その10
弾は、カメの甲羅にししゃもの卵が付いた、ししゃも仮面の着ぐるみを充に着せると、満足そうにうなづいた。
「充くん、頭にはこのししゃものお面をお願いします」
口をとがらせながら面をかぶる充。
「うわあ。うわあ。シシャモ仮面さんだあ」
嬉しそうに充の周りをスキップする真琴。
「うん。いいんじゃない。シシャモのシルバーと甲羅の黒とで、おしゃれな感じ」
「うんうん。ロックバンドの人みたいだよ」恭介が言う。
「じゃあ、奏子が甲羅にかわいい石をいっぱいつけてあげますね」
充の顔は引きつったままだ。
そんな充を少々気の毒に思いながらも、龍は八角堂の外に強い気配を感じ、入り口を見つめた。
“…今のうちに行ってくるか”
龍が入口に向かおうとすると、紗由が龍に耳打ちする。
「にいさま、咲耶ちゃんが来たよ」
見ると、清子に抱かれた咲耶が、シシャモ仮面に向かって腕を伸ばしている。
「大人気だな」クスリと笑う龍。
「今ならできそうだね」
「ああ…そうだね」
龍は紗由のリュックを開け、タオルを取り出すと、首に巻き、笑顔で咲耶に近づいて行った。
「咲耶ちゃんも、シシャモさんが好きなのかな?」
「ふふ。そうみたい」微笑む清子。「あ…」
咲耶が思い切り腕を伸ばしたので、バランスを崩しそうになる清子。
「こらこら…落ちちゃうよ、咲耶ちゃん」
咲耶の腕の先に回り込み、咲耶を抱き上げる龍。
「ありがとう、龍くん」
「いいこ、いいこ」
咲耶をあやしながら、ハートのチャクラに背中側から触れる龍。
“ちょっとごめんね。ガス抜きの穴を作るよ”
龍が指先に力を入れた瞬間、咲耶が咳き込んだ。
「咲耶? 大丈夫?」
清子が咲耶を抱こうと手を伸ばすが、咲耶はいやいやしながら龍にしがみつき、咳き込み続けている。
口からは、さっき飲んだミルクがでろでろと流れ、龍が首に巻いていたタオルの辺りに零れ落ちる。
そのままタオルで咲耶の口を拭く龍。咲耶の咳とミルクが止まった。
「ごめんなさい、龍くん。汚れちゃったわ」
「大丈夫、大丈夫。ちょうどタオル巻いてたし」
「本当にごめんなさい。よくミルク出しちゃうのよ」
清子は咲耶を龍から受け取った。
「タオル、お洗濯して、お返しするわ」
「いいです、いいです。それより咲耶ちゃんを寝かせてあげてください。もう半分寝てるし」
清子の腕の中で、うつらうつらしている咲耶。
「あ…本当だわ。どうもありがとうね、龍くん」
清子は龍に頭を下げながら、その場を離れていった。
そこへ、そっと近づいてくる紗由。
「ごめん、紗由。タオル汚しちゃったよ」
「たろちゃんも、よくやってる」
「太郎と一緒にするなよ。九条の姫君だぞ」笑う龍。
「にいさま…ちょっと疲れてる?」
「まあね。おばあさまの依り代はけっこうエネルギー使う」
「お外に行くんだったら、その前にあそこのハンモックで少し休んだ方がいいよ」
「そうだな、ありがとう」
龍は紗由の頭をくしゃくしゃと撫でた。
* * *
ハンモックの上でうとうとしながら、龍はしばし夢を見ていた。
華音が暗い場所に閉じ込められている。四方からエネルギーの束が飛んでくる。その力を精査されているようだ。
だが、華音がその束を払いのけ、「うーたん!」と叫ぶと、一瞬にして光あふれる場所となった。
次に見えたのは清流旅館の庭先だった。聖人と真琴が、男からもらった針水晶を前に硬直している。
真琴は泣き出し、聖人はなだめるが、水晶の光がどんどん増し、二人は足元がふらついてくる。気を失った二人を車に乗せようとする男。
誰かの叫び声で水晶が粉々に弾き飛び、その破片が腕にささった男は、周囲を見回すと早足で立ち去ろうとする。
去り際に清流を振り返ったその顔は、死んだはずの四辻奏人だった。
さらに場面が変わる。彼が車で戻った場所は、“命”や“禊”の同業者である“言挙”の本部で、彼は「言主さま」と呼ばれ、多くの人間を従えている。
そこで目を覚ます龍。
頭を左右に振ると、傍にいた悠斗に気付いた。
「悠斗くん…」
「大丈夫です、龍さま。その夢はたがえました」
「…ありがとう」
「いってらっしゃいませ」
悠斗はうやうやしく礼をすると、トンボを切りながら、紗由たちのいる場所へ向かって行った。
“ここからが最初の勝負だ”
龍は胸に手を当てると、頭を上げ、ドアへと歩き始めた。
* * *




