002 たぶん死にました
直前にプロローグを投稿しています。お読みになる順番にご注意ください。
ディスプレイとにらめっこする昔ながらのネットゲーム、通称ネトゲにはまっていたのは、もう10年は前だろうか。
仕事に追われ、いつしかゲームから遠ざかっていたわたしは、その作品がVRゲームとして復活すると聞いて、衝動的に購入した。
その当日の夜、ぽっくり逝った。
死因は過労だと思う。そらまぁ5徹後に大量の自棄酒かっくらってたらそうなる。
まぁ倒れた拍子で頭も打ってるからそっちかもしれないけど、過労がキッカケなのは間違いない。
ついでになんかお隣さんから煙が漂ってきているが、きっと焼肉でもしているのだろう。隣室で人が死んでいるというのにけしからん。わたしも食べたい。
VR技術が発展し、ゴーグル越しに世界を眺める旧世代から完全没入型へと移行して早数年。発売日には喜び勇んで高価なVRデバイスを買ったというのに、すっかりほこりをかぶってしまったそれを押入れからひっぱりだす。
手がすり抜けて無理だった。
うん、これはあれだ、幽霊というやつだ。
いや、見た感じわたしの肉体に外傷はないから幽体離脱というやつで、もしかしたらまだ生きているのかもしれない。
けど身体に触れてみても中に入れたりはしないし、死んだものと割り切ったほうが心の健康上よろしいと思う。
不思議と不安や焦燥はない。
生前を振り返ってみれば、ブラック企業の社畜街道まっしぐらだったのに、それに気がつかず、この仕事終えたらゲームできるな、と毎週思っていたのだ。家に帰ったら倒れるように寝て、目覚ましで跳ね起きて仕事へいく毎日だったというのに。
完全に洗脳されていたと、今になって理解できる。
それに引き換えいまはどうだろうか? 心が凪の様だ。
なんて思うわけもなく! わたしの心を占めているのはゲームがしたい、それだけだった。この未練だけで現世にしがみついていると言っても過言ではない!
手がすり抜けるので押入れから出せないものの、重量感のあるVRデバイスを眺める。最新のモデルはもっと軽く、ヘルメットやゴーグルのような形状らしいけど、わたしのは初期モデルなので重い、でかい、ついでに通気性が悪いと三拍子そろっていた。何せ全身を覆うカプセル型だ。
いやしかし、コンセントは挿しっぱなしだから電源は入ってるなこれ。いったいいつから電気代を無駄にしていたんだろうか?
まぁ死んでしまった今となってはお金なんてどうでもいい、というかどうしようもないので忘れよう。
わたしの死体が倒れながらも握り締めたままのスマホの画面には、買ったばかりのソフトのダウンロードコードが表示されている。
VRデバイスは基本的に脳波をなんやかんやして動くらしい。詳しくは知らない。
ということは、幽霊の身であっても使えるのではないだろうか?
だって脳波は知らないけど、こうしてものを考えている時点でなんかこう、波は出ていると思うんだ。
ダメで元々、カプセルの壁をすり抜けて中に入ると、ダウンロードコードを思考入力してみる。
無事にダウンロードとインストールが終了した。してしまった。
ここまできたらダメもと継続、早速ゲームを起動する。
「起動『Paradigm Eage VR』」
『Paradigm Eage』、通称PE。
元はスキル制のMMORPGで、わたしが学生の頃にひっそり流行っていたそれは、レベル制にありがちな、同じ職業とレベルならみんな似たような性能というやつに飽きていたゲーマーに直撃した。
もっともレベルを上げれば強くなれるレベル制と違って、完全な役立たず、戦闘も生産もこなせないキャラができあがることもあったのだけど、比較的簡単にスキル構成を変えられることもあって気にしているプレイヤーは少なかった。というかわたしがまさにその地雷キャラでのプレイをこよなく愛していた。
例えば、コウモリに変身するけど、たった4秒で変身がとけて、ついでに高所からの落下ダメージを食らうスキルとか。
例えば、好きなスキルをあげすぎた挙句、筋力が0で防具を着ただけで動けなくなるから、常に重量軽減のバフを掛け続けないと歩けもしないとか。
例えば、複数のスキルを高レベルにし、高価かつ希少なアイテムを触媒にして呼び出す召喚獣のくせに、MP消費だけで呼び出せる中位召喚獣より弱いとか。
そういう、明らかなゴミスキルがいっぱいあって、明らかな無駄がいっぱいあったその世界が、だからこそ、敵を倒すだけじゃない、本当にその世界で暮らしている感じがあったその世界が、大好きだった。
短い回想が終わり、視界が開けた。
土の壁、穴倉のような、けれど明るいその場所は、かつてとは比較できないほどのリアルを持って、しかしあの頃と同じようにそこにあった。
ここはチュートリアル用のステージにある建物の中だ。プレイヤーはこのステージ、小さな村の中で冒険の基礎を学び、そしてこの世界の様々な時代へと旅立っていく。
というか、あの世へ旅立つべき幽霊のわたしがVRゲームをプレイしているって、どういう状況なんだろうか。はたしてあのカプセルの中で幽霊のわたしは寝ているのか。それとも本当にゲームの中に入っているのか。
ぶっちゃけVRゲーだとどっちでも大差ないので気にしないことにしよう。
大事なのはいまこの瞬間、明日の仕事を気にせずゲームをプレイできるという事実のみ!
『パラダイムエイジVRの世界へようこそ。まずは前方へとお進みください』
「音声付きかぁ、豪華になったなぁ。いや、VR化した時点でめちゃくちゃ豪華だけど」
案内に従って、一歩、また一歩と前へ進んでいく。
本当にすごい。現実と同じとまではいかないけど、夢の中よりも圧倒的な没入感がそこにはあった。
そしてわたしの足が宙を踏み抜いた。
「あっ」
『パラダイムエイジVRの世界へようこそ』
なんで二回言った!?
そうだった、このゲームは、この世界には落下耐性というスキルがある。
つまりは落下ダメージが存在し、チュートリアルで真っ先に体験させられるのはそれであり、VRになっても変わることはなかったようで。
わたしはゲーム開始15秒で落下死を体験した。
リアルとバーチャルでの二冠達成である。
《落下耐性が3に上昇しました》
「わーいやったー。じゃない! もうウィンドウ形式のゲームじゃないのにいきなり落下させないでよ! 心臓が悪い人がいたらどうするんだよ! っていうかキャラメイクすらまだやってないよ!」
すでに心臓が止まっている身で言う事じゃないが、少なくとも以前の強制落下経験はキャラメイク後だった。
自分の身体を見てみれば、真っ白い粘土をこねたような姿をしている。記憶がたしかなら、そして追加実装されていなければこんな外見の種族は存在していないはずなので、これはキャラメイク前の何かだろう。
『パラダイムエイジVRではこのように、死亡するとその場に死体が残り、プレイヤーは霊体となります。身体に戻るには死体に手を触れてください』
「はいはい」
VRではない前作とはいえ、一応このゲームの経験者だ。
基本的なシステムは知っているので、目の前に転がる自分の死体に触れる。そうすると視界に回収ゲージという名前のバーが表示され、それがなくなったところでわたしは地面に転がっていた。
《死体回収が3上昇しました》
むくりと起き上がり、改めて周囲を見渡す。
『それではキャラクターメイキングをはじめます^^』
「このAI、あおりおる」
ちなみに会話の内容は視界の左下に旧来のログやチャット形式でも表示されていた。
指でつまむと位置やサイズを変えられたので、邪魔なら消すこともできそうだ。
『わたくし、案内を務めさせていただきます、エイダと申します』
わたしの目の前で光が爆ぜたかと思うと、そこに奇妙な、そして懐かしい動物が立っていた。
全身が青い毛に覆われた、狐や犬を思わせる風貌の二足歩行生物。ただし尻尾は猿っぽい。
このPEの世界における古代人の末裔で、マスコットも兼ねた種族カーバンクルだ。ちなみに毛の色は多様で、青と緑が一番多い。
わたしがプレイしていた当時、このエイダは毎回ランキングで堂々の一位を獲得していた。
……殴り飛ばしたいNPCランキングの。
『キャラクターメイキングの前に質問がございます』
「ん?」
『お客様はVR以前のパラダイムエイジをプレイしたことがございますか?』
「ん、あるけど」
思わず返事をして、これで選択肢を選ぶ形だったら恥ずかしいなと思ったけど、普通に頷いてくれた。
これが最近のゲームか、すごいなぁ。わたしが仕事人間になってしまった間に、世界は未来に来ていた。
『以前のデータを一部引き継げます。いかがなさいますか?』
「え? ……え? いや、たしかに前作がVR全盛の時代になってもしぶとくサービス続けてたのは知ってるけど、普通はネトゲのデータって作品を超えて引き継げないものなんじゃ」
『ここの運営がそんな普通なことをするとお思いですか? 本当に? だとしたら正気を疑いますが』
チュートリアルからしてこれである。殴りたい。
AIが備わったことでうざさが三割増しになっている。
まぁ、ここの運営が以前と同じなら、バランス調整と言いつつ見た目重視の謎スキルを増やしたり、謎のダンスを増やしたり、すごい強いのに見た目はネタでしかない武器を増やしたりするようなことをやってのける。
だからここの運営がまともな運営だと口にする人がいたらたしかに正気を疑うけれど、それを自社のAIに言わせるってどうなんだ?
やっぱりまともじゃないよね、うん。
「えっと、引き継ぐ場合ってなにが引き継げるの?」
『キャラクターグラフィックと部位ごとの防具をひとつずつ見た目だけのアバターとして、それに加えてプレイ履歴から導き出されたスキル習得のスクロールをおひとつプレゼントでございます』
「え、あの見た目ってこと? アバターってことは、見た目だけ?」
『はい、その通りでございます。もっとも現在のクオリティに最適化いたしますが』
そうだよね、よかった。
前作も面白かったけど、当時のグラフィックは、その、大分古い。加えて顔グラが大分残念なゲームだった。それぞれの種族で顔の種類を4つくらいしか選べないのに、その半分はネタかと思うくらい濃い顔なのだ。
なんでも海外展開を視野にいれた結果らしいけど、全体的に日本受けするデザインなのに顔だけ欧米かって感じで、ひどかった。
「せっかくだし引き継ごうかな。スクロールも気になるし」
『かしこまりました。それでは以前のご登録に使用していたメールアドレスとパスワードを入力してください』
「え……」
10年前に使ってたやつとか覚えてるわけなあああい!
メモとってたかな……VRの中だから手元に何もない、PCやスマホのメモすら開けない。
あかん、詰んだ。
この時点で僕が一番はまっていたゲームを察したあなた、僕と握手。