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第2話 橙木殺し The Murder Of Orange

アガサ・クリスティー 「アクロイド殺し」より

 読んでいた小説がまた1章終わったとき、私は階下へ降りて行った。

 ダイニングルームでは、母の成子(なるこ)が朝食のサンドウィッチを食卓に並べているところだった。

「あ、なるみ。起きたんか。」

「あれ?お母さん、お兄様たちは?」

 いつもなら、みんな食卓に揃っていて、母の手伝いをしているはずだ。

「あいつらなら、多分犬の散歩でも行ったんじゃないかね?」

「え〜、また〜。」

 私は不満を口に出した。今度は私が行こうかと思っていたのに。

 どうしよっかな。また部屋に戻って続きを読もうかな。

 そう私が考えた時、母が言った。

「そこに突っ立っとんなら朝御飯の準備、手伝わんか。」

 ちっ、と心の中で舌打ちをしながら、口では

「はーい」と、従う。

その時、玄関でバタバタと大きな物音がした。見ると、ちょうど義姉(あね)照美(てるみ)や、その一人息子の照音(しょうおん)が帰ってきたところだった。

「あ、なるみちゃん、起きてたんだ。」

「あぁ、お義姉(ねえ)さんおかえりなさい。ところで、お兄ちゃんは?」

「ん?あぁ。さぁ?自分の部屋にでもいるんじゃない?」

 そう言う義姉の唇には、綺麗な色の口紅が塗られていた。この口紅は義姉の友人の父親が経営しているブランド会社の商品で、義姉の誕生日にプレゼントされた口紅の1つらしい。

 そのとき、

「あ、お兄ちゃん。おはよう。」

 私のお兄ちゃんが降りてきた。

「おはよう、なるみ。朝飯は?」

「まだ。今お母さんが準備してる。」

 すると、母が

「お前たち、そんなところで仲良く喋ってないで、さっさと手伝ったらどうなんだね!」

「はーい。」

 私たちはすぐに支度に取り掛かった。


「やっぱりお義母(かあ)さんの手作りは美味しいですね。」

 義姉は母の作ったヴェヂタブル・サンドを食べるとそう言った。

「んにゃ、こんな程度で美味しいとか言っておったら、いかんぞ。」

「またまた、そんなご謙遜を〜。今度、私に料理を教えてくださるのですよね?」

「んにゃ。お前には一生教えぬわ。」

「え、えぇぇ!どうしてですか!? 前は教えてくれるっておっしゃってたのに!?」

「お前にゃ必要ない。」

「そ、そんな〜。」

 嘆く義姉を横目に見ながら、私は疑問に思っていた。

「(どうして急に料理を教えないって言い出したんだろう?前は自分が動けなくなったときのためだって言って教えておくとか言ってたのに。)」

 母は手に持っていたサンドウィッチを皿に置くと、唐突にこんなことを言い出した。

「もうすぐ慈音(じおん)の命日じゃな。」

 え?

 母の一言にまだ子供の照音以外のその場にいた誰もが凍りついた。

「お母さん、父さんはまだ…」

 兄の言葉にも耳を貸さず、母は再び誰もが驚く言葉を言い放った。

「お前たちが殺したんじゃろ?紫音(しおん)、照美、そして成実よ。」

 私は母が何を言っているのか全くわからず、「何言ってるの?」と尋ねた。

 3人はまだ凍りついている。

 そして、しばらくして、母は

「そうか。」

 と言ったきり何も言わずコーヒーを淹れ始めた。この家では、コーヒーを飲むのは母だけだ。

 その間もことの発端の母と呑気にサンドウィッチを食べている照音以外誰もその場を動こうとはしなかった。

 湯を淹れ終わり、母が席に着いた頃、ようやく義姉が動いた。

「お義母さん、先ほどのは一体…」

「いやなに、ただの戯言じゃよ。最近多いんでな。悪かったな。」

 母のその一言で、場が解凍され、全員が一気に行動を再開した。

「あぁ、成実、そこの砂糖をとってはくれぬか。」

「え、どれ?」

「その奥のじゃ。」

「この緑の?」

「そうじゃ。」

「はい。」

「ん、あんがとな。」

 そして私はハム・サンドを口に入れた。まださっきの母の言葉が気になっていたのだ。

「お疲れなんですよ。きっと。ゆっくり休まれてはどうでしょう?」

 義姉が尋ねた。

「そうじゃな。」

 それが母の最後の一言だった。


 ぐあぁぁぁぁあああぁあぁぁあぁぁぁ!!!!!


 そうして、母は倒れた。

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