第六話 コイツの言い分
いかんいかん。
思わず少し取り乱してしまったようだ。
ちょっと落ちつこうか。
すー、はー、すー、はー。
よし!
さて、この段ボールに入ったマヨネーズが、どこぞのイケメン変人リア充野郎からのプレゼントなんかではないということは分かった。
でも、だとすると一体どういうことなんだろう?
確か副賞と言ったな。
ということはだ。
何かの賞を取ったことによる景品、ってことなのか?
……マヨネーズが? 景品?
まさか、マヨラーによる全国大会でもあったのか?
ははは。いやいや、まさかね。
だが、ここまで来ると、非常に興味が沸いてくる。
なのでオレは詳しく聞いてみることにした。
「で? 改めてこのマヨネーズは何? 副賞ってどういうこと?」
「……えっと、実はこの食品メーカーのキャンペーンガールのオーディションに応募しててさ。先日三次審査があったんだけど、見事に受かっちゃったんだよね。なので、これはその賞品ってわけ」
――はい?
一瞬オレの思考は止まりかけたね。
あまりにも想像とかけ離れた単語が交っているその返答に。
まさにオレの想像の斜め上をぶっち切ってくれたわけだ。
キャンペーンガール、だと?
それってアレか?
その食品メーカーの販売促進か何かのキャンペーンを担当する、いわゆるイメージガール的なやつか?
しかも、オーディション?
それに受かった?
コイツが?
…………マジ?
し、知らなかった。
コイツ、そんなことしていたのか。
「いやあ、大変だったよ。三次審査は水着審査で、さらにはカメラテストまであってさ」
はにかみながらそう言うコイツを、きっとオレは口をポカーンと広げて、目を丸くしてマジマジと見ていたことだと思う。
み、水着審査……そう、だよな。
当然そういうのもあるんだよな。
先日の、一緒にプールに行った時のコイツの水着姿を思い出す。
スタイルは、抜群に良かった。
彼氏の贔屓目なんかじゃなく、すごく良かったと思う。
顔だっていい。
これも贔屓目なんかじゃなく、一般的に言って美人だと思っている。
その手のオーディションに来る女性たちが、どれくらいレベルが高いのかは知らない。
だけどコイツだってそう引けは取らないハズだ。
だから、オーディションに受かるのも、なんとなく頷ける話だと思う。
そうか。オーディションに受かったんだ。
コイツが。
オレの彼女が。
なんか……なんか……めちゃくちゃ嬉しいんだけどぉ!
「えへへへ。君の彼女もなかなかやるでしょ? ん? ん? 何か言うことは無いかな?」
「……ああ。すごいじゃん。おめでとう。びっくりしたよ」
オレは思わずコイツの頭を撫でていた。
ああ、なんか顔がにやけちまいそうだ。
だって、自分の彼女が認められたみたいで嬉しいじゃん!
オーディションに受かるような女性が自分の彼女だなんて嬉しいじゃん!
そうオレは浮かれ始めていた。
コイツの次の言葉を聞くまでは。
「へへー、ありがと。でね。そういうわけなので、これからしばらくの間、ちょっと忙しくなるんで会える機会が少し減っちゃうかもなんだ」
――えっ!? ナニ、ソレ……?
コイツの頭を撫でていたオレの手の動きがピタッと止まる。
「ど、どういうこと?」
「キャンペーンガールの契約が、今度の十月から来年の三月までの半年なんだ。本来は四月からの一年契約が基本みたいなんだけど、今回は欠員による臨時の募集だったみたいでね。で、どうやら早速十月から結構予定がびっしり入っているみたいんなんだ。特に週末はほぼ全滅」
…………マジ?
いや、冷静になって考えてみれば、当たり前のことなのかもしれない。
受かったんだから、キャンペーンガールとしての活動をする責任がある。
キャンペーンガールの詳しい仕事内容は良く知らないが、普通に考えれば企業やその企業の製品の広報活動または宣伝活動のため、さまざまなイベント、例えば新製品発表イベントなどに参加したり、雑誌、ラジオ、テレビなどの各種取材を受けたり、場合によってはその企業の社内行事へのゲスト出演なんていうのもあるかもしれない。
それに……もしかしたらそれだけでは済まない可能性だってあるんじゃないか?
もしかしたら、製品と一緒に雑誌なんかにも顔が載ったりして。
そんでもって注目を浴びて、人気が出てきたりして。
さらにコマーシャルなんかにも出演して、テレビにも顔を出すようになったりして。
そんでもってさらに注目を浴びて、どんどん人気が出てきたりして。
思わず想像してしまう。
イベントなどでフラッシュを浴びまくるコイツ。
テレビのコマーシャルでにっこりと笑うコイツ。
そして、オレだけのコイツではなくなっていく……?
そうだ。
キャンペーンガールのような仕事は、ある意味芸能界への登竜門でもあるようなことを聞いたこともある。
それで人気が出て、業界の人にスカウトなんかされて、テレビなんかにも出て、一躍有名人の仲間入り。
まさか、コイツが?
いや、コイツならそんな「まさか」を楽々乗り越えてしまうかも……
それは大げさだとしても、可能性はゼロじゃない。
そして、もしかして、コイツはそれを望んでいる?
そりゃあ、キャンペーンガールのオーディションに自分から応募したんだ。
そういう仕事がしたい、将来そういう仕事に就きたいと思っていた?
以前、コイツは教師になりたいって話をしていたことがある。
そのためにこの大学に来たって。
でも、それはある意味第二志望のようなものであって、ホントはそういう仕事がしたかったとか?
ありえる。
だって高校時代には雑誌のモデルもしていたんだろう?
何で雑誌モデルをやめたのかは知らないけど、その頃からずっとそういう仕事を目指していたのかもしれない。
今までそういう話は聞いたことなかったけど、それは受かる前だったからじゃないか?
今回、オーディションに受かった。
だから、オレにもこうやって打ち明けた。
そういうことなのか?
「……じゃあ、これからそういう仕事をしていくんだ」
「うん。そうだね」
やっぱり、そうなんだ。
あ、なんか今、涙が出そう……
だってそうだろう?
コイツが芸能活動をし始めたら、忙しくてこんなふうに会えなくなるかもしれない。
オレはまだ学生で、コイツは一足早く社会人になって、しかも芸能界ってところはオレには全く無縁の世界で、住む世界が全く違う、そんなイメージがある。
もしかしたらアイドルのような、恋愛禁止なんてこともあるのかもしれない。
だから、最初のうちはいいかもしれないが、そのうちすれ違いが多くなったりして、もしかしたら事務所からも交際を反対されたりして、そしてオレ達は……
コイツは以前雑誌モデルをして、今回キャンペーンガールに応募もして。
オレは知らなかったけど、そういう世界に憧れていたのかもしれない。
オレは、それに全く気付かなかった。
知らなかった。
全然、知らなかった。
オレは、コイツのことをちゃんと見てなかったのだろうか?
それって、彼氏失格なんじゃ……
オレは知らず知らずのうちに下唇を噛んでいた。
そうでもしないと我慢できなくなりそうで。
瞳に涙が溢れてきそうで。
オーディションに見事受かったコイツの前で涙をこぼしてしまいそうで。
いや、まだだ。
まだ、そうと決まったわけじゃない。
一般人と結婚する女性タレントだって多くいる時代だ。
オレ達だって、もしかしたら別れずにうまくやっていけるかもしれない。
だから、今はせめて今後のことを確認しておこう。
付き合いが続くにしろ、残念な結果になるにしろ、色々と心構えがいる。
今後、コイツはどうしていくつもりなのか。
ちゃんと、聞いておこう。
「その後はどうするんだ?」
「その後って?」
「ここのキャンペーンガールが終わった後だよ。例えば、他のオーディションとかの応募するとか。もしくは芸能プロダクションに所属して、芸能活動っていうのか? そういうのを始める、とか?」
オレはそういう世界のことは全然分からない。
だからどういうふうに尋ねればいいのかすらもよく分からない。
だが、そう聞いたオレに対し、コイツは目を丸くして首を傾げた。
「芸能活動? なにそれ?」
――へ?
なにそれって、なんだよそれ!
「いや、だってお前。以前雑誌モデルをしてたこともあるし、今回は大手食品メーカーのキャンペーンガールに応募したんだし。オレはそういうの良く知らないけど、モデルとかアイドルとかタレントとか、そういう芸能界を目指すんじゃ……」
「無い無い。ありえない」
そう言いながらコイツは自分の目の前で手を振って見せた。
――はい?
「っていうか、知ってるでしょ。ボクが目指しているのは小学校の教師だよ。だからこの大学の教育学部に入ったんだよ。話したことあるよね?」
……それは、知っている。
「じゃあ何でキャンペーンガールのオーディションなんて応募したんだ?」
「えっ? ああ、それは、その、ですね」
なんかコイツ、突然目が泳ぎだしたぞ?
その瞬間ピンと来た。
これは、何かを隠しているなって。
でも、なんだ?
コイツはふと視線を落とした。
その先にあるのは、賞品で貰ったというマヨネーズの入った段ボール。
こんなのが副賞で貰えるだなんて、マヨラーであるコイツにとって、まさに天職のような……あれ?
その時、ふとオレの中で何かが引っかかった気がした。
いや、それはむしろピースがうまく当てはまったかのような感触だった。
コイツは生粋のマヨラーで。
賞品がマヨネーズで。
……まさか。
「……ちょっと待て。そのオーディションの副賞がマヨネーズだって、お前知ってたんだよな?」
「うん。……そうだね」
その返答を聞いて、オレの推測は、ほぼ確信に変わったね。
「お前……。このマヨネーズの副賞欲しさに、オーディションに応募したな?」
「えっと、まぁあ、そのぉ、何て言いますか、そうとも言うかもしれませんね」
信じらんねぇ。
そんなのが目当てで応募したのかよ!
ありえねぇ……
葉書を送るだけのお手軽な懸賞とは違うだろうよ。
水着審査もあって大変だったって言ってたじゃんか。
カメラテストまであったって。
それなのに……
ん? あれ? 水着、審査、だと?
オレは、さらにピースがうまくピタッとハマってしまう感触を感じてしまった。
「……三次審査は水着審査だったと言ったな?」
「うん、そうだよ。カメラテストも兼ねてね」
「それはいつだったんだ?」
「えっ!?」
再びコイツの目が泳ぎだした。
これは、ビンゴだな。
「いつ、だった、んだ?」
「………………えっと、一緒にプール行った日の前日、かな」
やっぱりそうだ。
そういうことだったんだ。
あの日コイツは言っていた。体重計に乗りながら。
ぎりぎり間に合った、と。
プールに行くのは翌日の事だったのに、ちょっとおかしいと思ったんだ。
つまり……
「お前、オレとプールに行くためにダイエットするなんて言ってたけど、ホントは水着審査のためだったんじゃないのか? ついでに言えば、新しい水着を買ったのだって、そのためだったんじゃないのか? 違うか?」
「あははは、バレちゃった。てへっ」
そう言ってコイツは、それはそれは見事なてへぺろをキメてくれやがった。
コ、コイツ、男の純情を……
「でもでも! 一緒にプールに行くためって言ったのも嘘じゃなかったよ? 実際一緒に行ったわけだし、君に水着姿もちゃんと披露できたわけだし」
……そ、それは、まぁ、そうなんだけど。
「目の保養に、なったでしょ? ね?」
まるでオレの心を鷲掴みするかような艶やかな笑顔に、さらにその魅力を倍増させるかのようなウインクまで織り交ぜながら、コイツはそうのたまった。
それを見て、オレは思ってしまった。
やっぱコイツ可愛いって。
ダメだ。あかんわ。
こりゃ、もう敵わんわ。
はは、ははは……
ま、いいか。
別に本気で怒っていたわけじゃないしな。
「ねぇ、落ち着いたら、また一緒にプールに行こうよ」
「ああ、そうだな」
オレはちょっとため息混じりに、しかし笑顔で頷いた。
コイツはしばらく忙しいだろうからな。
実際に行けるのはちょっと先の事になると思う。
でも、あそこは室内プールだ。
夏じゃなくたって行けるんだ。
その時にはきっとまた、その魅力でオレに目の保養をさせてくれるに違いない。
今からその日が楽しみだ。
「じゃあ、行く前にまた一週間くらい、一緒にダイエットしようね!」
いや、それはもう勘弁してください。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました! m(__)m