第二話 とばっちり
コイツの不意を突く見事な魅力攻撃に内心身悶えしてしまったが、そこからようやく立ち直りかけた時、オレはちょっとした質問を投げかけられた。
「今日もバイトだったよね? 何時に帰って来るんだっけ?」
「んー、今日のバイトは夜の十時までだな。そこから帰って来るのは十時半過ぎると思うが」
「了解。夕飯はどうする? 用意しておこうか?」
――ん? 了解? 夕飯?
「……えっと? 今夜ウチに来るってことか?」
「そうだよ。今夜からXデイまで、お世話になるね」
――はい?
なんか笑顔であっさり言われたんだが?
すまんが、話がよく見えん。どういうこと?
いや、ウチに来ること自体は全然構わないんだ。
今までだって週末とか休日の前日なんかは、どっちかのウチに泊まることはしょっちゅうなんだし。
だから既に合鍵だって渡してあるし、オレもコイツの合鍵を持っている。
Xデイっていうのは、プールに行く来週の水曜日のことだろう?
それはもちろん分かる。
で、今日は月曜日なんだから、えっと、十日くらい?
ずっとオレのウチに泊まるってことか?
別に構わないし、むしろ嬉しいくらいなんだが、でも何でだ?
そんな長い間ずっと泊まりに来るなんて、今まで無かったぞ?
「もちろんその間、炊事洗濯に掃除などなど、家事全般はボクが引き受けるから」
「えっと、オレはもちろん大歓迎なんだが、でも、いきなりどうした?」
「ほら。ボクのウチにはさ、とっても魅力的にボクを誘惑してきちゃう困ったヤツがいるんだよね」
「誘惑?」
オレの疑問に対して、コイツはガラステーブルの上に置いてある、ある物体を指さした。
さっきも焼きそばにたっぷりかけていたヤツだ。
コイツが愛してやまない魅惑の白いヤツだ。
その名は、もちろんマヨネーズ。
もしかしたら、実はオレよりも愛しているんじゃないかと、最近ちょっと本気で疑いたくなるヤツだ。
……もし「イエス」などと言われた日にゃ、立ち直れなくなりそうなんで、確認したことはないが。
「君のウチにはマヨネーズは無いじゃない?」
「まあ確かに。お前が持ち込まなければ、な」
別にマヨネーズが嫌いというわけではないが、オレはサラダには胡麻ドレッシング派だからな。つまりオレには必要が無いので、ウチには置いていない。
コイツはマヨラーで、コイツにはマヨネーズは必須アイテムなんだが、ウチに来るときにはいつもマイマヨネーズとやらを持参して来ていた。
「ということで、ダイエットの最中は、この誘惑から逃れるため、君のウチに厄介になろうかと」
「……なるほど」
納得した。
コイツなりの、覚悟ってやつなんだろう。
しかもそれがオレのためっていうのなら、オレに否があろうはずがない。
さらに家事全般までやってくれるという。
至れり尽くせりってやつ?
もう、いつまででも泊っていってくれと、本気で考えてしまったね、オレは。
だけど、喜んだのもつかの間。
コイツはふいにとんでもない爆弾を投下し始めてくれた。
「ついでに言えば、ダイエットもボク一人でやるよりは、仲間がいてくれたほうが心強いからね」
――ん? どういう意味だ? 仲間?
「大丈夫。さっきも言ったけど、炊事はボクがちゃんとやるから。もう既にダイエットメニューは考えてあるんだよ」
――おい! おいおいおい! ちょっと待て!
コイツの言わんとしていることがようやくオレにも分かってきた。
つまりそれって、まさか、オレも……?
「十日間で確実に、二人の体重を落としてみせるよ! 期待してて!」
それは、期待してて、じゃなくって、覚悟してて、の間違いじゃないか?
ってか、なんでオレまで!
オレは身長百七十八センチ、今朝計った体重は六十七キロ。
標準なハズだ。
ダイエットなんて、全然必要無いハズだ。
そうだろう? そうだよな?
だけど、ここまできてコイツの暴走を止められるはずもなく……
「二人で頑張ろう!」
そう言ってコイツは両手を握りしめて、とびっきりの笑顔でガッツポーズを決めていた。
……やられた。