第7話 ニッポン橙の秘密 The Japanese Orange Mystery
エラリー・クィーン「チャイナ橙の謎」及び「ニッポン樫鳥の謎」より
私は、葭江警部補と話している私のお兄ちゃん、橙木 成実を指差した。
「お母さんとお義姉様、そしてお兄様を殺したのは、あなただよね?お兄ちゃん。」
「………」
「せ、成実さんが!?」
葭江警部補が驚いた顔をした。
「ええ、そうです。」
「その根拠は?」
お兄ちゃんは妙に高飛車な態度で構えていた。
私はその態度に少しイラッとしたけど、「それはーー」と気にしない体を装って続けた。
「ーーこの家で起こった3件の悲劇、それらを1度整理すればわかります。」
なんとなく、ドラマとか小説とかで出てくる探偵になったみたいな気分だ。
推理小説や刑事モノのドラマなんてほとんど見ないけど。
「まずは母、橙木 成子が殺された件。まず、これが殺人だと断定されたのはなぜか?それはコーヒーに直接、ではなくコーヒーに入れた砂糖に混入されていたから。
つまり、自殺ならばわざわざ砂糖に混ぜてから入れる必要などないから、でしたよね?」
私は葭江警部補に確認した。
「えぇ。」
「そして、何パックもあった砂糖の袋の内、毒が入っていたのは母が飲んだあの1袋だけ。」
「えぇ、そう聞いてます。」
「なぜ、1つだけだったのでしょう?それは、砂糖の特定の1袋に毒を仕込んだのではなく、母が特定した1袋を毒入りとすり替えたからです。」
「すり替えた?」
「えぇ、そうです。」
そして、私はお兄ちゃんと向かい合った。
「あの時、砂糖の袋を手に取ったのはお兄ちゃんでしたよね?」
お兄ちゃん、橙木 成実は何も言わずにただ感情を押し殺した顔でこちらを見ているばかりだ。私は続けた。
「お母さんに言われて、砂糖を取った。その時に隠し持っていた毒入り砂糖袋にすり替え、渡した。 どう?」
私はお兄ちゃんに話を振ってみた。推理小説好きのお兄ちゃんなら、必ず。そう思っていたが、反応は
「……続けて。」
と言われただけだった。
兄が何を考えているのか私は警戒し、その一方で、あまり纏まっていない頭で必死に考えながら、推理を話した。
「次に義姉を毒殺した事件。今回も母の時と同様、いくつもある中でたった1つだけ毒が入っているパターン。
だから、葭江警部補はいつも使っている口紅を知っている人物って断定していたけど、そうじゃない。義姉はいつもランダムに使う口紅を変えていたんだ。だから、犯人は義姉を狙ったタイミングで殺害することはできない。
でも、これはいつでもよかったんじゃないかな?
確かに、葭江警部補が言った通り、狙った日に殺害するのは難しいけど、いつでも構わないなら、話は別。仕掛けた次の日は確率が10%でも、2日後には19%まで上がって、7日後には50%を超え、22日後には90%を超えて、ほとんど毒殺は確実になる。要するに、いつでもよかったってこと。
それなら、葭江警部補が言ってたいつも使って口紅を知っていそうな人物だけじゃなく、義姉がランダムに使っていることを知っていた人物ってことにならないかな?
となると、私や兄だけでなく、お兄ちゃんにも殺害は可能。だって、いつも唇に塗ってある口紅の色から使われた口紅を見つけ出すのは、いつも使っている女性じゃない限り困難だけど、いつも口紅を塗られた唇を見てランダムに口紅が塗られているのを知るのは、観察眼と記憶力さえあれば誰でも可能。
義姉のことが好きで、いつも義姉を見つめていて、推理小説を読み漁って観察眼や洞察力を磨いている、物覚えのいいお兄ちゃんなら、ちゃんと条件にあっているよね?」
「いやいやいやいや、私は義姉のことなんて…」
「はぐらかしてもダメだからね。お兄ちゃんの顔観てりゃ、一目瞭然だよ。」
私はつい勢いに乗ってお兄ちゃんを指差した。
その様子を見て、葭江警部補がプハッって吹いて笑った。何が面白いのか。
「で、さっき起こった爆発。
これまでの2件で毒を続けていた犯人がどうして爆発に変えたのか?
ってその前に、どうして私がこの3件を同一犯だと断定しているのか話さないとね。
前の2件の時、警察も調べていたけど、毒の出所が問題だった。
そこへ昨日の爆発。これによってわかったのが青酸カリが父の研究室から持ち出された可能性が高いことがわかった。つまり、犯人はあそこの鍵を持っていたことになる。
また、この爆発もあの部屋で起こった以上、仕掛けた犯人はあの鍵を持っていることになる。
あの部屋の鍵を持っていなければ、犯行は不可能。その共通点を踏まえれば、これらが同一犯だとわかります。
ついでに、鍵の隠し場所を知っていた人物はこの家の中では母だけですが、他の人物が偶然見つけてしまう可能性もあり、この家の人物なら誰でも可能性はあります。
先ほどの『犯人がどうして爆発に変えたのか?』と言う問題を話しましょう。
爆発によって何が起こったのか、それは兄の死もそうですが、それよりも部屋の燃焼が問題です。つまり、あの部屋の中にあったものを消し去ってしまいたかった。私はそう思いました。
あの部屋の中にあったものと言えば、シアン化カリウムを始め様々な薬品、父の遺書、そして父の作品です。
これはお兄ちゃんの話で初めて知ったのですが、父は11作の作品をこの世に遺しているそうらしい。だけど、燃え残った遺書によれば、父は12作作品を書いているらしい。もし、犯人が父の作品を知っているならば、この遺書を読んだ時に12作目を読みたくなったはず。その内容は多分、今回の3件と同じような話なんじゃないかな。
つまり、犯人はもともとなんらかの理由で3人を殺害したかった。その時に父の12作目を読んでしまった。そして、それを決行しようと考えたんだ。となれば、犯人は必然的に父の作品を知っていた人物。でしょ、お兄ちゃん?」
なんか途中、敬語と会話表現がかなり混じった気がする。
「証拠は?」
感情を押し殺した声でお兄ちゃんは言った。
「多分、その原稿にお兄ちゃんの指紋が残っているんじゃないかな?まさか手袋をしたまま読むとは少し考えにくいし。」
しかし、お兄ちゃんは平然としていた。まるでまだ余裕があるかのように。