019 【ワールドクエスト:原初の竜インシュピータ】 前編
お待たせしました、ボス戦です。
時刻は夜。
月明かりに照らされた森の中で、わたしたちは原初の竜と向き合っていた。
総勢50名。かつて、前作PEでレイドボスと戦う際の上限人数。
PEVRの仕様はわからないけど、多すぎても、少なすぎても問題が起こると予想して同じ人数で揃えてみた。
掲示板で知り合った復讐者さんやロリコンのほか、†ブレイバー†やメシマジーナも参加している。
よくよく見れば新規狩りをしていたゴーレム使いもいるし、多種多様な面子が集まっていた。
……見覚えの無い犬みたいなのもいる。なんだあれ、誰かのペットだろうか?
巨大な竜がわたし達を見下ろしている。
小さな虫が、何をしに来たのかと。また蹴散らされに来たのかと。
その頭上には相も変わらず《レイドボス:原初の竜(諦めろ)》の文字。
けれど、今になって気がついたことがある。
それは、諦めろという言葉の意味。
「勝てないではなく、諦めろ、か」
それはつまり、諦めなければ可能性があるという事だ。
なぜなら自分が圧倒的有利であるのなら、諦めろなんて告げる必要はないんだから。
「ふ、諦めろだと? だが断る! 頼むぞ幽霊さん!」
「任せて! でもそこで他人頼みなのはダサいよロリコン」
「だからその呼び名は変えてくれ!」
ロリコンの合図を元に、わたしは駆け出す。
「グルオオオォォッ!!」
原初の竜が吼える。
その咆哮が、事前にかけてもらっていた支援スキルを全て消し飛ばす。
けれどそれこそ、事前の情報通り。わたしたちは一人じゃない、みんなの情報を掲示板で共有してきた。
だからこそ、とてもシンプルな対策を取っている。
「ホーリーブレス!」
「クイック!」
「プロテクション!」
「ヘイスト!」
「ありがと!」
支援スキルを一身に受けた今のわたしは、魔法耐性を得て、身軽で、硬く、素早い。
そう、解除されてしまうなら、掛けなおせばいいだけのことだ。
本当に支援スキルを無意味にしたいなら、解除ではなく発動不可能にする他ない。
竜の尾を飛び越え、ブレスを掻い潜り、羽ばたき巻き起こる風に耐え切って。
わたしはたどり着いた。原初の竜、足元に。
そして登る。
登る、登る、登る。
登って登って登って登って。
ついには、その首元へしがみつく。
いくら原初の竜が暴れようとも、ここへ攻撃が届くことは無い。
戦闘では、一定のダメージを与えなければならない。回避にしても、5分もの時間を要する。けれどこの方法ならば、即座にそれが起きる。
わたしが駆け出して、つまり戦闘が開始されてほんの10秒に満たない時間で。わたしに掛けた支援スキル、その消費MP以外の損失はまるでない、全員がほぼ無傷という状態で。
あの演出が発動した。
二足の竜は四足へと変わり、翼を大きく広げ、首を回しながら咆哮する。
「グルオオオォォオォッッ!!」
景色が歪みだすも、回線切断はまだ起きない。
今が、この瞬間こそが唯一の準備期間!
『『『セーフティハーネス!』』』
落下耐性を上げた人たちが発動したスキル、セーフティハーネス。
パッシブスキルである落下耐性を40にすることで取得するこのアクティブスキルは、発動と同時に使用者の腰まわりに魔力の命綱を作り出す。
「ゴーレム! フライングモード!」
「ショートジャンプ!」
「土遁・土中遊泳!」
「眷狼招来!!」
他のプレイヤーたちも思い思いのスキルを発動させる。
手足を変形させ、飛行、というか浮遊するゴーレム。
一瞬にしてどこかへ消えた魔法使い。
土に潜る忍者。
狼をいっぱい呼び出す犬。いや狼。
……あれ、プレイヤーなの!?
って驚いてる暇なんて無い。
わたしは二度目の咆哮を上げんとする原初の竜の首から曲芸を駆使してプレイヤーたちのほうへ飛び降りる。
「ふたりともこっちへ!」
「おう、頼んだぜ!」
「お願いします!」
ここには強さはあっても対策が間に合わなかったプレイヤーも存在する。
†ブレイバー†とか、メシマジーナもその例だ。
だからわたしはふたりが揃ったのを確認して、覚えたばかりのスキルを発動させる。
「フォーリン・インヴァリィド!」
【フォーリン・インヴァリィド】
消費MP15 範囲拡大PT:30 レイド:60
CT:300
前提条件:落下耐性50 邪法30
効果時間中一度だけ落下ダメージを0にする。
重ね掛け不可。掛けなおしは可。
前作では落下耐性40、邪法30だったのにちょっとだけ落下耐性が上がっているという嫌らしい修正を受けたこのスキルは、自分か、PTか、レイドメンバー全体に落下ダメージ無効のバフをかけることができる。
ただし、わたしのMPが足りないので現状ではレイドメンバーに掛けるのは不可能。PTですらMPが尽きる。
もっと魔法系スキルを鍛えてMPを上げておくべきだったと、少し後悔。
減ったMPはアイテムで戻せるけれど、そもそもの上限値でも足りないMPは補えないからね。
「グオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォッ!!!!」
原初の竜が二度目の咆哮を上げる。
間一髪だったけれど、対策は全て間に合ったみたい。
この中のどれが正解か、答えあわせといきますか!
次の瞬間、世界が割れた。
地面が砕け、空が落ち、わたし達プレイヤーや、ペット、そして原初の竜といったキャラクター以外の全てがバラバラになっていく。
その光景をわたしは、背中から生える無数の触手で宙に浮いた世界の残骸にしがみつきながら眺めていた。
†ブレイバー†やメシマジーナも同様だ。二人の顔がなんだか遠くを見ているようだけど、気にしないで置こう。
フォーリン・インヴァリィド。
それは邪法によって生み出された触手が一番近くの何かにしがみつき、落下を防いでくれる落下耐性スキルと邪法スキルの複合アクティブスキル。
見た目はとってもえぐい。
だって邪法だもん。
「マスター、気持ち悪いんですけど」
「我慢して」
「うねうねしてるんですけどおおお!?」
「うん、可愛いよね」
クルーアにもちゃんと掛けたよ。
プレイヤーじゃない彼女は回線切断なんてされない。だってログアウト先がない。
その代わりに彼女は死んでしまうようなので、やっぱり対策は必要だった。
飛んでいるゴーレムや一瞬消えていた魔法使いは無事か。あ、復讐者さんがローバーで瓦礫にしがみついてるね。クルーアもああいうことが出来たら死なずに済むのかな?
他にも何人か無事だけど、落ちていくプレイヤーも多い。土に潜った忍者さんもその中にいた。そして彼らはなんの反応も示さない。
恐らく、あれはもう中身が無いんだ。
あの演出が終了した直後に効果が発動し、耐性のなかったプレイヤーは即座に回線切断、ログアウト。落ちていく彼らは、ただの入れ物に過ぎない。
今まではわたしもあっち側だったから、この光景を見ることは無かったんだろう。回線切断の直前に視界にはいった黒い何かは、崩落する世界の欠片だと思う。
あ、狼も群れごと落ちていってる。なんだったんだろうあの狼。群れを自慢したかったんだろうか。
一方この惨状を引き起こした原初の竜は二足でも、四足でもなく、二対四枚の翼で悠々と浮かんでいる。
羽ばたいていないあたり、魔法的な何かなんだろう。ゲームで細かいことを言っても仕方がないけど、きっと設定くらいはあるはずだ。だってPEVRだもん。
いつまでもこのままかと不安になったころ、崩落していた世界が再構築されていく。
そしてあっという間に夜の森が還ってきた。
「みんな無事!?」
「耐え切れた奴のスキル確認急げ! 掲示板に報告!」
「誰が落ちた!? お、クマは無事か!」
今後の展開は、まだ誰も知らない。
体勢を整えるためにも生存者の確認を急ぐわたし達の上から、声が降る。
未だに宙に浮く原初の竜。それよりももっと上。そう、この世界そのものかと思うほど、高くから。
それを証明するように、視界の端に表示されたチャット欄へとシステムメッセージが表示され、機械的な声が響く。
<プレイヤーによる【固有スキル:異界落し】の突破を確認>
<突破人数を確認中……>
<確認終了。23名>
<【ワールドクエスト:原初の竜討伐作戦】の開始条件を達成>
<【レイドボス:原初の竜】のステータスロックを解除>
<【レイドボス:原初の竜インシュピータ】としてリスポーンします>
<これより【ワールドクエスト:原初の竜インシュピータ】を開始します>
原初の竜の身体が光り輝き、毛糸玉をほどくようにしてばらけたかと思うと、再び寄り集まっていく。
そうしてそれは、新しい姿を得て現れた。
首はひとつ。翼も二対四枚のまま。そのひとつひとつを見れば、大きく変わったところはないように思える。しかしその全身を見ればどうだろうか?
文字通り、大きく変わっている。ぶっちゃけ、超でかい!
元々が奈良の大仏サイズだったのに、今では光の巨人くらいある。ほぼ倍だ。
頭上に表示される名前は【原初の竜インシュピータ(打ち勝て)】。
「おい、どうすんだ。戦闘系の大半は落ちやがったぞ!」
集まったプレイヤーの取りまとめをしていたロリコンが叫ぶ。
そう、戦闘特化の人たちは盾スキルのダメージ軽減や近接系スキルのカウンター系などで対処を試みて、そして失敗していた。
けれど全滅したわけじゃない。戦闘系でもわたしと一緒に落下耐性を上げていた人や、わたしのスキル、或いはペットを利用して生き延びた人もいる。
そして、PEというゲームは、戦闘特化でなければ戦えないほど。いや、戦闘特化だからといって他のスキルを育てたプレイヤーを簡単に倒せるほど、甘いゲームではなかった。
いまここにいるのは、プレイヤーだ。
NPCではない、自分の好きを求めて、目指して、スキルとして手に入れている、プレイヤーたちだ。
「どうするって、倒すに決まってるでしょ」
「ダメージリソースが少なすぎる、一度撤退したほうがいい」
「ダメージリソースってなに?」
「は? そりゃ剣スキルや槍スキルみたいなのから、攻撃系の魔法スキルなんかで」
違う違う、そんな事を聞いてるんじゃない。
戦闘特化を否定するつもりはない。けれど、それしかダメージを与えられないなんて決まりは、ない。
「これはPEVR。わたしたちは、好きなスキルを手にして、育てることができるんだよ。だからさ」
律儀にも待ってくれているドラゴンを見上げる。
大きくなっても、インシュピータなんて名前がついても、こいつが原初の竜である事は変わらない。
そして強さには打ち勝てと表示されている。
このゲームは、そして運営はいつも斜め上だけど、嘘は言わない。
だって彼らは、ゲームが大好きだから。
「自分の好きなスキルを使って、こいつに勝つ! ストライクシュート!」
「あ、こらお前勝手に」
「エアリアルスラッシュ!」
「フライングザッパー!」
「フレイムアロー!」
「投網!」
「車椅子アタック!」
「おい最後の二つなんだよ!?」
わたしの投擲を合図に、飛ぶ剣閃、回転する大鎌、火の矢、魚用の投網、ミイラ男が乗っている車椅子がインシュピータへと殺到する。
いや、本当に最後の二つはなに!?
「あ、自分は漁師っす」
「わたしは看護士です!」
「え、リアルで?」
「いやゲームでっすよさすがに。ボスとか大物も投網で捕まえられないかなって参加したっす」
「わたしはリアルでそうですよ。わがままな患者をせめてゲームだけでもぶっとばしたいと思っていたらこんなペットをゲットしてました」
あの車椅子ペットだったんだ……。
そうか、アタックってクルーアにもあるスキルのアタックか。車椅子って名前なのか、そうか。
前作ではいなかったから、VRからの新要素だね。知りたくなかった。
わたしは何も見なかったことに、はできそうもない。
何故なら投網はインシュピータをがんじがらめに、車椅子はその足を、正確には指を轢くことでスタンを発生させていた。PEVRの状態異常はその属性のスキルを受けて一定の数値で発動。受けるほど次に発生するまでの数値が上昇していくタイプらしい。逆に言えば、最初は発動しやすい。
当然他の攻撃もその巨体ゆえに直撃しているけど、あの二つのインパクトが凄すぎて若干霞んでいた。
それは、油断だったのか。
一番の問題を回避できたからと、攻撃が効いているからと、安心してしまったのか。
インシュピータがブレスを吐いた。
より大きく、より光り輝くそれは、吐息というより最早ビームかレーザーのようで。
プレイヤーの集まっていた一角を、一撃で消し飛ばしてしまって。
さっきまで話していた漁師さんと、看護士さんも一緒に倒れて、死体の上に赤い魂を表示していて。
「ははは、相変わらずつえーなこいつ」
ロリコンの言葉で思い出す。
そうだ、わたしはこいつと、ちゃんと戦うのは初めてだったんだって。
前作では、本当にただの登場演出で回線が落とされて、一撃入れることさえ、一撃を受けることさえできなかったから。
「グオオオオンッ! グロロロオオオオンッ!!
プレイヤー数十人を真っ向から叩き伏せるために生み出されたレイドボスは、咆哮を上げる。
ついに来たと。戦いの時はいまこの瞬間だと。
それを見て、VRとなって前作とは比べ物にならない威容を誇るそのドラゴンを見て、わたしは。
わたしは笑っていた。
そう、戦いの時が、やっときた。
10年前は戦うことすら許されなかった、貧弱回線だったわたしの。他のみんなが楽しそうに見せびらかすドロップアイテムを、指を咥えて眺めるしかできなかったわたしの怨嗟。わたしの悔恨。それを、その気持ちを!
今日!
いま!
この瞬間!
熨斗つけて叩き込んであげるから覚悟しなさい、パラダイムエイジVR!!!
<レイドバトル参加プレイヤー 18/50>
特に描写はしていませんが、きっと半裸のパンツマンとかも居ると思います。




