016 攻略できないボスはボスじゃない
運営会社はあっさり見つかった。
VRデバイスは燃え尽きてしまったけれど、店頭にいけばゲームのパッケージがあるし、裏面には会社の住所も乗っているからだ。手に取れないから棚裏から顔をつっこんで読んだけど、もし”見える人”が見ていたらホラーすぎる光景だったと思う。
何度か距離感間違えてパッケージから顔を突き出したし。
ゲーム会社というだけあって、ビルの入り口には専用のカード認証で開くゲートがあった。
が、わたしはそんなものスルー。幽霊だからね。
続けて社内にあるはずのデバイスを探すと、これもあっさり見つかった。
会社員には見えない服装の人がいっぱいいる部屋の、横の部屋。そこにわたしが使わせてもらったのと似ている大型の、けれど遥かに高級品とわかるデバイスが並んでいる。
わたしはあくまでもログイン地点を探しているだけで、ゲーム的なずるをしたいわけじゃない。
だから開発状況や今後の予定表などを見ないようにして、そのデバイスに入り込む。
「起動『Paradigm Eage VR』」
次の瞬間、わたしはゲームの中に居た。
「マスター!」
「おっと」
背後からの衝撃を、踏ん張ることで耐える。
ゲームでよかった、リアルなら背骨が折れていそうな衝撃だ。
いや、リアルならわたしの体を突き抜けて、抱きついてきたひとが顔面ダイブするか。地面に。
「はいはい、どうしたのクルーア。あなたこんなに甘えん坊だったっけ?」
「いえ、その、びっくりして。いきなりマスターがログアウトしたかと思ったら、ログにもdisconnectedとしか書いてなくて」
「ここは、原初の竜と戦ってた場所か。わたしは幽霊状態になってないし、即死スキルではなかったと。まさか本当に回線落ち? クルーアは何か知ってる?」
わたしの疑問に首を横に振るクルーア。
少し落ち着いたようだけど、それでも抱きついたままの彼女は女のわたしからみても可愛い。
このAIを作り上げたスタッフはHENTAIに違いない。オタク心をよく分かっている。
「それが、わたしたちサポートAIにもこんな序盤に原初の竜が出てくるとは知らされていなくて。それにあの技も」
「これが他のゲームなら、その言葉をそのまま受け止めて、バグだったって考えるんだけどね」
クルーアのことを疑っているわけじゃない。
少なくとも、本当にサポートAIには知らされていなかったんだろう。
けれどここはPEVR。斜め上を突き進むゲームだ。サポートAIに知らせないことでプレイヤーへのサプライズとする。それくらいのこと、ここの運営ならばやってのける。
山ほどのクレームへ、でも面白かったでしょ? の一言しか返さないような、そんな運営だ。
それは過去、どれだけ運営会社が変わっても変わることはなかった。砂糖に蟻が群がるように、PEVRの運営として集まる人間は、そういう人間ばかりなのだ。
「よし、クルーア、動画撮影機能って使える?」
「はい、大丈夫です。起動しますか?」
「うん、お願い。それで原初の竜、どこいったかわかる?」
「それでしたら」
クルーアが指差す先で、高く吹き飛ばされるプレイヤーが見えた。
どうやらあの竜は、ちょっと離れた場所で暴れているらしい。
「よし、ちゃちゃっと逝って来ますか!」
「マスター? いま行くの発音がおかしくありませんでしたか? マスター!?」
わたしが現場にたどり着くと、先に到着していたらしきパーティが尻尾の一振りで全滅するところだった。
死体の上に赤い魂のようなグラフィックが表示されている。これが出ている間は復活スキルやアイテムを使えばこの場で復帰できる。これがないと幽霊状態でリスポーン地点に飛ばされているはずだ。
それから直ぐに赤いグラは消え去り、死体だけが残った。その死体もすぐに消える。恐らく神殿あたりで死体を引き寄せてもらったんだろう。あの神官の嫌みったらしい台詞を聞きながら。
現時点で復活スキルを覚えているようなプレイヤーはほぼ居ないだろうから、賢明な判断だと思う。
「クルーア、録画OK?」
「大丈夫です、問題ありません」
「よし、突撃! あ、クルーアはそこで見てて!」
「マスター!?」
そこからの流れはさっきわたしがやられたのをなぞるように動いた。
つまり攻撃を避け、原初の竜に張り付き、回線切断演出を食らう。
【disconnected】
落とされた。
うわっ、なんか運営さんたちがいっぱいこっち見てる!?
あ、でもわたしのことは見えてないっぽい。ためしにサタデーナイトフィーバーのポーズをしても無反応だった。
よし、ゲームに戻ろう。
「起動『Paradigm Eage VR』」
そして再びゲームへ戻るわたし。
原初の竜は、居なくなってる?
「お帰りなさいマスター」
「ただいま! さっそくだけど動画見せて!」
「はい、こちらになります」
わたしが避けて、張り付いて、うん、例の演出はやっぱり前作で回線切断を多発した忌まわしい登場演出とそっくり、というかクオリティが段違いに上がっているだけの同じものだ。
それが終わった直後にわたしが消える。そして動画も終わる。
うーん、この角度だとちょっとわかりにくい。
クルーア視点の動画とわたし視点の動画があるんだけど、クルーア視点だと原初の竜が大きすぎてわたしが見えづらく、わたし視点だと演出を食らった直後視界が暗転して。
うん? 暗転というか、下から黒いものがせり上がって。だめだ、わからん。
「よし、もっかい行こう。いま竜がいるのは、あそこか」
遠くからプレイヤーらしき叫び声と竜の咆哮が聞こえる。
場所が把握できて大変有り難い。
「じゃあもう一度録画よろしく、今度は別の角度からお願いね!」
「あ、マスター!?」
突撃ー!
【disconnected】
「起動『Paradigm Eage VR』」
「だめだ、わからん、もっかい!」
【disconnected】
「起動『Paradigm Eage VR』」
「次!」
【disconnected】
「起動『Paradigm Eage VR』!」
「あれがもし演出じゃないなら避けられるのでは」
【disconnected】
「起動『Paradigm Eage VR』!」
「だめだあああ今度は防ぐ! 防いでみせる!」
【disconnected】
「起動『Paradigm Eage VR』!!」
「防げないっていうか攻撃が見えない! は!? あの咆哮が攻撃なら耳を塞げば!」
【disconnected】
「起動『Paradigm Eage VR』!!!」
「ちくしょおおおお!」
【disconnected】
「起動『Paradigm Eage VR』ッ!!!」
だめだ、何度繰り返してもあの演出で回線切断される。
なにこのクソゲー。いや元からそういう要素はあったけど、酷すぎる。召喚された原初の竜が消える雰囲気もないし。今も嬉々として遭遇したプレイヤーたちを屠っていた。
ちなみに他のプレイヤーが戦っているところを遠目に観察していても、演出が始まった瞬間こっちも落とされる。範囲無限かお前。マップ攻撃とかおやめろくださいだよ。
さすがに見えないほど遠くなら食らわないみたいだけど。
「むう、一度掲示板覗いて見ようかな」
「そうしてください」
「あれ、なんか疲れてない?」
「何度もレイドボスへ単身特攻するマスターを見せられるペットの身にもなってくださいよ」
それはなんというか、申し訳ない?
でも攻略法のわからないボスへは何度も挑むのは基本だろう。だってこれはゲームだ。取り返しのつかない現実ではないのだから。
そう考えているのはわたしだけじゃないはずだ。攻略掲示板を見れば打開策が見つかるかもしれない。
「どうですかマスター?」
「ん? うーん。お、これは。ふむ。あ、じゃあこういう可能性も」
「マスター?」
「ごめんちょっと待ってて」
書き込みの大半は突然出てきたレイドボスへのバッシングだけど、中には参考になるものもいくつかある。
何で出てきたのかわからない、という書き込みには「ごめーん原因わたしだ、テヘペロ」と書き込んでおいた。
軽く燃えた。
わたしと同じように序盤に出てきた以上、序盤に倒せるボスであるはずだと考えているプレイヤーも多いようで、中には幽霊状態で突撃してみた猛者もいた。幽霊状態じゃ一撃食らっただけでリスポーン地点へ戻されるはずだけど、プレイヤースキルを駆使して演出までこぎつけたらしい。
結果は普通に回線切断、【disconnected】表示だったらしいけど。
「あれ、まって。そういえばクルーアってあれ食らうとどうなるの?」
「……つーん」
「クルーア?」
「知りません、マスターは掲示板で盛り上がっていればいいんです」
ありゃりゃ、拗ねてしまった。
可愛いなぁもう。
「そんな事言わないでよ、わたしにはあなたが必要なんだから」
「サポートAIは便利ですからね」
「そういう事じゃないよ、その辺のサポートAIじゃない、クルーアにしか頼めないこともあるんだから」
「わたしにしか頼めないこと、ですか?」
そう、サポートAIというだけではない、わたしのペット、つまり共に戦う同士だからこそ頼めること。
「わたしここで待ってるから、ひとりで原初の竜に突撃してあの演出食らってきて」
「え?」
「がんばってね!」
「いやいやいや、嫌ですよそんなの!?」
「GO!」
《調教が10上昇しました》
《クルーアがスキル:アタックを使用しました》
「ああああぁぁぁ!? 恨みますよマスターーーーーー!」
走り去っていくクルーアを見送って、チャット欄を眺める。
クルーアひとりで勝てるだなんて思っていない。わたしが見たいのはクルーアの戦闘ログ、その最後の一文。
その文字を見たわたしはきっと悪い笑顔を浮かべていたに違いない。
そう、ニヤリって感じの笑みを。
《クルーアが落下死しました》
次回、皆さんお待ちかねの掲示板回となります。




