その11
外へ出て、ドアを閉めると、龍はまっすぐ前を見据えながら言った。
「いらっしゃるんですよね? 四辻の“命”さま」
だが答えはない。
龍はさっき咲耶が汚したタオルを目の前に差し出す。
「すみません。あなたが九条の姫君に入れたもの、ちょっと出ちゃったみたいです」
しばらく相手の答えを待つ龍。
「物理的に西園寺の“命”を少し遠ざける。それで突破しようだなんて、甘く見られたものですね。あなたがいなくなられてから、いえ、いなくなられたからこそ、彼女は研鑽を重ねてきたんです!」
その時、ビューっと強く風が吹いた。
「それから、僕の大切なフィアンセと親友を、いいように使うのは許さない」龍は深く息を吸った。「四辻の石は、もうあなたの好きなようにはさせません」
風に舞い、ひとひらの花びらが龍の前に落ちる。
「僕の考えはこうです。あなたは、咲耶ちゃんと星也ちゃんに力を封じ込んだんだ」
“何のために…?”
“!”
頭に響く声に、辺りを見回す龍。ふーっと一息吐くと、話を続ける。
「あなたは今、“命”や元“禊”とは別の組織、“言挙”のトップに君臨している。そして、元“禊”側の有力者、二条さんや久我のおじさまに近づいた。星也くんや咲耶ちゃんに封じた力を利用して」
“何のために…?”
「“此ノ花の香りに星は惑いけり 此ノ花の調べに星は眠りけり 此ノ花の輝きに星は消えにけり”この宣託が答えです」
龍は足元の花びらを拾い上げた。
「これはおそらく蒼井桜の宣託をあなたが久我のおじさまたちの前で書き付けたものでしょう。
これだけ見れば、まるで星也くんが、咲耶ちゃんの力で危機的状況に陥るように聞こえる。おじさまたちは焦ったでしょう。
久我のおじさまたちの目的は、星也くんの力を開かせて、元禊側の能力をアップし、“命”側の咲耶ちゃんと力のバランスを持たせた上で、結婚させて、統合された今の“命”の体制を安定させること。
でも、この宣託が本当なら縁談は進められない」
龍は手のひらの花びらを、ふっと吹き飛ばした。
「後日、あなたは提案したんです。咲耶ちゃんの力より、強く、星也くんの力を開きましょうと。
本当なら、さっき僕がやったみたいに、咲耶ちゃんの力を解放し、調整すれば、星也くんと力のバランスは取れてくるんですけどね。
一般人の久我のおじさまにはそれはわかりにくい部分だし、二条さんにしても、星也くんの力が強まるのなら、それに越したことはないという判断だったのでしょう。
二人は申し出を承諾しました。
そして、その舞台として、ベイビーサーチャーズの件が発案され、子供たちが一堂に集められた」
龍が下を向いて笑い出す。
「でも本当は何もしなくてよかったんです。
宣託の文章は、あなたに無理やり力を入れられ、その後に開かれてしまった星也くんが、咲耶ちゃんの力で助かるという意味なんですから」
再び強い風が辺りの木々をざわつかせる。
“それが正しいのなら、咲耶ちゃんの力を弱めてしまったのはミスじゃないのかい?”
「…別の人間が、星也くんを抑えられる力を、咲耶ちゃんに与える…あるいは共闘すればいい」
龍の背後から、砂利石を踏みながら近づく足音が聞こえてきた。
ゆっくりと振り返る龍。
「ごぶたさしてます。奏人おじさま」
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