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第1話 橙搬べ What The Orange Said

バロネス・オークシィ 「紅はこべ」より

 私はつい声をあげてしまった。

「どうされました?」葭江(あしえ)警部補が訝しんでこちらを見る。

 気付いてしまったものは仕方がない。言ってやろう。

「私、犯人がわかりました!」


 私、橙木 成実は読んでいた本を1度閉じ考えた。



『橙の悲劇』ーージョン・オレンジ 作


 ジョン・オレンジ。これは、推理作家であった私の父、橙木(とうぼく) 慈音(じおん)のニックネイムだ。小説家として執筆した小説は『黄昏館の殺人』や『黄金シンフォニー』など、そう多くないのだが、そのほとんどが賞を貰っている名作ばかりなのだ。

 ただし、父の本業は作家とは別にあり、パネイジ国内にある大手薬品会社「トーボク・ケミカル・カンパニー」の社長なのだ。年収は一般人が一生かけても手に入らない額となっていた。今でこそ停滞しているものの、数年前までは成長が止まらない会社として有名だった。

 そんな会社を持つ父がどうして推理小説を書いたのか…

 それは今でもわからない。

 もしかしたら、幼い頃からどうしようもない殺人欲があり、それを解消するために書いていたのかもしれない。(前にそんな感じの推理小説を読んだ気がする。)


 あれから1年経つという今では、もうわかるはずがない。

 今からちょうど1年前、父が社長の座を私の兄の手に渡し、本格的に引退を考え始めた頃、突如失踪したのだ。動機はなんとなくわかったのだが、その行き先は全く以って不明だった。

 失踪前に発表され、結果的に父の最後の作品となったこの『橙の悲劇』。舞台はそう、私たち一家が住むこの家、しかも時間がちょうど今頃ーー父が失踪してからちょうど1年が経つという日ーーなのだ。

 今まで、父が作った作品のほとんどは登場人物が家族の名前をアナグラムしたり(もじ)ったりしているものばかりだったが、今回は違う。家族の名前をそのまま使っているのだ。あのどこかキチガイめいた母に見せれば、なんと言われるか…

 まぁ、母なら小説を目の前に持っていくだけで、すぐに全ペイジを破いてしまいそうだが。


 ある意味、それも計算にいれているのかもしれない。小説ならまだしも、推理小説となれば、この家の者ではもう私しか読まない。

 この家は近所との関わり合いが全くと言っていい程無いので、私が家の者に伝えない限り、出版社を訴えることはない、ということだろう。

 この小説でも、現実でも、失踪してしまい行方不明である父、今はどこにいるのだろうか?



 その時、ベッドのところにあった目覚まし時計の鳴き声が部屋に響いた。

 あまりにも唐突な出来事だったのでビクッとしてしまいながらも、すぐさま泣き止ませる。

 もうこんな時間か…と思いながら、部屋のカーテンを開いた。

 眩しい光が差し込んでくる。

 冬の朝とは思えないほど暖かい陽気な光だ。

 そんな光を受けて、庭の大きな橙の木の実が輝いている。

 橙。正月の時の鏡餅の上に乗せる(いや、乗っている、のか?)ことが多いのだが、これは()代々(・・)を掛けて「代々子孫が繁栄しますように……」という願いが込められているらしい。

 ミカンとは違い、酸味や苦味が強いため、食用には適さない。

 正月にお供えとして使われ、華やかな感じがするのにもかかわらず、中身は食べるのには適さないことから、見掛け倒しの武将のことを橙武者というらしい。


 この頃、ボーッと考え事をすることが多い日々を過ごしているのだが、これにはちゃんとした理由があったりする。

 はぁ、どうしたものか…

 その時、下から賑やかな声が聞こえてきた。橙の木の下で中の良い夫婦とその子供が仔犬を連れて帰ってきたのだ。

 彼らは私の兄の紫音(しおん)とその妻、照美(てるみ)、そして8歳になる彼らの息子の照音(しょうおん)だ。

 仔犬の名前はプロキオン。犬種はもう忘れてしまったが、父がいなくなる少し前に母が買ったお気に入りの犬だ。

 私はカーテンを閉めた。今は彼らを見る気分じゃない。

 ベッドに寝転がり、もう少し考え事を発展させた。

 そして、しばらくそうしてから再び開いた。

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