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クラウン・フォビア~幽霊少女の死んでからはじめるVRMMO~  作者: 稲葉めと
一章 幽霊少女の死んでからはじめるVRMMO
21/37

021 【ワールドクエスト:原初の竜インシュピータ】 後編

 脱皮してからというものインシュピータは暴れに暴れていた。

 まるで今まで纏っていた皮は拘束具だったとでもいうように、より機敏に空を舞い、時には地面で左右に転がっている。ヌーとかサバンナの生き物が水場で泥浴びをする時みたいに。

 問題なのはそれに巻き込まれるのが泥ではなくわたしたちプレイヤーだという事。



 考えてみて欲しい。どこかの狩りゲーで山みたいに大きなドラゴンがいるけれど、アレくらいのサイズで空を飛んで暴れまわっているのだ。

 このゲームがステータスありのMMORPGでよかった。アクションゲームだったらとっくに全滅している。


 そう、このゲームはRPGだ。

 敵がどんなに大きかろうと、HPが存在する以上攻撃を当て続ければいつかは倒せる。



「マスター! アンサイクロペディア、インシュピータのデータにちょっとだけアクセスできました!」

「ほんと!?」

「はい! 本当に少しだけですが、チャットでレイドメンバー全体に共有します!」


 レベルが低いこともあって逃げ回っていたクルーアから予想外の言葉が飛び出す。

 サポートAIがそんな事していいのか心配だけど、このタイミングでボスデータにアクセスできたということは、運営からの情報提供と言えなくもない。


【原初の竜:インシュピータ】 

種族:ドラゴン

属性:竜、ボス

状態:脱皮(弱体化)、毒、火傷

解説:

「かつて世界を砕き呑み込んだ尊大な竜。長い闘争の果てに意識は失われ、暴れまわるだけの存在と成り果てている」


 なるほど、たしかにちょっとだ。HPも表示されていないし、スキルなんかもわからない。

 ただ、これでとても重要な事が分かった。

 

 まず脱皮(弱体化)だけど、この脱皮、強くなったのかと思いきや弱くなっているらしい。暴れまわっているのも、危険を感じているからか。つまり、わたしたちは順調にインシュピータを追い詰めている。

 さらに毒、火傷とあるけど、まさか最初からその状態になっていたはずもない。恐らくプレイヤーの誰かが放ったデバフスキルが効いている。最初から効いていたのかもしれないし、脱皮したことで効くようになったのかも知れない。が、それはこの際どっちもでいい。


「これ、もしかして全体が弱点扱いになってるってことかな?」

「恐らくな。だからメシマジーナが作った弱点が無くなったんだろう」

「でもこれじゃ、いよいよ役立たずですねわたし」

 

 わたしと†ブレイバー†の会話に項垂れるメシマジーナ。

 この少人数でレイドボスをここまで削りきれたのは確実に彼女の手柄だけど、全身が弱点となっている現状、彼女の活躍の場がないのは間違いない。


「とりあえず石でも投げとけば?」

「そうします」


 投擲は偉大である。物をつかんで投げることが出来る、人間やおサルさんにのみ許された原始的な遠距離攻撃だもの。


「やば、回避いいいぃぃぃっ!!」

「!?」


 それは誰が上げた声だったのか。

 上空を飛んでいたインシュピータが地上へ急降下してきたかと思うと、独楽(コマ)のように回転した。

 アクションゲームではよくある行動だけど、これは規模が違う。40m近い、馬鹿みたいな巨体でされたら、プレイヤーに逃げ場なんてない。


 ただ、幸いにもここは森の中。

 戦闘でかなりの数がなぎ倒されているとはいえ、背の高い木がたくさん生えている。

 わたしをはじめ、身軽なプレイヤーはそれを足場に跳躍し、回避に成功していた。

 インシュピータは確かに大きいけれど、回転時は四つ足、つまり地面にうつ伏せになっているから高さは10mもない。

回避や曲芸スキルが高いプレイヤーなら、がんばれば避けられる程度の高さだ。


「ひっ!?」

「きゃああああっ!」


 悲惨だったのは防御スキルで耐えていたり、プレイヤースキルで攻撃を避け続けていた攻撃系スキル特化の人たち。

 防御系はいまのでHPがごっそり削られたか、或いは倒れただろうし、プレイヤースキルで避けていたプレイヤーはほぼ壊滅状態だ。


 だって、いくらプレイヤーの腕がよくたって、攻撃系スキルだけではキャラクターの回避性能は上がらない。攻撃を紙一重でかわすことはできても、いきなり10mのジャンプなんて出来ないからだ。

 プレイヤースキルで補えるのはあくまでもキャラクターの性能で出来る範囲。育てるほど強くなる代わりに、育てていない状態では弱いというのは、レベル制もスキル制も変わらなかった。


「誰か回復!」

「悪い、MPがほとんど残ってない!」


「アイテムも同じく!」

「俺もない」

「わたしもないです」

「俺なんて元から用意してないぜ!」

『『用意くらいしろ!!』』


 この局面でもそんな風にふざけられるのが、これがゲームだという事を思い出させてくれるけど、見渡す限り死屍累々って感じで、笑える状況じゃない。


「大分減ったね」

「ああ、VR慣れしてないやつもいたみたいだしな」

「え、どういう事ですか?」

「お前らは平気そうだな。いやなに、VRゲーと他のゲームで決定的に違うことって、何だと思う?」


 †ブレイバー†の言葉に首を傾げつつ、わたしとメシマジーナは答える。


「魔法が使える?」

「料理が美味しい」

「メシマジーナのは個人的感想過ぎるけど、要約すれば現実に出来ないことができるってことだな。ただ魔法が使えるってだけなら普通のゲームでも出来る。決定的に違うのは距離感だ」


 ゲームで殴られたとしても、それは画面の向こうの話。

 VRでも、軽い違和感を覚えても、現実のような痛みなんて感じはしない。


 けれど、距離感だけはどうしようもないのだという。

 アクセル全開でつっこんで来るトラックがあったとして、仮に自分からわずか1cmの距離で絶対に止まると知っていても怖がらずに、冷静に、じっとしていられる人間がどれほどいるか。


 VRゲームではキャラクターに襲い掛かる全ての困難を、プレイヤー本人が文字通り間近で体験することになる。

 そう聞いて、なるほど、と思った。わたしの場合はすでに死んでいると、最早幽霊であると受け入れているから目の前にドラゴンが突っ込んできてもそこまで怖くない。

 なにせこのゲームへログインするために運営会社の壁をすり抜けてきたわけで。普段から浮いているから木を足場に跳躍するのだって難なくできる。


 けれど他のプレイヤーは違うから、攻撃に対しての怯えや、木を足場に跳躍なんてできないという先入観が邪魔してキャラクター本来の力を発揮できていない人も多いらしい。


 戦闘が始まって、そろそろ30分が経過しようかというところ。

 たった30分。されど30分。一時間にも満たないこの時間は、けれど極限の集中力を要求する場面としてはあまりに長い。


 またひとり、インシュピータの攻撃で弾き飛ばされ、HPをごっそりと削り取られたプレイヤーがいる。

 回復しようにも、ここまでの戦いで回復アイテムは底を突いていた。

 仕方ない、ここまで温存してたスキルを使うとしますか。アレ、見た目がひどいからあまり使いたくなかったんだけど。


「そこの人、HP回復させるから驚かないでね!」

「ああ、助かる! ……え? 驚く?」

「モツ抜き!」

「ぐふぉあ!?」

「ちょ、幽霊さん!?」

「ラクリマさん!?」

「ピエロが錯乱したあああ!?」


 錯乱してない! わたしはまとも。

 説明しよう! モツ抜きは回復系スキルなのである!


【モツ抜き】

・前提条件:邪法 特定の動作

・消費ST10

・CT 10

・対象にダメージを与えた後、対象のHPを3割回復し毒、麻痺、出血のバッドステータスを解除する。

 邪法のスキルレベルに応じてCTが減少。

 与えるダメージは素手スキルのレベルに依存。


 前作では切腹するとHPが回復するスキルがあったんだけど、これはそれの他プレイヤー用バージョンだ。

 とはいえ素手スキルというのは名前の通り素手で攻撃すると経験値を獲得するスキルなため、非常にレベルがあがりやすい。そんな状態でこのスキルを使えば回復よりもダメージのほうが大きい、なんて事にもなりかねない。


 そこでわたしはモツ抜きを使用しても素手のスキルレベルが上がらないように素手スキルをロックした。

 今作では合計スキルレベルの上限値が上がっていく説明していたのに、何故わざわざスキルレベルのロックやダウンを残したのか謎だったけど、きっとこういうスキルが他にもあるんだろう。


 何はともあれ、無事に相手の内臓を抉り出して回復させる謎スキルが出来上がった。設定的には穢れた内臓を取り出して、邪法で作り出した臓器と交換するらしい。うん、邪法系列に相応しいスキルだ。

 ちなみに内臓はサクリファイスハートの心臓と同様に光り輝く玉みたいな演出だった。血は飛び散るけどね。


 血は、飛び散るんだけどね! どうしてこっちは無修正なんだ運営!!


「というわけでHPがやばいみんな、いまから回復させるよ!」

「あ、いやちょっと待て」

「モツ抜き!」

「ぎゃあああこっち来んな!」

「モツ抜き!」

「わかった! 心の準備が出来るまで少し」

「モツ抜き!」


 そしてわたしはインシュピータの攻撃を回避と曲芸を駆使して避けつつ、プレイヤーを回復させていった。

 飛び回るピエロがプレイヤーのお腹に手を突っ込んで出血させるというエグい事この上ない描写だけど、みんなちゃんと回復しているので安心して欲しい。


「モツ……あ、ST切れた。誰かー! ST回復ポーション余ってたら分けてー! 後で費用払うから!」

「あ、わたしMPしか使わないんでよかったらどうぞ」

「ありがとう復讐者さん! 感謝のモツ抜き!」

「ひゅどらたーん!?」


 だから回復スキルなんだってば、信じてよ。 

 

「よしよしよし、時間掛かったが準備完了! お前らそこどけええええ!」


 よく響く声に目を向ければ、いつぞやのゴーレムが巨大な砲台を構えてインシュピータへ向けている。

 見るからにチャージショットって感じだ。結構大きいゴーレムなのに全然目立ってないと思ったら、いままでずっとあれを準備していたらしい。

 これは中々期待が持てそうな。


「え? まずいっ! みんな対演出用スキルを──」


 けれどわたしの忠告は間に合わなかった。

 振り返った先にいる尊大なるドラゴンは、虫けらを世界から振り落とそうと、再びあのスキルを発動する。

 ワールドクエストとやらが発生しているからか、はたまた一度は耐え切ったからか。今までとは違い、スキル名がチャット欄に表示されている。


<原初の竜インシュピータが異界落しを使用しました>

<アレクサがログアウトしました>

<たけぞうがログアウトしました>

<やぁ……(´・ω・`)がログアウトしました>


 再び世界が砕け、ぱらぱらとプレイヤーが落ちていく。

 その中には、チャージショットを明後日の方向に放っているゴーレムもいた。

 ……南無い。


 ※南無とは南無阿弥陀仏の頭文字であり、ネトゲで死んだプレイヤーへ掛ける慰めの言葉である。

 byクルーア


「くそ、何人か巻き込まれたか」

「発動後の硬直が長いスキルを使ってたのか、運が無いな」


 毒づくロリコンと、冷静にそれを眺める†ブレイバー†。

 最初の演出を乗り切ったプレイヤーでも、ゴーレム持ちのプレイヤーのようにスキル発動中で咄嗟に異界落し対策のスキルを発動できなかったプレイヤーが落ちていった。


 普通、この手のスキルは乱発なんてされない。

 それはつまり、あと少しでこいつを倒せるということ。

 宙に浮く岩に触手で張り付きつつ、わたしはインシュピータを眺めていた。


 眺めていて、思いついたことがあった。

 思いついてしまった、とも言う。


「ごめんクルーア、そこでじっとしてて」

「マスター?」

「わたしちょっと、行ってくる!」

「マスター!?」


 フォーリン・インヴァリィドを解除したわたしは、宙に浮く岩を踏み台にして、跳躍する

 よし、やっぱりこの時点ではログアウトしない!


 異界落しの効果は発動した瞬間に発揮される。

 いまのこの状態は効果を発揮した後の、いわば演出だけが残っている状態だ。

 だからわたしがこうして、宙に浮く雑多なものを踏み台に、それこそ曲芸師のようにインシュピータへ近づこうとしてもログアウトはしないし、恐らくこの間動けないだろうインシュピータからの妨害も無い。


 ところで、ひとつ聞いて欲しい推測がある。

 PEVRでは、スキルの発動対象を選択したりなんかしない。PT全体とかのスキルは例外として、モツ抜きなら対象を自分で殴るし、投擲だって自分で対象を選んで投げつける。


 より正確に言うなら、それが効果を及ぼすかどうかは分からずとも、何でも対象として選択できる。内臓のないゴーレムにモツ抜きを使ったって良いのだ。効果を発揮するかは知らないけれど。


 だからわたしはインシュピータの眼前へと到着した瞬間に、さっき解除したばかりのスキルを発動。


「フォーリン・インヴァリィド!」

「グルォッ!?」


 インシュピータを周囲の瓦礫に固定した。


 この異界落しというスキルは対抗策がなければ問答無用で対象をログアウトさせるという鬼のような仕様だけど、その間インシュピータ本体は無防備になる。

 演出中はいくら攻撃しても演出が解除されたりしないから無敵のように思えるが、実は違う。

 

 ゲーム用語のひとつに、スーパーアーマーというものがある。本来攻撃を受けることで起こる怯みなどを無効化する効果のことで、もっぱら格闘ゲームやアクションゲームで使われる。

 恐らくこの演出中、インシュピータは限りなくそれに近い状態になっているんだろう。

 けれど、スーパーアーマーは無敵状態とは違いノックバックは発生するし、ダメージも受ける。

 

 そして、演出中に身体を固定されたインシュピータは演出を終えることができない。

 スーパーアーマーはダメージによる怯みを発生させないだけで、特殊効果を無効化するような状態ではないからだ。


 ダメージによる怯みが発生しない。

 その怯みによって起きるスキルの中断が、発生しない。


 と、いう事は?

 つまり、こういう事だよね?


「つか、まえ、たぁあっ!!」

「げ、それありなのか!?」


 なんか叫んでる人がいるけれど、今作からの新規さんだろうか?

 そんな彼には素敵な言葉を進呈しよう。


「大丈夫、修正されなきゃ仕様!!!」


 わたしは戦闘スキルをほとんど育てていない。

 でかいダメージより、面白いアクションが好きだからだ。でもいま、わたしはパーティを組んでいて、これはレイドバトル。


 わたしはソロプレイでのし上がれるようなガチゲーマーじゃないけれど。


「みんな、後は任せた。ぶちのめせ!!」


 ここにはガチ勢もいっぱい、いるんだよ。


「任された! スラッシュ!」

「よくやった! インフェルノ!」

「いやぁホラーな光景ですね。ひゅどらたん、アタック!!」

「エアリアルスラッシュ! 触手とドラゴンってあれを思い出すな、ドラゴンカー」

「それ以上はいけない! スピリチュアルランス!」


 背中から触手が生えた巨大なドラゴンという、ちょっと世界観の変わってしまったレイドボスへ向けて、多種多様なスキルが放たれる。

 さっきまで動き回っているレイドボスへきちんとスキルを当てていたプレイヤーたちにとって、固定標的と化したボスを集中攻撃するなど造作も無い。


 もちろんそれは、わたしにとっても。


「ストライク……シュート!」


 いくら力を込めようと、どんなに気合を入れようと、ゲームシステム上はスキルの効果が変わることはありえない。100のダメージを叩き出すスキルは、全力だろうと片手間だろうと100のダメージを叩き出す。


 それが分かっていても、それでも全力で、いつかの無念を、悔しさを晴らすかのように至近距離で投げつけた巨大チャクラム、満月輪がインシュピータへの喉元へと届き、それを切り落とした。


 プレイヤーたちから贈られる手向けの花が、インシュピータの全身を貫いていく。

 





<【レイドボス:原初の竜インシュピータ】の部位破壊に成功しました>


<該当部位:頭部、翼、胴体、尻尾>


<【レイドボス:原初の竜インシュピータ】を撃破しました>


<【ワールドクエスト:原初の竜インシュピータ】の目標を達成しました>


<最終参加人数 13/50>


<Quest completed!>



『『うおおおぉぉぉおおぉぉぉおおぉっ!!』』


 いつか届かなかった手が、ようやく届いた瞬間だった。

レイドボスにしてはちょっと弱くない? と思ったそこのあなた。次回をお待ちください。

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