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第4話 オレンジ家殺人事件 The Orange Murder Case

ヴァン・ダイン 「グリーン家殺人事件」より

 あれから1夜が過ぎ、朝がきた。

 昨日のうちに色々なことが判明した。

 まずは母を襲った毒物。やはり青酸系の化合物であるシアン化カリウムだった。シアン化カリウムは母が直前まで飲んでいたコーヒーに含まれていたのだけど、コーヒーを入れたときに一緒にその毒物を混入したのではなく、砂糖に混じっていたのだ。

 しかし、青酸カリが含まれていたのは母が入れた砂糖の袋のみで、残りのものには少しもシアン化カリウムは混入されていなかった。

 このことで、警察は殺人だと決め、捜査を開始した。何故なら葭江(あしえ)警部補によると、

「自殺するためにわざわざ毒を砂糖に入れてから、それをコーヒーの中に入れるなんて面倒くさいことをする必要はないでしょ。」

 とのこと。

 正直、認めたくはないが私もその意見に賛成だった。しかし、その理由は警部補とは違い、ただ母が自殺するわけがないという理由だ。

 でも、もし母が他殺されたのだとしたら、必然的にその犯人はこの家の人間になってしまう。

 それが私にとって避けたかったことだった。

 それだけに、葭江警部補が私たちに「殺人だとして捜査します。」と宣言したときは辛かった。この中に母を殺した人がいるなんて、信じたくもなかった。

 そして、どうやら私の職場を調べたようだけど、残念ながら青酸カリは見当たらず、もともとなかったのか、それとも誰かが持ち去ってしまったのか、あの杜撰な管理状態では判断がつかないそうだ。

 また、ネットで購入した可能性を踏まえ、年のため全員のパソコンなどを調べたが、これにも手掛かりはなかった。履歴を消去した可能性や、ネットカフェを利用した可能性もあるため、やはりこれといった手掛かりにもならない。全員のパソコンを押収して徹底的に調べようとはしたのだが、お兄ちゃんが拒否した上に、葭江警部補がさすがにそれはやり過ぎだと指摘したため、それは阻止された。

 ということで、どうやら青酸カリの入手経路からの特定は現在困難を極めているようだった。

 私はいつも通り階下に降りた。すると、仔犬のプロキオンの激しい鳴き声が聞こえてきた。

「(え?まだ散歩に連れて行ってもらってないの?)」

 いつもなら、私が行くと言い出さない限り、義姉(あね)が行ってしまってるのに……

 あ、そうか、警察に止められているのか、と思い直した。

 しかし、しばらく鳴き続けるプロキオンを見て、さすがに可哀想と思って、近くにいた刑事に

「あの、犬の散歩に行ってもいいですか?可哀想なので……」

 とダメ元で尋ねた。すると驚いたことに

「全然大丈夫ですよ。むしろ黙らせて欲しいとさっきから思ってました。」

 なんとまぁ薄情な刑事さんだこと。

「(そうじゃなくって、じゃぁ誰もプロキオンの散歩に行っていないってこと?)」

 さすがにおかしいと思って、その警察官に義姉のことを尋ねた。

 すると、

「いや、お義姉(ねえ)さんだけじゃなく、あなたが降りて来るまで誰も1階に来てないですよ。」

 と言った。

 私は、ギャンギャン鳴き叫ぶプロキオンを無視し、2階に上がった。そして、義姉たちの部屋に直行し、ノックした。

「義姉様、起きてますか?入りますよ!」

 私は誰の返事が帰って来ない間にドアを開けた。

 2階の部屋は研究室以外は鍵がないので簡単に開く。

「(あ!?)」

「どうしたんだ?なるみ。なんかあったのか?」

 ベッドに眠っていた兄が寝ぼけながらそう言い、照音(しょうおん)も起き上がって来た。

 しかし、私も兄も目の前の光景に口を閉ざした。

 義姉が、化粧台の前で倒れていたのだ。そして、いくつかの口紅がその周りに散らばっていた。

「お母さん、どうしたの?」

 その声に私はハッと気を取り戻し、母の時と同様脈を調べた。

「そんな……」

 義姉の身体はすっかり冷たくなっていたのだ。

 嗅ぐと、口からはアーモンド臭がした。


 新たな死者の出現に、警察も非常に驚いた。

 ダイニングやキッチンの捜査をしていたとはいえ、一応家の中に警官がいた状態で起きたのだ。殺人ならば、警察としての威信に関わる。しかし、どう見たって事故や自殺の可能性は低い。

 その後の警察の捜査によって、口紅の1つに毒が盛られていたのだ。

 口紅にわざわざ毒を盛ってそれを唇に塗って自殺するなんて、そんな煩わしいことをするはずがないためである。母の時と同じ理屈だ。

「ところで、照美(てるみ)さんはこの口紅はどこで手に入れたのでしょう?」

 葭江警部補は私たちをリヴィングに集めて尋ねた。

「あ、それ義姉が誕生日に義姉の友人にもらったって言ってました。」

 私は答えた。

「ほう、それはいつの?」

「さぁ… 随分前だそうですけど。」

「なるほど。しかし、これは見たところ、口紅についての知識があまりない私にもわかるくらい、高級品じゃありませんか?」

「えぇ、なんでも義姉がそれを頂いたという友人が、そのブランドの社長令嬢らしくって。」

「あぁ、なるほどなるほど。ところで、この種類の口紅、義姉さんは数本持っていたのをご存知ですか?」

 どうやら、質問の対象を私に絞ったようだ。

「えぇ。見せてもらったことがありますし、第一、義姉の周りで散らばっているのをこの目で見てますから。」

「実はですね、このいくつもある口紅のうち、毒が盛られていたのは何本だと思います?」

「え、どういうことですか?」

「たったの1本だけだったんですよ。」

 こいつ、他人の話を聞いていない!

「それがどうしたんですか?」

 私は半分怒りを込めて尋ねた。

「おかしいと思いませんか?口紅が何本もあるのに、毒が塗られていたのはたった1本だけなんて。」

 た、確かに…

「つまりですね、犯人は知っていたんですよ。被害者の照美さんが毎日どの口紅を使うかを。」

 え?でも、義姉は確か…

「そのことを知っていたのは、正直紫音さんだけだと思っていたんですよ。でもね、今の話でわかりました。なるみさん、あなたも被害者が使う口紅を知っている。」

「ちょ、ちょっと待ってください。」

 私は抗議するが、

「それだけじゃないんです。」

 と、遮られてしまった。どうやら葭江刑事は自分が話をし出すと、周りが見えなくなるタイプのようだ。

「そのたった1本から照美さんの指紋以外にあなたの指紋も見つかったんですよ。」

 葭江警部補は私を指差して言い放った。

「そんな…」冗談じゃない!

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