003 運営許すまじ
こうなっては仕方ない。うろ覚えながらも昔使っていたアドレスとパスワードを入力してみる。
世の中には一度失敗したらもう使えなくなるゲームもあるけれど、何もしなければ結局使えないままなのだ。試してみる価値はあるだろう。
「ええい、ままよ! ……あれ、まちがったかな?」
『不正なパスワードです。あと2回間違えると引継ぎが使用不可になりますのでお気をつけください』
「なんでそんなところまで古臭い感じなの!? えっと、えっと、これでどうだ!」
『……認証に成功しました。お帰りなさいませ、ラクリマさま』
やった、上手くいった! 万歳わたし、お帰りマイキャラ!
『ところで、またネタスキルで埋め尽くすおつもりですか?』
「ほっといて! なんでそんなことまでログ残ってるの」
たしかにわたしは見つけた変身系、召喚系、使役系を片っ端から取得してたけど。個人の趣味をとやかく言われる筋合いはない。
いや、椅子に変身する魔法とか、何の役にも立たないどころか他のプレイヤーに着席モーションで遊ばれるだけだったけど! 屈辱でしかなかったけど!
へのへのもへじを召喚する魔法とか、なんで作ったんだ運営! ちなみにもへじのステータスはALL1。
面白かったから覚えたけどさ。
『外見及び種族はこちらでよろしいですね?』
「さすがにログとかについては答えてくれないのね。えっと、こちらってどれ?」
そう問いかけたわたしの前に、大きな鏡が現れた。金の縁取りがある、無駄に華美な全身鏡だ。
映し出されているのは薄い桃色の長い髪に、紫紺の瞳、白い肌の美少女だった。
リアルのわたしと比べるのもおこがましいほどかわいらしくて、これが本当にあの旧時代的だったPEかと技術の進歩に感動してしまう。
その可愛らしい顔、左目の下に黒ずんだ血のような色をした涙型のタトゥーが入っている。わたしのトレードマークで、キャラクターネームを決めるキッカケになったデカールだ。
けどおかしいな? 前作ではどのキャラもそこそこ胸があったはずなのに、こっちではぺったんだ。
そこだけ現実準拠だとでもいうのか!
ゲームの中くらいバインバインにしてくれてもいいと思う。
「って全裸!?」
『まだアバターデザインを選ばれておりませんので。裸族でも謎の光で隠すので大丈夫ですが』
「大丈夫じゃないから! 一覧はよ!」
『こちらが一覧になりま』
「いつものこれ一式!」
エイダが言い終わるよりも早く、眼前に表示されたリストの中からもっとも愛用していた防具一式をアバターとして選択する。
たとえ本来の防御力も、特殊効果もないとしても、わたしの服はこれ以外にありえない。
・マジカルクラウンハット(アバター)
和ゴスのようなピエロの帽子。アバターであるため本来の効果はない。
・マジカルクラウンローブ(アバター)
和ゴスのようなピエロのローブ。アバターであるため本来の効果はない。
・マジカルクラウンショーツ(アバター)
和ゴスのようなピエロのショーツ。アバターであるため本来の効果はない。
・マジカルクラウンブーツ(アバター)
和ゴスのようなピエロのブーツ。アバターであるため本来の効果はない。
「ふぅ、これで一安心」
朱色をメインに、碧や黄色で彩られたその防具は、和風の色合いにも関わらずどこか道化師を思わせる形をしている。
もっとも袖口は広いし、下半身もズボンではなく丈の短いミニスカートなんだけど。頭にはピエロ特有の二本足のような帽子がちょこんと乗っている。そう、ちょこんと。小さくてかわいい帽子だ。
「この歳でこの服装は、さすがにちょっときついかな? いや、そんなことはないか」
みんな好き勝手な服装をしているのがネトゲというものだ。年齢とか性別とか、そんなものはどうでもいい。仮に関係あったとしても、この世界のわたしは美少女だし!
『ラクリマさまの当時のご年齢から計算しますと、現在のご年齢は』
「うっさいばーかばーかばーか!」
こいつのAIを設定した運営をどつきたい。セクハラ以前にネトゲでリアルを持ち出すとかマナー違反も甚だしい。運営AIが率先してやらかすとはどういうわけだ。
「種族も引き継ぎなのね。まぁ外見を引き継ぐ以上当たり前か」
『そうなります。前作では人間、エルフ、ドワーフ、ハーフリングの4種族だけでしたが、今作では特定の条件で解放される隠し種族もございます。 条件を満たせば転生が可能ですので、興味がおありでしたらお探しください』
ほほう、それは面白そう。
ちなみにわたしの種族はハーフリング。背が低くて、耳が少し尖っている種族だ。
「種族はわかったから、そろそろスクロールを頂戴」
『かしこまりました。それでは……履歴の確認が終了しました。生成されたスクロールをお渡しします』
「え、生成って、今作ったってこと? 既存のヤツから選んだんじゃなくて?」
『左様でございます。ですのでとんでもないゴミスキルになる可能性もありますが、ユーザーからのクレームをものともしない運営だからこそできる荒業でございます』
「相変わらずここの運営はだめすぎる」
よくVR化までもっていけたな、このゲーム。
「と、これがわたし専用のスキルスクロールか。何々?」
【サクリファイスハート】
・前提条件 邪法 プレイヤー名ラクリマ専用
・消費ST15
・CT9秒
・自らの眷属を食らいHP・MP・STを回復する。回復量は前提スキルレベルに依存。
前提条件というのはそのスキルを覚えるために必要な他のスキルだったり、クラスだったりのこと。この場合はわたしにしか覚えられないということになる、のかな?
さすがに前作では特定プレイヤー専用スキルなんてなかったから、これははじめてみる。普通は回復魔法20なら回復魔法スキルを20まであげたら覚えられるとか、そんな感じだ。
これにも邪法っていうスキルが書いてあるけど、習得レベルがないな。
次にSTはスタミナで、魔法以外のスキルは大体これを消費して使用する。走ったり、歩いたりなんかでも消費されるから、魔法使いだからって無視していいものではない。
CTはクールタイム。一度使用してから再使用できるまでの時間だ。
最後は具体的な効果となる。
のはいいんだけど。
「よりにもよってこれ!?」
『ご不満ですか? 前作で類似スキルをバンバンご利用されていたはずですが』
「確かに使ってたけど!」
これと似たスキルがVRになる以前のPEにもあったんだけど、戦闘中に敵Mobをテイムして触媒にするだけで一気に回復できるから、すごく有能だったんだよ。自分が召喚した最弱召喚獣を食べるという荒業もあった。
あったんだけど、それをこのVR空間でしろと!?
ちなみに、結構な数のテイマーやサモナーが使っていたスキルなんだけど、うっかりリスポーンしない種類のペットを誤食してロストさせてしまうという地獄絵図が展開されたりもする。
ああいうペットって限定品だったり課金アイテムだったりするから、あらゆる意味で恐ろしいスキルである。
『それでは改めまして、今作、通称PEVRの説明をさせていただきます。前作との共通点はスキル制であること、世界観とNPCなどです。他にもいくつかございますが、他の要素は大幅に進化しておりますので、是非最後までお聞きください』
「はーい」
PEVRのキャラクターは大きく分けてパッシブスキル、アクティブスキル、種族によって構成されている。
対応する動作を繰り返すことでキャラクターに常時効果のあるパッシブスキルのレベルをあげる事ができ、それに応じて毎回使用することで一時的に効果を発揮するアクティブスキルを手に入れることが出来る。
また複数のスキルレベルやクラス、種族などが習得フラグとなっているスキルも存在する。
例えば魔法で敵を攻撃すれば対応した魔法スキルと魔力操作スキルが、武器で攻撃すれば対応した武器スキルが上がるといった具合だ。今作では隠しスキルも豊富で、わかりやすいところでは特定の武器や魔法を使い続けるなどすれば開放されるとか。
では、スキル制なら敵を倒さなくても強くなれるのかといえば、少し違う。
まずスキルはある程度レベルがあがると途端に上がりにくくなるので、相応の動作をとらなければいけなくなる。よりすばやい敵に攻撃を当てるとか、固い敵を切り裂くとか、生産系なら、より希少な鉱石を使って物をつくるとかだ。
HPなどのステータスは種族とパッシブスキルが対応しているので、上げ方は似たようなものとなる。
それこそHPは生命力スキルと連携していて、何度も傷を治したり、HPの高い敵と戦うことで増えたりする。攻撃力に対応している筋力などは重いものをもって走り回るとかだ。
めちゃくちゃ地味だけど、前作ではそこらじゅうで見られる光景だった。
また前作では最大まであげられるパッシブスキルの合計値が決まっていたけれど、今作では特定の条件を満たすことで上限が増えていくらしい。
スキルや魔法も習得数に上限があったけれど、今作では好きなだけ覚えられるとか。ただし覚えるには前提条件のパッシブスキルが前提条件のレベルまであがっていなければいけない。
ネタスキルだけで習得枠の半分以上を埋め尽くしていたわたしにとって、これは嬉しい変更点だ。もうネタキャラだなんて呼ばせない。
そういうわけでゲームを開始した直後のプレイヤーは全スキル驚きの0という貧弱さ。ここから思い思いに成長していくわけだ。
成長していく内に、スキルレベルに応じてクラスが自動で設定される。これも特定の行動に補正がついたりするので重要だ。クラス専用装備とかもあったりする。
なお、最初にもらったスキルスクロールはわたしの予想通りそのプレイヤー限定アイテムであり、習得条件がそのプレイヤーであることなのでいきなり覚えられるらしい。
つまり交換しても意味がない。はずれを引いた人は泣くか、前作での己の行いを悔いよう。
『ああ、最後にひとつ。引継ぎを選択した時点で、前作にてペットなどのNPCを引き連れていた方全員へお話がございます』
「ん? わたしも何体かもってたけど、さすがに引き継げなくても苦情だしたりしないよ?」
課金ペットも含めて何体か愛着のある子たちがいたけど、いくら好きだからといって実質別ゲーのアイテムを寄越せとはいえない。このアバターを貰えただけで十分すぎるほどだ。
スクロールは、まぁゴミではない。VRで使う抵抗感さえなければ、むしろ当たりだろう。
眷属、まぁペットとかの事だろうけど、それを手に入れるのに少し時間がかかるから、そこまでお蔵入りだけど。
『いえ、そのNPCたちですが、皆様がチュートリアルを終了した時点でこの世界に生成、ポップします』
「はい?」
『引継ぎ特典の一環ですね。彼ら彼女らなら本来必要なスキルレベルに達していなくても、見つけ出して説得することで仲間となってくれます』
「おお!」
なんてすばらしい。そうか、あいつらと、みんなとまた会えるのか。
たしかに前作は画面越しに、一方的にマウスでクリックして指示を出すだけのゲームだった。また会えるって言ったって、別に会話や友情が成立していたわけじゃない。
それでも、長いこと使ってきたペットというのは愛着があり、ゲーマーにとっては何より信頼できる仲間なんだよね。
『ですので、他のプレイヤーやモンスターに狩られる前に見つけてあげてくださいね』
「んん? いま何か変なこと言われたような」
『いえですから、この世界において、リポップしないネームドエネミーとして生成されます』
「…………はい?」
『ちゃんとわたくしのようにAI搭載ですので、がんばって見つけ出してあげてくださいね^^』
ちょっとまって、何を言ってるのかよくわからない。
ネームドエネミー? それはあれか、わたしが以前つけていたニックネームがそのまま残っているということか?
AI搭載? それはつまり、わたしが見つけに行くまで、ずっといつ死ぬとも知れない世界をみんなは彷徨うということか?
『それではチュートリアルを終了します。かつて超えた時代が交差する、新たな世界へようこそ』
《初心者セットを手に入れました》
《漂流者の称号を手に入れました》
次の瞬間、わたしは浜辺に立っていた。
ゲームを始めたばかりプレイヤーが降り立つ、スタート地点だ。青い空、青い海。ヤドカリみたいのMobなんかもうろついている。
が、そんなことはこの際どうでもいい。
早く、早くみんなを見つけ出さなくては! 誰かに狩られるより前に! 勝手にテイムされる前に!
「お、覚えてなさいよクソ運営ええええええええ!!!」
わたしはMMORPGのプレイヤーなら誰でも一度はするだろう叫びをあげながら、まだ見ぬ仲間を目指して走り出すのだった。
《筋力が5上昇しました》
《シャウトが5上昇しました》
《筋力が5上昇しました》
《筋力が4上昇しました》
《持久力が5上昇しました》
《筋力が3上昇しました》…………
ボスドロップ、進化ペット、誤食、うっ、頭が……。
ちなみにエイダは前作プレイヤー担当AIで、新規プレイヤーにはもっと優しく丁寧なAIが割り振られます。
運営「お前ら慣れてるからこいつでええやろ」
前作プレイヤー「(#^ω^)ビキビキ」