032 盗賊団と書いてATMと読んではいけない
前回も追記したんですがクラフォビの素敵なレビューを戴きました。改めてありがとうございます!
あとラクリマのイラストを活動報告に載せましたのでよろしければ是非。胸から上だけですが、何気に小説家になろうにまともに描いたイラストを載せたのは初めてかもしれません(普段はTwitterとかに上げているので)。
クサントン盗賊団は基本的にハルマゲドンエイジ内に点在する洞窟のどこかを拠点にしているらしい。
一方クローロンの民はナートゥーラがあの種を持って常に移動していて、所属プレイヤー以外には場所がわからないようにしているとのこと。
今回はその移動中にうっかりクサントンの拠点を通って追いかけられていたらしい。ちょっと抜けてると思うけど、目的の敵拠点がわかっているのは好都合だ。
まぁ、これは全部後から追いかけてきたクルーアから教えてもらったんだけどね。
というわけでその洞窟が見える場所までやって来ました。
「思ったよりプレイヤーの数が少ないね」
ぱっと見た感じでは4~5人のプレイヤーがいるけれど、拠点にしては少ないような?
Mobはいっぱい居るけれど、統率NPCらしき人影は見当たらない。まさか盗賊の首領だからってMobと同じ見た目なんてことはないと思うけど。
「新規組の皆さんのように、最近の若いプレイヤーさんの中にはPVPは気後れするという人も多いようでして。いずれ増えるとは思いますが、いまは前作組の一部だけですね」
「その分ガチ勢が多いのがなぁ。向こうがゲーム慣れしてないならコウモリで一人ずつ釣れるかもしれないけど、無理そうだね」
その上わたしは一度彼らと交戦しているので、下手したらこっちのプレイスタイルが初対面のプレイヤーにも割れてしまっているかもしれない。対人ガチ勢はそういう情報共有が素早い。和ゴス風のピエロなんていう目立つプレイヤーを「いやぁ変なの居たなぁ」と流してくれると期待するのは望み薄だろう。
「いや、待てよ、行けるかもしれない。よし、クルーア」
「はい、なんですか?」
「脱いで」
「はい!?」
洞窟の周囲は草の無い地面が露出し、森の中にぽっかりと穴が開いたような感じがする。
その前にたむろしているプレイヤーから見える位置にある木の枝を、拾った小石を投擲して揺らす。
「ん?」
「どうした?」
「や、なんか揺れた気がしたんだけど。ちょって見てくるわ」
「俺らも行こうか?」
「いや、さっといってぱっと戻ってくるから大丈夫」
そう言ってこちらへやってくるプレイヤーが一人。他のプレイヤーも来てやれよと思うけど、それぞれ何かしら作業をしている。ただの洞窟に見えてもあれで陣営拠点なんだから、クローロンのペット育成施設みたいな何かがあるんだろう。
向かってくるプレイヤーの種族は人間の男性で、装備は軽鎧に、あれは槍かな。
周囲に気を配りながらMobの盗賊と狼を前に押し出し、槍を構えながらゆっくりと歩いてくる。
そうして、木に近づいた瞬間。
「ギシャアアア!」
「ぎゃいん!?」
「なんだ!?」
木陰に潜んでいたカルターンが飛び出し、狼を咥えて走り去っていった。
もちろんうちの子である。鞍は外しているので、ぱっと見では野生のエネミーと区別がつかないはずだ。名前を注視されたらバレるだろうけど、このゲームでは確認しようとしない限り名前は表示されない。この奇襲で確認する余裕は無かったはずだ。
「おい、どうした!」
「ちくしょう、カルターンに狼を持ってかれた!」
狼の相手はカルターンに任せよう。両方と戦った経験から、地力ではカルターンの方が上回っていると分かっている。
多少時間は掛かるかもしれないけど、余裕を持って倒せるはずだ。
「なんだ、プレイヤーじゃないのかよ」
「Mob相手に何やってるのよ」
「うるせーな、わかってるって、いま反省してるとこだよ。ちくしょー、俺の狼」
そうして彼が仲間と話して振り返っているタイミングで、盗賊へと小石を投擲する。
「誰だ!」
「あ、おいどこ行くんだ!」
単純なAIを積んでいる盗賊がその攻撃に反応し、攻撃してきた対象へと走り出す。
逃げるわたし、追う盗賊。そしてそれを追うクサントン陣営のプレイヤー。
森の奥、洞窟が見えない位置まで来たところで。
「ストライクシュート!」
「ぎゃあっ!?」
よし、盗賊も仕留めた。ていうか本当に弱いな。
いくら陣営所属の特典とはいっても、こんなに弱かったら役に立たない。もしかしたらクサントンには盗賊専用の育成施設でもあるのかもしれない。
「くそ、プレイヤーがいたのか!」
咄嗟に草むらへ飛び込んだけれど、居場所はバレてしまったらしい。
「出て来いよピエロさん、あんたの事は知ってるぜ。闇のOPムービーで派手に暴れてるの見たからな」
はい? 闇のOPムービー? OPってインシュピータ戦の動画を使って作るって言ってたアレのことだよね。でも闇ってなんだ闇って。
「あんたが戦闘系のビルドしてないのは分かってる。大人しく出てくるなら一撃で倒してやるよ」
「お優しいことですね」
そう言ってピエロが草むらから出てくると同時に、男が槍を突き出してくる。
それを咄嗟に避けるものの、男の槍は止まらない。
「ダブルスピアー!」
「くっ、ガード!」
男の連続攻撃スキルに対し、防御スキルを使って辛うじて弾くピエロ。
それを見て、わたしはにやりとほくそ笑んだ。
「ストライクシュート連投マクロ付!」
「ぎゃあああっ!? なんで後ろから!」
突然の背後からの奇襲に驚いた男が振り返れば、そこには木の高い位置にある枝から背中に生やした触手でぶら下がり、巨大なチャクラムを玩ぶ初期防具の少女がひとり。
そう、わたしである。
「うわ、気持ちわる!? ってその名前、ピエロ本人か! って、こっちはホムンクルスかよ!」
そう、わたしは草むらに飛び込んだ時点でクルーアにアバターを渡して身代わりとなってもらい、曲芸を駆使して木に登った。そしてフォーリンインヴァリィドの落下防止を使い、抜群の安定性を確保してストライクシュートを決めてやったのである。
ホムンクルスは特殊な人型ペットなのでプレイヤーと同じ装備やアバターが使える。そしてアバターは所詮見た目だけなので、渡してしまってもわたしのステータスは一切代わらない。
「今更気づいても遅い! クルーアアタック!」
「えっと、えいっ!!」
「ぎょへぴっ」
その時、特殊なSEが流れた。キーーーーーーンという、金属音のようなナニカだった。
クルーアはその細く可愛らしい足を惜しげもなく見せ付けながら蹴り上げたのだ。急所を。
《クルーアがパッシブスキル:キックを取得しました》
《クルーアのキックが5上昇しました》
豆知識だがあの部分が急所なのは男女共有だ。もちろん痛み方や痛む理由は違うんだけど、男女どちらも痛点が集まってる事には変わりない。何がとは言わないけどさ。
倒れ伏したクサントン陣営の男から赤い魂が浮き上がる。HPが0になった証拠だ。
《クルーアが称号:ブレイカーを獲得しました》
「称号獲得おめでとうクルーア」
「嬉しくないです、何ですかこれ!?」
クルーアからそっと目を逸らし、彼女が獲得した称号を確認する。
データチェックは大事だからね、うん。
称号《ブレイカー》
一撃で部位破壊に成功した者に送られる称号。
稀に多部位ではないMobを攻撃した際にも獲得することがある。
破壊可能な部位へのダメージが20%上昇する。
「すごく有能な称号だよ、やったねクルーア!」
「素直に喜べません!」
複雑な気持ちは察するけれど、いま一番泣きたいのはあのクサントン陣営のプレイヤーだろう。
痛みはほぼ無いはずだけど、男にとってあそこへの攻撃は特別な意味があるらしいから、トラウマになっていない事を祈ろう。わたしは女なので共感してあげるのは難しい。同情はするけれど。
「プレイヤードロップはHPポーションに、サーベルか」
さすがに持っていたアイテムがこれだけという事はないと思うんだけど、はて?
「アンサイクロペディアによると、ハルマゲドンエイジでは相手が装備しているアイテムはドロップしません。また、ドロップするアイテムは所持品からランダムに10%分選ばれるようです」
「100個持ってたら10個も取られるのか。一まとめにしてるアイテムは?」
落ち着いたらしいクルーアがサポートAIの本領を発揮してくれたので、ついでとばかりに質問してみる。
「正確には所持しているアイテムの種類が基準みたいですね。例えばHPポーション一種類を10個しか持っていなければその10個をドロップします。HPポーションの他にMPポーションもあれば、そのどちらかをドロップします。種類なので数は関係ありません」
それは地味にいやらしいな。もし完全魔法型のプレイヤーが買い込んだ触媒をドロップしてしまったら大赤字確定な上何もできなくなる。相変わらずシビアなマップだ、ハルマゲドンエイジ。
それにしてもHPポーションとサーベルを落としたって事は20種類以上持ってたのか。アイテムには重さがあるから、結構筋力の高いプレイヤーだったのかな、槍使ってたし。
クルーアにアバターを返してもらい装備し直したところで、さっそく手に入れたサーベルを確認してみよう。
【シュヴァイツァーサーベル】
種別:片手剣
材質:鉄
必要筋力:15
攻撃力:D
解説:
『全長90cmほどの騎兵用の片手剣。まっすぐな刀身の先端が両刃、途中から片刃となっている。斬撃、刺突両用。騎乗時の命中に補正が掛かる』
うん、悪くない。
性能的には両手で持った満月輪がD+なので少し低いけど、片手で持った満月輪、つまりいつも投擲に使用している状態ではD-なのでそれよりは強い。
結構長さもあって女の子が片手で扱うのは辛そうだけど、そこはゲームだし大丈夫だろう。騎乗時に扱いやすいのも嬉しいところだ。
「はい、これ装備して」
「わたしが装備していいんですか?」
「いいよいいよ。たしかに魅力的ではあるんだけどさ、ピエロにサーベル、似合うと思う?」
「似合いませんね……」
うん、ダメってわけじゃないけれど、わたしも絶望的に似合わないと思う。
というわけでこれは当初の予定通りクルーアの初装備となった。
「こうなると服装が地味だけど、さすがに防具はドロップしなかったかぁ」
「装備中のアイテムはドロップしませんからね。さすがに予備の防具は持ち歩いていないと思います」
「防具重いもんね」
わすれがちだがこのゲームには重量というものが存在している。
ゲームだからいくらでも武器防具を持ち歩ける、というわけではないのだ。
考えてみて欲しい。鉄で出来たチェインメイルやフルプレートアーマーを自分が使わない分まで持ち歩けるだろうか? 無理だ。よしんば出来たとしても、相当な筋力が必要となる。ついでにそのせいで本来持って帰れたはずのドロップアイテムなどが拾えなくなる。
そういうわけで重い防具をいくつも持ち歩くプレイヤーはまずいない。
アバターは重量がないから、見た目変えたいだけならこっちを集めたほうがいいだろう。
ちなみに、ホムンクルスは装備時重量を無視できるらしい。ずるい。
せっかくだしサーベルに合わせて軍服とか着せたいな。掲示板を見て思ったけど、せっかくだから防具やアバターをいっぱい揃えてクルーアで着せ替えをしたい。
「ようちっこい嬢ちゃん、準備は済んだかい?」
「クルーア、もう装備終わった?」
「はい、装備完了です」
「そうかい、そいつぁよかった。んじゃ、もう始めてもいいよな?」
「「え!?」」
普通に受け答えしてたけど、誰だ今の!?
慌てて周囲を見やれば、ものの見事に囲まれている。
プレイヤー4人とお付の盗賊狼セットが合わせて8。そしてあれが。
「クサントン盗賊団の首領、えっと、名前は」
「俺はピエールってんだ。よろしくな」
クサントン盗賊団の統率NPCは大柄な獣人だった。たぶん狼の耳と尻尾、だと思う。
長い銀髪にナートゥーラとはまた違った浅黒い肌は筋肉質でがっしりとしている。身長は2mあるんじゃないかな。上半身は素肌に狼の毛皮らしきジャケット、下半身は多少ダボついたズボン。
わたしとピエールとでは身長が70cm近く離れているので見上げる首が疲れる。ここはゲームだけど、苦痛にならない程度の痛覚は再現されてるからね。
「よ、よろしく、ところでそのう」
「ああ、安心しな。俺は盗賊だが、そこらのクソ野郎どもとはちがう。女の尊厳を汚すような真似はしねえよ」
「わーかっこいいー」
「ちゃんと一思いに殺してやるさ」
「ですよねー!」
このゲームは18禁じゃないので元よりその手の心配はしていない。
だけど、さすがにこれは多勢に無勢か。こういうのは敵のボスを倒して逆転を狙うのがよくある手だけど、単独で統率NPCに勝てるとは思わない。
少なくともナートゥーラ、クローロンの民の巫女さんが呼び出した白蛇と同程度の力を持っているはずだからだ。
ただ、この場に居ないカルターンの事が気がかりだ。あの子はまだ戻ってきていない。そして忠誠値が100じゃない状態でわたしが死んだ場合そのペットがどうなるかの検証は出来ていない。
たぶん前回クルーアが誰も居ない場所へ隔離されたように、カルターンも隔離されるとは思うけど、最悪ロストする可能性だってある。
短い間とはいえ乗せてもらって情が湧いているのでそれは辛い。普通に嫌だよ。
だから。
「わかった一騎打ちと行こう。わたしが勝ったら見逃して欲しい」
「おお、いいぞ」
え、いいの!?
ていうかプレイヤーの人たちも頷いてるけど、本当にそれでいいの!? わたしついさっきお仲間さんを騙し討ちみたいな形で仕留めたんだけど。
ピエールと一緒にわたしたちの周囲を囲んでいたプレイヤーたちが前に出てくる。
みんなケモミミ付の獣人だ。猫とか犬とか狐とか、あとあれはなんだろう、熊かな? 以前戦ったクサントン陣営のプレイヤーもさっきの人も人間だったから、獣人じゃなきゃ所属できないってわけじゃないはずだけど、偶然だろうか。
「あの、本当にいいの? 結構勝手な事言ってると思うんだけど」
「俺らもこういう統率NPCだって分かっててこの陣営付いてるからね。ただ、ひとつ条件を付けさせて欲しいんだ」
「うん、そりゃ無理だよねぇ……って本当にいいの? 条件って?」
「俺たちさ、ゲーム実況者なんだよね。知ってる? チームわんわんおっていうんだけど」
「知らない」
だって意識がハッキリしてからこのゲームと掲示板くらいしか見てないからね。動画サイトとかまったく見てないよ。
ただなんでクサントンについたのかは名前だけで察した。みんな獣人な理由も。わんわんお。
そういえばインシュピータ戦を使ったOPがあるんだっけ、次のメンテの時にでも見ておこうかな。
「そりゃ残念。一応そこそこ登録者いるんだけどなぁ」
「つっても5000人くらいだからなぁうち」
「1人1000人って考えたら悪くはないんじゃね?」
「いや、何言ってるんですか皆さん、大手は数十万とかいるじゃないですか」
「あの、それで条件は?」
「「「「あ、ごめんごめん」」」」
どうやらこの4人は同じPTらしい。さっきのひとりはたまたま同じ陣営だっただけで別口なのだとか。
だからどうでもいい、というわけでは当然無く、あの人もこの陣営の方向性を理解しているから大丈夫らしい。
「その条件っていうのは、噂のピエロさんと親分の一騎打ちを配信させてくれないかって事」
「あ、外部ツールじゃないから規約違反じゃないよ。このゲーム配信機能もあるんだよ」
「どうする? もしピエロさんもチャンネル持ってるから登録者稼ぎには使われたく無いっていうなら、申し訳ないけどこのまま普通に戦闘開始するけど」
「なんかわたしたちが脅迫してるみたいになってません? あ、盗賊だからいいのか」
うん、本当に脅迫されてる気分になりかけてきたけど、無茶を言ってるのはこっちだし、盗賊ロールプレイとしてみたらすごい楽しそうだ。いっそ羨ましいほどに。MMORPGで本当にロールプレイングできる機会なんてそうはないからね。
「別にいいですよ。チャンネルとか持ってませんし、そういうのに嫌悪とかもないので」
「ありがとうー助かるよ! 最近中々登録者数が増えなくてさぁ。 じゃあ配信準備始めるけど、始まったら身バレしそうな事は言わないよう気をつけてね。ネトゲじゃ常識だけど、配信はネトゲに輪をかけてどんな人が見てるかわからないから」
「大丈夫です、ご忠告ありがとうございます」
でもわたし死んでるので、身バレというか、特定できた人がいたら、そっちの正気度が減少すると思います。0 or 1d4くらい。
盗賊団はATMじゃないので勝手に武器を引き落すと反撃してきます。
活動報告へのコメントを下さったみなさん本当にありがとうございます、全て目を通しています。
誤解されがちですがサクリファイスハートはペットから青白い魂みたいにデフォルメされた心臓を取り出して食べるスキルなので、コウモリを頭からバリボリしているわけではありません。
遠めに見たらそうとしか見えませんが(青白い魂みたいなのから血が噴出しますし)。




