第5話 橙色の部屋の秘密 Le Mystère De La Chambre Orange
ガストン・ルルゥ 「黄色い部屋の秘密」より
私はパトカーの中で考えた。
口紅から私の指紋が出たというのはどういうことだろう?
まさか、義姉の遺体を発見したときに触ってしまったのだろうか?
いや、違う。なら、いつ?もっと前?
前…前…前…口紅…口紅…口紅…
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「えぇ。見せてもらったことがありますし、」
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そうだ、葭江警部補に言ったんだ。
私は、前に義姉の口紅を見せてもらった。そのときについたんだ。
そういうことだったんだ。
じゃぁ、葭江警部補が言っていたたくさんの口紅があった中で、1本だけ毒が盛られていたのは?
葭江刑事は犯人が義姉の使う口紅を知っていたと言ったけど、それは違う。
義姉は、いつも違う口紅をつけていたのだ。
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「いいでしょ〜、私の宝物なの。どれも綺麗な色だから、どれか1つを使うのがもったいなくて、いつもその日に使う口紅をその日に決めてるの。」
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「(ってことは、知っていても知らなくても狙ったタイミングで殺害することができないってこと?
あぁ、ダメだ…私には何もわからない!
こんなとき、ドラマとかなら、優秀な刑事さんとかが事件の謎を解いてくれるのになぁ。
とりあえず、私は今の状況を打破しないと…)」
私は、取調室でパトカーの中で思い出したことを話した。
口紅の指紋は、どうやら義姉の最近のものよりも前に付いていたらしく、遺体発見時に付着したものではないため、怪しまれたようだ。
「なるほど、わかりました。ところで、なぜあの場で報告せず、わざわざ警察署まで起こしになってまで任意の事情聴取に応じたのですか?」
「それは、あの場で言ったとしても、あなたが自分の推理に酔ってしまっていたあの状況では、絶対に聞き流されてしまうと思ったからです。」
「あ〜、それは申し訳ありませんでした。もう、お帰りになっていただいて結構です。」
そうして、私の人生初の取り締まりは、終わりを迎えた。
しかし、橙木家に訪れた悲劇は、まだ終わらなかった。
私が警察署にて事情聴取を受けている頃、兄の紫音は突然嫁を失った悲しみに暮れていた。
彼がいるのは1階の応接間。彼は幼い頃から、母の成子や父の慈音に怒られたときや学校でいじめられたときなどによくこの応接間に閉じ籠っては拗ねたり泣いたりしていたのだ。
ここは父の仕事での商談などに用いるため防音設備が整っており、また扉には鍵が付いていた。まさに1人でいるのに最適な環境だった。
彼は閉ざされた空間で泣き続けた。もう、涙が出なくなっていたとしても、それによって目が赤くなってしまっていても、泣き続けた。
そのうちに、ふと、彼は置かれていた棚の中からプラモデルの箱を取り出した。
彼がこの部屋に閉じこもったとき、毎回プラモデルを1つ作りあげたら、気が紛れ、悲しみや悔しさなどがまるで無かったかのように忘れることができたのだ。そして、1つ創り上げることによって、彼はこの空間からついに逃れるのだった。
彼は取り出し箱を開いた。すると、中にはプラモデルと一緒に1枚の手紙のようなものが入っていた。
そこにはーー
〈ドガー〜ン!!!〉
パトカーで家路についていたとき、突然前方から大きな轟音が響いた。
「(え?)」
私は突然起こった爆発音に驚きを隠せなかった。
「なんだ?」
運転中の葭絵警部補も戸惑いを隠せないようだ。
「(今の音、私の家の方から聞こえたような……)」
私は、嫌な予感がした。度重なる悲劇の一端ではないのか…そんな予感が。
そして、その予感は最悪なことに、 当たってしまっていた。
その爆発は私の家で起こっていたのだ。
爆発はなんと、父の研究室からだった。
爆発の原因はナトリウムやカリウムを水と接触したことによるものだそうだ。
現場に水酸化カリウムや水酸化ナトリウムが検出されたらしい。
そしてその爆発に、私の兄、橙木 紫音が巻き込まれた。
現場にいた警察官がすぐに救急車を呼ぶも間に合わず、病院に搬送される間に息を引き取ったのだそうだ。
その兄が最期まで握りしめていたものがあった。
それは、1枚の手紙だった。
「どうやら、照美さんからの手紙のようですな。」
「義姉さんの?」
「ええ。紫音さん宛てに『義父の部屋に来てください』と書かれてます。」
「どうして義姉がそんな手紙を?それにいつ家に届いたのですか?」
「いえ、おそらく応接間にあったプラモデルの箱の中に入っていたのでしょう。」
「応接間の、プラモデル?」
私は初めはなぜ兄が応接間にいたのかわからなかったが、すぐに思い当たることがあった。それは先程も書いた通り、何か落ち込むようなことがあればすぐにそこに行くことがあったことだ。
「何か心当たりでも?」
私は兄のその過去の行動を警察に話した。
しばらくして、赤い車が家の前に停まり、運転手が降りて来た。
「あぁ、成実さん。」
葭江警部補のその声に気付き、私はその方向を見た。
「葭江さん、話はそこのあなたの部下に聞きました。父の部屋が爆発して兄が巻き込まれて亡くなったって。」
「はい、残念なことにそうなんです。」
「爆発の原因は事故ですか?」
「いえ、ナトリウムやカリウムの保管していた容器が部屋のドアを開けると倒れ落ち、部屋の中央に置いていた水槽に落下し、爆発する仕掛けになっていまして、どう見たって人為的なものです。」
「ってことは、殺人の可能性が高いと?ところで父の部屋からは何か?」
「まずはシアン化カリウムの容器があって、中から約2g失くなっていました。今詳しい鑑定をお願いしていますが、おそらく前2件の毒殺に使われたものと思われます。」
「他には?」
「そうそう、それで成実さんに尋ねたいことがあって、焼け残った書類なんですが、これらがなんなのかわかります?」
私も見ると、どうやら100枚ほどあるようだ。他の証拠品同様、ビニール袋の中に入っている。
「見た所、原稿用紙ですね。びっしりと文字が埋まっています。父の作品の1つかも知れませんね。」
「作品?」
「ええ、父は生前確か11冊推理小説を書いているんです。短編も長編も。」
「あ、なるほど。となると、これはお父様の遺作となるのでしょうか?」
「さぁ?一部焼けてしまって読めないところがありますしね…どうなるんでしょうね」
「あと、もう1つ。この紙なんですが… 見た所お父様の遺書のようにお見受けしますが…」
「え!?」
これはほとんど燃えてしまって、読めるのは真ん中あたりだけだった。
『私のミステリー12作品全ての著作権を橙木 成実に譲渡する。』
「あ!」
私はつい声をあげてしまった。
「どうされました?」葭江警部補が訝しんでこちらを見る。
気付いてしまったものは仕方がない。言ってやろう。
「私、犯人がわかりました!」




