその臣下として長い付き合いになるが、今でもたまに千早はその顔を見るとどきりとする。



「なんだ千早ジロジロ見て……遠い。もっと近くに寄れ」

「いや〜風邪ひきそうな格好だなと思って」

「お前のセーラー服とやらと何が違うのだ」

「これはおしゃれなんです〜短いのが可愛いの〜」

「二人は本当に仲がいいね」



軽口をたたきあっていると横から柔和な笑みを浮かべたミナカタが入ってきた。

ミナカタは──なんの妖かは千早には分からなかった。溢れるような色気をたたえた文学青年といった風な男だ。若いようでいて、刀鍛冶として鳴上御殿に長く仕えているらしいということしか千早は知らない。

しかし、主人の鳴上姫とは裏腹に物腰柔らかな話し方をしていて千早はなんとなく好感をもっていた。御殿ですれ違うとたまに妙ちきりんな味の飴をくれる。



「千早ちゃん、君はいくつになるんだっけ」

「は、今年で16になります」

「16かあ〜我々、長い夜を生きる妖にとっては赤子のような年齢だが……人間界では結婚が許される年なのだそうだね」

「……? はい」


結婚、という言葉が出ると千早は動揺した。たしかに法律的にはそうだが、まだまだ縁遠い話である。私は一体なんの話をされるのだろうか……。

外では雷が鳴り続けていた。旭は仏頂面でそっぽを向いている。

途端にミナカタは罰が悪そうな顔になった。千早が「今日は何用で?」と切り出すと、口をもごもごとしだす。



「実は私と姫から折り入って頼みがあるんだけどね……」

「はい」

「いや、その頼みというか……その前に聞いてほしい話が」

「さっさと話せミナカタ」

「うん……えっとねえ」


不機嫌な鳴上姫にせっつかれて、ミナカタは「はあ……」とため息をついてようやく話を進めた。




「実は……姫の婿取りの世話役をしてほしいんだ」



すると外で落石したかのような轟音が鳴り響いた。落雷である。姫さまが不機嫌な理由はこれか──と千早はようやく気づいた。しかし合点がいかない。


「む、婿取り……とは……?」

「実は高天原が、天子になるには夫をもてとのことでね」



天子──魔界の妖を統べる、神にも似た絶対的な存在をそう呼ぶ。高天原はその天子を選定する神々がいる場所、また神々そのものを指す。

鳴上旭という鬼は絶対的な強さをもっていた。しかし、天涯孤独でもあった。天子になるには「全て」を持っていなければならない、とミナカタは話を続ける。


「家族という繋がりを持たぬ未熟者には天子は任せられんらしい」


鳴上姫は皮肉っぽく吐き捨てた。


「くだらん嫌がらせだ。奴ら、私が天子になるのが怖いのだろう」

「しかしまあ、この通り姫に足りぬものがあるのもまたどうしようもない事実だ。千早ちゃん、ここはひとつ君の手を貸してほしい」


ミナカタはぐっと頭をさげる。千早は慌てた。



「ちょ、ちょっと待ってください! お顔をあげて! だいたいなぜ私が? 私のような若輩よりも他に……」

「君の若い感性に賭けたい」

「んなアバウトなものに賭けちゃダメでしょ! 姫さまだって嫌でしょ? こんな小娘に未来の旦那さま決められるの」

「ふん。この際なんだっていい。 妖だろーが人間だろーが構わん! 婿を持ってこい」

「ちょっとちょっとちょっと……お二人とも自棄にならないでください」


千早は頭を抱えた。自分は高校生である。明日の数学、当てられそうだから予習ちゃんとしときたいな〜とか隣の席の山田くんかっこいいから髪の毛セットしていきたいとか、なるべくそんなくだらないことだけを考えて忙しくしていたいのだ。妖が見えて、妖のいるところで生計をたてているということを除けばごく普通の女の子である。

それをいきなり婿取りの手伝いだなんて──これ以上の厄介はごめんだ。



「だいたいですね。私は侍従として普段から姫さまのわがままを聞いているのにこれ以上は無理ですよ。夜中に姫さまが腹を減ったと言えば台所に忍び込みうどんなどを作って差し上げ、姫さまが鍛錬だと言えばそれに付き添って……」



ここは普段の苦労を説いて諦めてもらう他ない、と察した千早はこんこんと話はじめたが鳴上姫が「そんなお前だから頼みたい」とふと静かな声で言うと押し黙ってしまった。




「私は天子になる。……その為に協力しろ」



鳴上御殿において、姫の命令は絶対である。




「ちなみに……いつまでとかありますか」

「そうだな、2ヶ月後にある天子決定戦までには祝言を挙げておきたい」



2ヶ月、と口の中で反芻する。姫さまのお願いごとはいつもむちゃくちゃだ。聞くしかないと分かってはいても、いくら世話を焼いたところでこんなむちゃくちゃな人に結婚などできるわけがないと千早は思っていた。



「……やはり、承服できかねます」

「ふむ、無事祝言を挙げられたら褒美をやろう」

「褒美とは……」

「お給金を二倍にしよう。そのお金で……なんだっけ……君の欲しがっていたスルメ? スマホ? というやつを買うが良い」



千早に激震が走った──なんと女子高生でありながら、千早はスマホを持っていなかったのだ。衣食住の代金を差し引いたお給金はスズメの涙ほどしかなく、かろうじて友達と遊びに行けるほどのお金しか残っていなかった。健全といえば健全だが、女子高生にとってケータイがないというのは友好関係において致命的なハンデを持っているのと同じだ。



「分かりました、拝命しましょう。必ずや姫さまに相応しい殿方を見つけ、姫さまを天子に」

「お前の変わり身の早さは見習うものがあるな……」







かくして、女子高生と鬼の壮絶な婿取り劇が幕を開けたのだった。

初です

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