037 勇者と道化師の共同戦線 その3
「配信周りは後で詰めるとして」
「軽いなおい」
「まあね?」
ついさっきまでクサントン所属プレイヤーの配信には出ていたわけだし、正直今更である。
それにほら、身バレとか不可能だしね。わたしは10年以上前に死んでいるし、特定の場所に住んでいるわけではないので住所特定も不可能だ。
そこ、浮浪者とかホームレスとか言わない。格式高く浮遊霊と呼びなさい。
ゲームに取り付いた地縛霊と言えなくも無い。
どっちなんだろうね? 専門家に聞いて見たくもあるけど、話しかけたが最後除霊されそうだ。
「それで、順調にクローロン陣営が勝利できたとして、正直なところふたりだけのパーティでMVPをとれると思う?」
「まぁ、無理だな」
「ですよねー。はぁ~、誰かいるかなぁ、手伝ってくれる人」
たった二人でMVPを取る。将来的にまで不可能とは言わないけれど、現時点では不可能だ。
ゲームのサービスが開始されてから半年も経っていない現状、どれだけキャラの育成に力を注いでいてもプレイヤーごとにそこまでの差は出ていない。
大きな差が無い以上、単純に人数が多いほうが有利なのは明白だ。
プレイヤー本人の腕前、いわゆるプレイヤースキルで対処するにも限度がある。というかスキルレベルも上げずにプレイヤースキルだけで無双できたらただのアクションゲームになってしまうから、MMORPGとしてはクソゲーだ。そんなPEVRは願い下げだよね。
「今から誰か探すよりは、ペットを鍛えたほうが利口だろうな。このゲームのAIは優秀だし、幸いここはクローロン。ペットを育成する施設はたっぷりある」
「となると、ひとまずは戦闘系のスキルを取得してもらう流れかな。クルーアもそれでいい?」
「構いませんよ。というかプレイヤーの意に逆らって好きなスキル上げまくるペットって、完全にバグってますよね」
言われてみればその通りなんだけど、クルーアは人間と変わらないレベルの知性があるのでついつい忘れてしまう。
†ブレイバー†が近距離、わたしが中距離を担当できるので、後足りていないのは魔法攻撃や回復系か。ただ現状のスキル構成だとクルーアは近接、それも防御よりなんだよね。まだレベルも低いから修正はきくけれど。
よし、前に立てたスレのスクショでも読み直そう。スレって放っておくと流れて消えちゃうから、こうして保存してあるんだよ。わたし偉い。
「面白そうでも戦闘と関係ないのはいったん除外して、と」
生産系と外見に関するのは横においていくつかピックアップしてみる。
それでもそこそこあるな。みんなよくこれだけ考えるものだ。人間の多様性というか、業の深さを感じさせられるものもちょいちょいあるけれど。
「スキル上げしながらでも考え事はできるし、とりあえず訓練施設の見学でも行こうか」
「んじゃ俺は適当に他の陣営相手にスキル上げしてくるわ。育てるペットもいないしな」
「行ってらー」
「行ってらっしゃい、ブレイバーさん」
「キシャー」
本拠地の出口へ向かっている†ブレイバー†を見送ってからわたしたちはMAPを見つつ訓練施設の場所へ移動する。
やってきたのは訓練施設と描かれた縦看板の置かれた広場。
色々な道具が置かれているのが見える。巫女様のに比べると小ぶりなテントもいくつかある。
「もう使ってる人もそこそこ居るみたいだね」
「そのようですね。ペットも複数。ウルフにカルターン、あれはカエルでしょうか? ホムンクルスもいますね」
訓練施設にいる他の人のペットはバラエティ豊かで、眺めているだけでも面白いけど、今日は自分たちの訓練を優先しよう。
わたしたちは訓練施設の中でも戦闘と関係のありそうなものから順に巡って行くことにした。
<訓練施設その1 ランニングマシーン>
「ハムスターの滑車!」
「動物用の回し車ですね。走っているのは猪ですが」
それが最初に見た訓練設備だった。
広場の端に巨大な滑車が大量に並べられ、ランニングマシーンと書かれた縦看板が置かれている。
持久力とかが上昇するらしい。上手くするとダッシュのスキルも手に入るとのこと。
「当日はカルターンで移動するだろうし、ここはパスかな」
持久力はいくらあっても腐らないけれど、時間が無い以上役割分担は大事だ。
全員同じスキル特化の集団も面白いけど、今ばかりは面白集団をロールプレイする余裕は無い。
ゲームで切羽詰ってるというのは嫌だね。グリ吉を取り返したらもっとゆったり遊びたいものだ。
「ではカルターンを放り込んでおきますか?」
「そうしよう」
「キシャ!?」
さらばカルターン、また 会う日まで。
いや、ちゃんと後で回収するけどね。
<訓練施設その2 バンジージャンプ>
「ただし紐なし」
「即死後自動的に上でリスポーンするみたいですね」
次にやって来たのは物見櫓のような建築物だった。
よじ登るための梯子はあるけど、それしかない。ひたすら落ちて落下耐性を上げるための施設だ。
落下耐性はダメージを受けるだけの高さがあればどこでも上げられるからか、誰も使っていなかった。
そんな事は運営もわかっているはずなので、ここでしか取得できないペット用のスキルとかありそうだけど、その検証もまた今度かな。インシュピータ戦の前なら喜んで利用したんだけど。
「次行こうか」
「はい、マスター」
<訓練施設その3 的当て>
「死にたくない、死にたくなーい!」
そう叫びながら、白くて丸い何かが木の柵で囲われた四角いスペースの中を走り回っている。
うん、インシュピータと出会わせてくれたゴーレムだ。
「うわぁ。命乞いしながら逃げ回るマシュマロゴレムの群れかぁ」
「説明を読む限りでは、ドロップ品がない代わりに他のモンスターがPOPする特殊能力もないようですね」
今更だけど、設備の説明は縦看板を調べると表示される。
それによれば特に的当て用の武器などは用意されておらず、自分たちで持ち込んだ武器のスキルを上げるらしい。というか、ペットは基本的に装備ではなく自分の体ひとつで戦うからね。
プレイヤーと同じ装備をつけられるホムンクルスは特殊で、カルターンみたいな方が普通なのだ。
武器のスキルと言ったけれどブレス攻撃だったり、体の棘を飛ばしたり、そういったスキルのレベル上げも可能だと思う。
「どうする? やるならわたしの満月輪貸そうか?」
「マスターは二人揃って投擲がお望みですか?」
クルーアと二人で敵プレイヤーに投擲する光景を想像してみる。
一見有効な戦い方だけど、何故か近づかれて剣で一閃されたり、魔法でまとめて吹き飛ばされる姿がイメージできた。
王道冒険物の序盤で主人公の前に立ちはだかる、そこそこ実力がありつつも引き立て役として瞬殺される敵キャラっぽい。
「……なんか、やられ役っぽいから次行こうか、次」
それでもわたしは投擲スキルが好きだけどね!!
<訓練施設その4 教官ゴーレム 木人Ver1.0>
「丸太みたいな……木製のゴーレム?」
「型を見せてもらったりスパーリングしてもらえるそうです。そういったスキルも覚えられるとか」
「これまでで一番訓練施設っぽい」
丸太に頭と手足を生やしたようなゴーレムたちを相手に、多種多様なペットたちがスキルを磨いている。
大きな剣を持ったゴブリンとか、死神みたいなのもいるけど、あの辺りは引き継ぎペットかな。
地上でぴちぴち跳ねてる魚は明らかに出す場所を間違えているとおも……あ、死んだ。
「とりあえずやっとく?」
「そんな居酒屋に突撃するサラリーマンみたいな」
「それは偏見だよクルーア」
「そうなんですか?」
「ぼんやりと思い出せる範囲では、わたしが最後に取り憑いてた部屋の住人は会社から直帰して寝て出勤を繰り返してたから居酒屋なんて突撃できてなかったはずだよ」
満足して転生だか成仏だかしつつ、部屋が燃え尽きたあの人の事だ。
今頃彼は転生できたのだろうか? ちょっと気になるけど、わたしはこのゲームを満喫しているので転生も成仏も願い下げだよ。わたしはチートなんて使ったらゲームがつまらなくなるタイプだし。
敵キャラの頭だけ大きくするチートツールの動画とかはゲラゲラ笑いながら見るタイプだけど。
「どっちにしろシュヴァイツァーサーベルは使いこなせるようになっておいて損は無いしね」
「わかりました、それでは行って来ます」
「がんばってきてね~」
「はい、マスター」
待機中の教官ゴーレム、名前を木人というらしいそれへクルーアが近づくと、自動的にファイティングポーズをとりはじめる。
クルーアが腰のシュヴァイツァーサーベルを抜き放つと同時に、木人の右腕が変形し、ロングソードのような形になった。木剣なので刃はついていないけど、現実にも鉄より固い木材などは実在するので不安要素は特に無い。
クルーアと木人が打ち合うのを眺めるだけ、というのも暇なので、その場でジャグリングのスキル上げをしつつこれからどうするかを考えてみる。
この訓練施設がどれだけペットの育成に貢献してくれるかで今後の方針が変わってくる。
新しいスキルの取得率、取得済みスキルの経験値上昇幅、それぞれに掛かる時間などをしっかり見定めないといけない。
それから一時間ほどして、クルーアに刀剣スキルが生えた。
一時間である。お分かりいただけるだろうか、この遅さが。このゲームのパッシブスキルは基本的に30レベルまではサクサク上がる。20を超えると多少遅くなるけど、10までは本当にすぐだ。
それなのに一時間である。
ジャグリングしつつ看板やら掲示板やらを調べてみたところ、この施設で訓練中のペットはプレイヤーがログアウトしても訓練を続けてくれるらしい。
通常ならプレイヤーがログアウトすると同時にペットも白い空間に格納されてしまうので、普通に暮らしている人にとっては便利な預け屋さんみたいな感覚だろう。
そう、普通に暮らしている人たちならば。
わたしラクリマ! 今をときめく享年14歳! 対外的にはエターナル17歳だけど、リアルボディが存在しないので学校も仕事も食事も睡眠もない! ついでにお風呂もない、汚れないから!
つまり普通にクルーアを連れてその辺のMobを相手に戦ったほうが効率がいい。
もとい、訓練施設の効率が悪すぎる。クルーア本人のレベルも上がってないし。
ただしそれはパッシブスキルやペットの経験値だけを見ればの話だ。
この一時間でクルーアは新しいアクティブスキルを取得していた。
【スラッシュ】
消費ST5
CT:10
前提条件:刀剣
素早い斬撃を繰り出す。
威力は低いが、通常攻撃と組み合わせることでコンボが可能。
刀剣関連の初歩的なアクティブスキルだから、これそのものはすごく強いというわけじゃない。
けれどプレイヤーからすれば、たった一時間眺めているだけでアクティブスキルが手に入ったことになる。
もしかしたらこの訓練施設はアクティブスキルが取得しやすいのかもしれない。そうして得たスキルを試しうちして、スキルレベルは実践であげるというのが基本の流れなんじゃないかな。
まだ一時間試しただけじゃ確定とはいかないけど、そんな気がする。
ただ、それでも少し遅い。
悠長にアクティブスキルを覚えて、ゆっくりとレベルあげしてたら週末に間に合わせることができない。
木人相手に剣を振るうクルーアを眺めながら、わたしは少しだけ焦りを感じていた。
「おや、道化師の……たしか名はラクリマじゃったか」
「あ、巫女様」
「敬称などつけずとも、ナートゥーラでよいぞ」
本拠地内は安全という認識なのか、護衛の一人もつけずにナートゥーラがやってきた。
いや、ここの木人はみんなクローロン所属のMobみたいなものだから、周囲一帯護衛だらけってことなのかも。
「随分と険しい顔をしておったが、いったいどうした? 泣くも笑うも道化師らしくあるが、渋い顔は似合うまい」
「それは、その……週末のイベント、決戦でどうしてもMVPを取りたくて」
「えむぶいぴー、おぉ、最大戦功者になりたいという事か。そしてその準備が芳しくないというわけじゃな」
ずばり言い当てられるのも悔しいけれど、その通りだ。
†ブレイバー†はともかく、わたしは対人戦の自信が無い。ハッキリ言えば足手まといですらある。
気がつけば、わたしはその事を素直に話していた。
相手がNPCで、人間相手のような気を使う必要が無いからか。
あるいは、ナートゥーラから感じる懐の深さからか。
「対人戦か。ラクリマ、お主勘違いしておるな」
「勘違い?」
ハルマゲドンエイジは対人専用のエリアだ。
何も勘違いなんてしてないと思うけど。
「決戦は対人戦ではない、対軍戦じゃ。強きものを打倒すれば当然戦功となるが、陣営への貢献とはそれだけではあるまい」
「対人ではなく、対軍。個人ではなく、集団」
その言葉を噛み締めているわたしをみて、ナートゥーラは口に袖を当てながら笑いを堪えるようにしている。
そんなに今のわたしは情けないだろうか。
ん、違う? 袖の裏から、こっそり周囲の視線から隠すようにして何かをこちらへ見せている?
「時にお主、あのホムンクルスの娘の育成方針を固めておらんようじゃな」
「うん、一応刀剣の訓練はしてもらってるけど、ちょっと決めかねてる」
「そしてお主は道化師。飛び跳ねるも、物を投げるも得手じゃろう。これはクサントンの無法者どもから助けてもろうた礼と思って聞いて欲しいのじゃが。魔法と違い、薬はある程度自然の影響下にある」
その言葉にはっとして、ナートゥーラがこっそりと見せ付けていたもの。今は差し出しているその小瓶を見る。
透明なガラスのビンに、同じくガラスの栓がされ、その上から見慣れない文字の書かれた御札を十字に二枚貼ることで封とされていた。
中身は液体らしく、紫色のソレが揺れるたび、ちゃぽんといい音をさせている。
「風が吹けば流れ、水に触れれば溶け行く。この地の自然は逞しいゆえ、ほんの半日もあれば元通りじゃが」
「そっか。この世界はわたしが知っている世界じゃないんだ」
この世界はMMORPGであって、MMORPGではない。
ボタンを押して、数字を表示するだけのシンプルな仕組みではなく、シミュレーターと呼ばれるジャンルのように、いくつもの要素が複雑にからみあっているVRMMORPGだ。
残念ながら、現実で実現可能な全ての事が出来るわけじゃない。
だからと言って、既存のゲームで出来なかった事が、出来ないままであるとも限らない。
「……ふふ、少し話しすぎたかの」
「悪い巫女さまだね、ナートゥーラ」
「知らなかったのか? これくらいでなければ、陣営の統率者になどなれんよ」
公式掲示板の皆さま、如何お過ごしでしょうか?
クルーアの育成相談をした巫女様から、バイオテロを提案されました。
現時点で毒や病への耐性スキルを持っているプレイヤーは、たぶんほぼいない。
ナートゥーラ「自然に仇名す愚か者は殲滅じゃ、殲滅♪」




