第三話 朝食
「はいはい。起きてー。もう朝だよー」
朝七時。
オレはコイツのそんな声に起こされた。
昨日の夜、オレがバイトから帰ってきたら既にコイツはウチに来ていた。
なんと部屋の掃除もしてくれていたみたいで、ちょっと感動しちゃったね。
ただ、部屋干ししていたオレの下着なんかも、きちんとたたんでしまわれていたことには少し恥ずかしかったけど。
まさか、オレの下着に何かイタズラとかしてないだろうな?
ま、コイツがそんなバカみたいなことするとは思ってないけど。
もし逆の立場だったら?
はっはっは!
いやだなぁ。オレがするわけないじゃん、そんなこと。
ありえないよ。ありえない、ありえない。
……ホントだよ?
でも、考えてみたら、今日からしばらくオレの洗濯とコイツの洗濯は一緒になるんだよな。
つまり、二人の下着なんかも一緒に干されるんだよな?
ここに……この部屋に。
い、いかんいかん。
オレは一体何を想像しているんだ、何を!
落ち着くために一度大きく深呼吸してみた。
んー、なんかいい匂いがする。
どうやらもう、朝食はできているみたいだ。
そういえば、コイツはウチに来るときに、いくつかの食器や自分の箸なんかと一緒に食材なんかも少し買って来てくれたらしい。
でも、ウチにあるのは一人暮らし用の冷蔵庫なんでとても多くは入れられない。
その辺はよく分かっているからな。
だから野菜や果物なんかは、今日の分くらいだそうだ。
それ以外では玄米も買ってきたらしい。
なので、今日からしばらく白米は封印して、玄米でいくそうだ。
ベッドの横のガラステーブルの上に、次々と並べられていく料理に目を向けてみる。
おお、これが今朝の献立か。
玄米のご飯、豆腐とワカメの味噌汁、焼き鮭、ほうれん草のおひたし、納豆、そしてリンゴ半分。
なんか、ちょっとすごくないか?
普段、自分一人の場合はシリアルに牛乳だったり、白米を炊いて目玉焼きかボイルしたウインナーだったり、食パンに牛乳だけだったり、そんなごく簡単なものばかりだった。
味噌汁なんて、自分じゃまず作らないよ。
っていうか、作り方が分からん。
小学生の頃、家庭科の実習で作ったことがある気もするんだが、そんな昔の事、もはや忘却の彼方だ。
コンビニには、お湯を注いでかき混ぜればすぐ完成っていうインスタントの味噌汁もあるみたいだが、あまり買ってまで飲もうとは思わないんだよな。
さらには果物まで付いている。
果物だって同様だよな。
男の一人暮らしで、毎朝果物もちゃんと食べるやつがいるか?
中には朝食は果物、例えばバナナだけというヤツもいるかもしれないが、少なくともオレは自分から朝食に果物を用意するなんて、そんな発想すらないね。
ホント、なんてまともな朝食なんだろう。
オレにはコイツの作るその朝食が、黄金色に輝いているように見えたね。
ただ、あえて苦言を言わせてもらえるならば、玄米かな。
いや違うか。玄米自体は別に問題ない。
問題はその量だ。
「……米、ちょっと少なくね?」
「それで百グラムだよ。ちゃんとよく噛んで食べれば十分十分。ちなみボクは八十グラムさ」
……普段オレが食べている米の量の、半分にも満たない気がするんですが?
まあ、それでも完食してみれは、それなりに満腹感は得られた。
腹八分目といった感じか。
ダイエットなんだから、こんなもんなのかもしれない。
……なんでオレもダイエットしているんだっけ?
などという疑問が一瞬頭を過ったが、それは考えないようにした。
それはきっと、考えちゃいけないことなんだ。うん。
むしろ、そのおかげでこんな朝食が食べられるんだから、感謝、感謝だ。
「……マヨネーズの無い食事なんて、ひさしぶりだな」
コイツはリンゴをかじりながら、そんなことをポツリとつぶやいた。
おっと、早くもマヨネーズが恋しくなったのか?
これは確かにマヨネーズのある家で一人ダイエットは厳しいのかもしれない。
オレのウチに来て正解なのかもな。
ここはちゃんと励ましてやるべきだろう。
「まあ、少しの間だ。頑張ろうな。それに、こういう献立なら、マヨネーズの出る幕も無いんじゃないか?」
「え……?」
何故かコイツは目を丸くしてオレを見上げた。
ん? 何かおかしな事言ったか?
特にマヨネーズをかけて食べるようなサラダも無いし……
「玄米に、ほうれん草のおひたしに、納豆、そして焼き鮭。どれもマヨネーズと一緒だと美味しいよ?」
…………焼き鮭にもマヨネーズなんだ。
そうだった。マヨラーはそういうやつだった。
さらに言えば、「かけて」とは言わず、「一緒だと」って言ったな?
つまりは、そういうことなんだな?