第四話 我慢の結果
今日は月曜日。
つまりコイツが突然言い出したダイエット宣言からちょうど一週間になる。
そして約束のプールへ行く日はいよいよ明後日となったわけだ。
オレ達のダイエットはもちろん続いている。
コイツのマヨ断ちもだ。
コイツの事だから、夜中に寝ぼけてウチを抜け出して、コンビニあたりでマヨネーズを購入してきて、一人物陰でちゅうちゅうするかも?
なんて冗談で思ったこともあったけど、そんなことはなかったみたいだ。
……たぶんね。
四六時中一緒にいるわけではないし、ホントに隠れてやっていたら流石に分からないからな。
ま、無いとは思うけど。
むしろこの一週間、巻き込まれたオレの方が結構大変だったと言っておこうか。
そうだな。その一端を少し語ろう。
朝食に関しては、まあ、さして不満はない。
多少物足りなさは感じるものの、内容的には自分一人だったときに比べれば、逆に豪華になったくらいだ。
なにせ、朝から彼女が作ってくれた味噌汁を飲める!
男として、これは結構嬉しいことだったりするんだよ。
ん? そう思うのはオレだけ?
いやいや、そんなことないよね?
女性諸君には声を大にして言ってあげたいね。
彼氏の胃袋を掴みたいなら、旨い味噌汁を作れ、と。
定番の豆腐とワカメもよかったが、玉ねぎと大根も旨かったな。
ちょっと驚きだったのが、キャベツと生卵っていうやつだな。
オレは味噌汁に生卵っていうのは生まれて初めての経験だったんだけど、これが結構旨かったね。
またぜひ作ってもらいたいと思う。
昼食も、さして問題はなかったかな。
コイツは昼間塾講師のバイトなんで、お弁当を作って持っていく。
なので当然のようにオレの分も作ってくれる。
彼女の手作り弁当!
なんかいい響きじゃないか?
別にデコ弁やキャラ弁なんかじゃないし、海苔や桜でんぶでハートマークなんかもないよ?
仮にそんな弁当を用意されたら、いくらオレでも引いちゃうかもしれないな。
とても人前では開けられないね。
もっとも、オレはいつも自分のウチで一人で食べていたよ。
ゼミでの調べものやレポートなんかをしつつね。
さて、問題はそれ以外だ。
まずは夕食についてだ。
夕食は基本的に夜七時までに済ませるようにする。
夕食後は何か食べるのは一切禁止。
これだ。
このルールがかなり厳しい。
ダイエットを始めた先週の月曜日のバイトは午後四時から十時までだったが、その他の日は午後八時から十二時、もしくは日付が変わって二時までだった。
だから夕食の時刻についてはなんとかなった。
済ませてからバイトに行けばいいんだからな。
実際、コイツがバイトから帰って来るのが午後六時過ぎ。
それから夕食を作り始めて、六時半くらいには食べ始める。
なので余裕で七時までには済ませることができた。
だけど、夕食後に食べるの一切禁止はちょっときついだろう。
こっちは夕食後にバイトなんだよ?
事務系の、ずっと座っているような仕事だったらまだしも、サービスステーションの仕事は結構走り回るんだよ?
休憩の時に、差し入れのおにぎりや果物なんかを口にできないってことじゃん。
マジで泣けるね。
もし小腹が空いてどうしようもなかったらどうすればいいか、一応聞いてみた。
そしたら、お茶か白湯で我慢なんだと。
白湯だぁあ!? マジかよ!
白湯って知っているよね?
アレだよ。なにも入れていない水を沸騰させただけのやつ。
有り体に言ってしまえば、ただのお湯。
病気でもないのにそんなもの飲んで何が嬉しいんだよ。
でもコイツは滔々と語ってくれた。
いかに白湯が健康にいいのかって。
ストレスや風邪、そして冷えの予防、それにデトックス効果があって、お通じにも良くて、むくみにもいい、さらには身体が温められ体内環境が活発にもなり……などなど。
ごめん。もう途中からコイツの言葉はオレの耳を右から左へと、ただ通り過ぎていたよ。
このルールをちゃんと守ったかって?
ええ、ええ、守りましたよ。守りましたとも!
頭の中で、バイト先なんだからコイツは見ていないよ、どうせ分からないよ、という悪魔のささやきが聞こえた気もするけれど、そこは頑張った。
辛かったけど歯を食いしばるくらい頑張った。
数日の辛抱だ。
コイツだってマヨ断ちしてまで頑張っているんだ。
オレのために頑張っているんだ。
そう思って、オレも我慢したよ。
ホント、誰かオレのことを褒めてくれないか?
あともう一つ。
お菓子なんかも当然のように禁止事項にされた。
ま、そうなるよな。
予想はしてたんだけどさ。
実は、歌舞〇揚と牛乳ってのが、今のオレのマイブームなんだ。
オレは、バイトから帰ってきたら寝る前にパソコンの前に座り、某小説投稿サイトでお気に入りの小説が更新されていないかチェックし、更新されていたら最新話を読む。その際に歌〇伎揚をボリボリ、牛乳のグビッってのが密かな楽しみになっているんだ。
なのに、それが禁止。
これにはさすがに、少しばかり抵抗してみた。
いや、お願いしてみた、が正確なのかな。……弱いね、オレも。
そして譲歩してもらって得られた成果が、歌舞伎〇は一日三枚まで。
ただし、もちろん夕食後に食べるのは厳禁。
もし食べるのなら、昼三時のおやつの時間にしなさい、だそうだ。
ちょっと厳しくね?
でも、マヨ断ちしているコイツに向かって、そんな文句を言えるはずもなく。
今日もオレはバイトから帰ってきて、シャワーを浴びたら、パソコンの前には座らずに早々に寝ることにした。
ちなみに、オレのウチにはシングルベッドが一つしかない。
客用の布団とか予備の布団なんかも無い。
だからもちろん一緒に寝るよ?
コイツを抱き枕のようにぎゅっと抱きながら。
恋人なんだから、何も問題無いだろう?
色々と不満が無いわけではないけれど、これが今回のダイエットでの一番の幸せのひと時だな。
これがあるなら、仕方ないから、ちょっとぐらいは我慢してやるよ。
ああ、幸せ。ふふん。
「……ねぇ」
「ん? どうした?」
「夏は、流石に暑いんだけど?」
「…………ごめん」
オレはコイツを解放して、ちょっと寂しい思いを噛みしめながら眠りに付いた。
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次の日の朝。
もはや日課となった朝食の前の体重測定。
コイツは体重計の上から嬉しそうな顔で言ってきた。
「やったよ。目標達成した!」
「おお、やったじゃん!」
「危なかった。なんとかぎりぎり間に合った……」
コイツの、そんな小さなつぶやきが聞こえた。
ん? 今日は火曜日だぞ。
約束のプールに行くXデイは明日なんだから、もう一日あるじゃんとは思ったが、そんな細かい事は別にいいだろう。
今は、目標達成したコイツを、頑張ったコイツを褒めてやりたい。
「よかったな」
「うん!」
おぉ、おぉ、すっげぇ嬉しそうな笑顔だこと。
オレももちろん嬉しいよ。
これで明日のプールは中止なんていう悲しい事にはならないで済む。
そしてオレは、コイツの水着姿をちゃんと堪能できるわけだ。
頑張ってダイエットに付き合った甲斐があったというものだ。
「このボクがマヨ断ちまでしたんだからね。当然と言えば当然だよね!」
そこ、胸張ってまでして言うところか?
ま、いいけどね。
「ところで、どれくらい体重落ちたんだ?」
実際の体重を尋ねるのは流石に嫌がられるかもしれないが、これくらいならいいだろう?
そう思ってオレは聞いてみた。
「ふふん。なんと! この一週間で一.五キロもだよ!」
一.五キロ? へぇ…………そうなんだ。
「そうか。そいつはよかったな。頑張ったもんな」
「えへへへ」
そうしてコイツは眩しいくらいの笑顔でサムズアップなんてしてきた。
そうか、そうなんだ。一.五キロか……
オレ? もちろんオレも体重落ちてたよ。
……四キロほど。コイツには内緒な?