その18
奏人は海岸のベンチに座り、もう、かれこれ一時間ほど、ぼんやりと海を眺めていた。
「いい波ですねえ、穏やかで」
「…君か」
「あいにくと我が主は、四辻の若君とデート中でして、私が代わりに」進は奏人の横に座った。
「やはり、四辻の“命”のお力というのは桁違いですね」
「私には力などないよ」
「ええ。私が申し上げているのは、あなたが四辻の“命”であらせられた頃、未来の種をあちらこちらに封じて行かれたことについてです」
「…すべてお見通しというわけか。今の私にはその手の力がないことも」苦笑いする奏人。
「“今”やらせるにしては、不自然なことが多すぎましたからね。雅さんに外務省の極秘データベースに入らせ、夢の隠れ家、八角堂探しをさせたり」
「彼女なら定年までいてくれると思ったんだがねえ」
「彼女に限らず、“何か”に示唆されて段階的に動く人々が多すぎました。目に付きすぎました、いろいろと」
「ホメ言葉と受け取っておくよ」
「響子さんのお力も、あれは元々持ち合わせていたものを、あなたが封じていただけですよね」
「響子さんまで力が出てしまうと、息子がまたいじけてしまうだろ」
「なるほど。それは理解できます。ですが、我が主はかなりご立腹です」
「彼女が二人を連れ出したときはハラハラしたよ」
「幼い華音さまには、さすがに直接手出しはなさらなかったようですね…」
「彼女には手ごわいナイトがついてたからね。彼には嫌われたようで残念だ」
「西園寺の御子たちに手を出す者は、すべて敵とみなして構わないと教えてあります」
「敵認定を解除する方法はないのかい。私は彼を敵に回したくはないなあ」
「西園寺の御子たちを守る者は、すべて味方だとも教えてあります」
「まあ、こうなった以上、ここから先、西園寺の“命”の機嫌を損ねるような真似をするつもりはないよ」
「もしかして…まだご存じないのですか?」
「ん?」
「現・西園寺の“命”は風馬さまです」
「彼女は…降りたというのか?」
「少しは責任を感じていただきたいところです」
「そうだったのか…」言葉に詰まる奏人。
「もはや、だからどう、という話でもありませんが」
「君は命宮を続けるのかい?」
「紗由さまが成人されるまでは」
「まさか彼女にその座を引き継ぐと?」
「“命”の歴史が始まって約千年。初の“姫命宮”誕生のあかつきに、私は自分の任を解きたいと思います」
「西園寺・先の宮の一番の功績は、君を育て上げたことのようだ」
「お褒めの言葉に聞こえないのはなぜでしょう」
「素直に褒める気分じゃないからだろう。君は私を遮る」
「信号を守らず、道に飛び出したのはそちらかと」
「気付かなかったよ」
その笑い声の響きに顔を背けながら、進は尋ねた。
「ところで…今の中途半端な“命”と“禊”の統合を解くという選択肢はなかったのですか? さらにこのまま“言挙”や“直霊”も統合したところで内紛の元でしかないと思いますが」
「統合せずにおけば、“命”以外は瓦解する」
「元々、それぞれ内部で揉め続けていたんです。旧“命”サイドが手を引いたところで同じですよ」
「けっこうドライなんだね」
「私の最優先事項は西園寺を守ること。“命”システムを守ることは二の次です」
「ブレがなくていいね、君は」
「奏子ちゃんほどではありません」
「君は本当に私が嫌いなんだね」笑う奏人。
「可愛い部下にもちょっかいを出されましたからね」
「ああ、そうか。双ツ君の後見役は、文字通り君の部下だったね」
「弾の父親、本当の関根氏は今どうしてるんですか?」
「もう日本に戻るのは無理だろうね。元々、蒼井桜を最初に伊勢から連れ出して、すったもんだした挙句彼女を捨てた人間だ。何年か前、その筋の人間にそれが知られてしまったから、彼はセドナに逃げたんだろう」
「はあ。その当時の恋人も災難ですね」
「正直、私の管轄ではないよ。蒼井桜を使いたかったから、彼の顔を利用させてはもらったが」
「確かにもはや、こちらがどうこうする案件ではないようですね」
「自業自得だろう。ヒーリング能力欲しさに、その手助けになりそうな女性に片っ端から手を付ける。今まで女に刺されなかったのが不思議なくらいだ」
「不本意ながら同意です」
「まあ、息子によけいなことを伝える必要もないだろう」
「ありがとうございます」
「ところで、二条義親くんは会ったことがあるかい?」
「智親さんのご子息ですね。USJでご一家を見かけたことが」
「史緒ちゃんであれ、咲耶ちゃんであれ、彼が九条の娘を娶れば、かなりいろんな可能性が出てくると思うんだがなあ…」
奏人の言葉に思わず苦笑する進。
「久我夫人の耳に入ったら、今の我が主以上にご立腹になられるかと」
「和歌菜さんは敵に回すと後が怖そうだな」
「我が主以上の強敵です」
「私の計画はつぶれてよかったということだな」
「つぶれてなどおりません」
「ん?」
「四辻の“命”が国と民の平和を願い、未来へ飛ばされた思いの数々は、お孫さんたちの世代がこの先、確かな形で育てていかれることと存じます」
「叶わなかったが無駄ではなかったということか」
「咲いた花を見るのは、必ずしも種を蒔いた人間ではありません」
「ありがとう」
奏人はベンチから立ち上がると、海岸をゆっくり歩きだした。
* * *




