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第8話 橙の悲劇 The Tragedy of Orange

バーナビー・ロス 「Yの悲劇」より

 短い沈黙の後、お兄ちゃんはついに口を開いた。

「それで終わり?」

「う、うん」

 何を考えている?

「原稿の指紋だったけ?多分私の指紋は残ってないよ。だってあの原稿に直接触ってないから。」

 な!

「それに、私は犯人ではないしね。」

「この期に及んで言い逃れを!?」

「いや、違うよ。言い逃れじゃない。もともと私は犯人じゃない。そして私は犯人を知っている。」

 ニャニオ〜!

「どう言うことだね、成実(せいじ)さん?」

「その前に、なるみの言い残した問題を聞こう。なるみ、私が犯人だとして、3人を殺す動機は何?」

 動機…そういや、言ってなかった。

 そのとき、死ぬ前に母が言ってたことを思い出した。


 ーーーーーー

 母は手に持っていたサンドウィッチを皿に置くと、唐突にこんなことを言い出した。

「もうすぐ慈音(じおん)の命日じゃな。」

 え?

 母の一言にその場にいたまだ子供の照音(しょうおん)以外の誰もが凍りついた。

「お母さん、父さんはまだ…」

 兄の言葉にも耳を貸さず、母は再び誰もが驚く言葉を言い放った。

「お前たちが殺したんじゃろ?紫音(しおん)照美(てるみ)、そして成実(せいじ)よ。」

 私は母が何を言っているのか全くわからず、「何言ってるの?」と尋ねた。

 3人はまだ凍りついている。

 そして、しばらくして、母は

「そうか。」

 と言ったきり何も言わずコーヒーを淹れ始めた。

 その間もことの発端の母と呑気にサンドウィッチを食べている照音以外誰もその場を動こうとはしなかった。

 湯を淹れ終わり、母が席に着いた頃、ようやく義姉(あね)が動いた。

「お義母さん、先ほどのは一体…」

「いやなに、ただの戯言じゃよ。最近多いんでな。悪かったな。」

 母のその一言で、場が解凍され、全員が一気に行動を再開した。

「あぁ、成実、そこの砂糖をとってはくれぬか。」

 ーーーーーー


「母はあのとき、父を殺したのはお兄様、お義姉(ねえ)様そしてお兄ちゃんの3人じゃないのか?と、言ってました。それが本当だとしたら、お兄ちゃんはそのことがバレたと思って母を殺害した動機にならないでしょうか?」

「なら、兄や義姉を殺害した動機は?」

「………そのことを誰にも漏らさないように口封じで?」

 苦し紛れに言った私の推理に、お兄ちゃんはフッと笑って、

「だとしたらおかしくないか?」と言った。

「何が?」

「犯行はあらかじめ毒を用意していて計画性があるのに、動機に関してはほとんど衝動的だ。母がそのことを言ってから毒を用意する時間はないな。」

「で、でも…」

「それに、だ。あのとき、母はいつも使っている手前のものではなく、奥の砂糖を取ってくれ、と私に言ってきた。どうして同じ種類の毒入り砂糖を用意できただろうか?」

「そ、それは…」

「そう、あのとき、予め母に渡した砂糖に毒を入れることができたのは、1人しかいない。」

 私はハッとした。まさか、でもそんなことって!




「今回の3件の犯行は全て、母の仕業だ。」




 お兄ちゃんはそう断言した。

「え、3件とも!?」

「あぁ、母の毒死も、義姉の毒殺も、そして兄の爆死も全て。」

「そんなことってできるの?」

「あぁ。なぜ毒と爆発を使ったのか。それは、体力的な問題だけじゃない。時限爆弾のような殺害が可能だからだ。

 あのとき、母は私たちに尋ねた。父を殺したのは私たちじゃないのかとね。私たちはいきなり言われ、戸惑った。身に覚えのないことをいきなり言われたからだ。その反応を見た母は、図星だな とでも思ったのだろう。母は気狂いでも父にだけは愛していた。だから、私たちを殺害しようと決めた。

 なぜ母は私たちが父を殺害したのだと勘違いしたのか。それはおそらく父の作品の影響ではないかと思う。あの部屋に置いてあった父の作品を読んだのではないかとね。」

「でも、お母さんは…」

「確かに小説嫌いだ。けどね、案外父の作品だからこそ読んだんじゃないかな?遺書にも書いてあったしね。『私のミステリー12作品』ってね。それで母は興味を持って読んだんじゃないかな。しかし、内容を読んでショックを受けた。父は身近な人物の名前を使って登場人物の名前を決める。多分、父の名前に似た登場人物が殺される小説を読んだんじゃないかな。そして、その犯人が3人だった。私と兄、そして義姉の名前が使われた登場人物だ。だから母は勘違いした。私たち3人が父を殺したと。僕が読んだ限り、父の作品にそんなものはなかったから、僕がまだ読んでいない12作目がそうなのかもしれない。

 そして、母は確かめた。

『お前たちが殺したんじゃろ?紫音、照美、そして成実よ。』と言って。そして確信を得、殺害を実行に移したんだ。

 方法は簡単。自分が自殺すればいい。そうすれば、自分が予め仕掛けた罠が作動し、私たち3人が殺害されていく。」


「え、でも…」私は少し思った疑問を挟もうとしたが、

「わかってる。なんで私が生きてるかってことだろ。少し待っててな。」

遮られた。

 いや、そっちじゃない。私が疑問に思ったのはそっちの方じゃない。


「母は、予め3つの仕掛けをしていた。

 1つは義姉の口紅に青酸カリを仕掛けた。多分、あの朝に義姉たちががプロキオンの散歩に行っている間だろう。

 なるみが言った通り、毒を塗っている以上、いずれ義姉は死ぬことになる。

 2つ目はあの部屋にカリウムやナトリウムによる爆破装置だ。扉を開けば、自動的にアルカリ金属が水に浸かり、爆発が生じる。そして、その部屋の鍵を応接間に隠したんだ。義姉が死ねば、自然に兄があそこにいくと見越して。

 3つ目は私を殺すための仕掛け。車に仕掛けられていた。」

「車に?」

「あぁ。運転席のドアに紐を挟み、そのもう一方に金属ナトリウムの塊をつけて紐をリアヴューミラーに掛けておく。そしてその下に水が入ったコップを設置。私がドアを開けば、ナトリウムが落下し、コップの中に入って爆発するって仕掛けだ。だいたい兄の時と同じだね。

 あまり威力は出ないが、かなりの近距離になるので、爆発とそれに伴って発生する苛性ソーダで私は大怪我を負っただろうな。

 なるみが警察署に連れて行かれたあと、私はなるみを向かいに行こうと車に乗るときにこの仕掛けに気付いて、助手席から乗ってこの仕掛けを回収したんだ。で、友人に解析してもらって、白銀色の塊が金属ナトリウムだとわかった分けさ。

 多分、お母さんが死んだら、その通夜で否が応でも行かなければならなかっただろうから、そのときに私は車を使っただろうね。」


「お母さんが、アルカリ金属を水につけたら爆発するって知識を持っていたとは思えないけど…」

 さっき浮かんだ疑問をここで挟んだ。

「多分これも父の作品から得たんじゃないか?」

 あ、そうか。「それで、だいたいわかったけど、証拠は?」

「証拠はテープだよ。」

「テープ?」

「金属ナトリウムを紐に固定するのにテープが使われていたんだ。手袋をしてテープは貼れない。だから、母の指紋が残っているはずだよ。って葭江警部補の部下の1人に頼んでおいたんだけどね。」

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