その17
翼と奏子が通されたその場所は、広い庭園だった。
「すごーい。きれいなお花がいっぱい!」
「好きなだけ、摘んでもよくてよ、奏子ちゃん」
「はい! 行ってきます!」
どこからともなく現れた澪が、奏子の後ろを歩いて行く。
「では、ここからが本題」華織は翼に微笑んだ。
「西園寺の“命”さま。僕と奏子は人質ですか?」
「私はもう“命”ではないわ」
「え?」
「昨日、伊勢に退位の意を伝えて来ました。西園寺の“命”には風馬が、弐の位には龍が就任しました」
「そんな…」
「翼くんは今まで、本気で怒ったことあるかしら?」
「今の華織おばさまに比べようはないでしょうけど…」
「龍はね、私の宝物なの」
「四辻の先の宮は、その宝物を傷つけた」
「“おじいちゃま”とは呼ばないの?」
「先の宮は、僕にとって守るべきものを傷つけてばかりだ。おばあちゃま、パパとママ、奏子だけじゃない。龍くんまで…そんな人間、おじいちゃまじゃない」
「翼くん…」
「彼がやりたいことをやりとげるまでに、もっと、いろんな人が傷つく。奏子ももっと悲しむ…」
「…見えているの?」
「いえ」
「では、なぜそう思うの?」
「僕が、四辻奏人を継ぐ者だからです」翼は華織の眼を見据えた。「でも、僕は四辻奏人にはならない」
「聞かせてさしあげたいわ、奏人さんに」
「先の宮の全部を否定しているわけではありません。保おじさまを総理大臣にしたのは功績です」
「結局は敏腕政治家だったということかしら」
「神様が、まつりごとと“命”の仕事を同時にやってはいけないと決めたのには、ちゃんと意味があるんだと思います」
「どんな意味かしら」
「両方やると欲に負けるんです、たぶん…ていうか、八角堂に行ってから、僕はそんなことばかり感じてました」
「考えたのではなく、感じたのね?」
「頭で思考するのではなくて、心から湧き上がってくるというか…」
「龍もそうみたいだわ。八角堂に来てから、ちょっと変なの。妙に大人びてしまったというか」
「そうか! おじいちゃまの思いなんだ。八角堂に込めた、昔のおじいちゃまの思い!」
「なるほどね…」ふっと空を見上げる華織。
「おじいちゃまはきっと…その時の思いを八角堂に封じたんだ。未来の自分を正せるように」
「翼くんに正してほしかったのね」
「でも…龍くんがやっちゃった…」面白くなさそうに口をとがらせる翼。
「龍は、あなたにやらせたくなかったんだと思うわ」
「何でですか?」
「大好きなおにいちゃまと、大好きなおじいちゃまがケンカしたら、悲しむのは奏子ちゃんですもの」
「あ…」
「奏子ちゃんは龍のことが大好きだけど、龍も奏子ちゃんが大好きなのよ」
華織の言葉にニッコリ笑う翼。
「なら、もういいや。本当はケンカしに行こうと思ってたんだけど」
「あら、そうなの? ちょっと見てみたかった気もするわねえ」
「…本当だ」
「え?」
「龍くんが言ってたんです。おばあさまは時々人が悪いんだって」
「龍ったら…」口をとがらせる華織。
「紗由ちゃんも言ってました。にいさまは、そういうとこ、おばあさまにそっくりなのって」
「紗由ったら…」笑いだす華織。
「僕がもっと大人になったら、ケンカしにいってもいいですよ」
「なぜ?」
「ひ孫の顔を見たら、降参すると思うし」
「翼くんも、人が悪いんじゃなくて?」
「はい。僕は四辻奏人を継ぐ者ですから」
「そうね。そうだったわ」
二人の笑い声が広い庭園に響き渡った。
* * *




