ごめんなさい。私には翔がいるから。
中学生にとっての「好き」って言う言葉。
思っているより重たいと思ってしまうのは私だけですか?
日付変わって月曜日。
昨日は楽しかったなぁ。実はあれから面白いことがあった。テレビ塔の展望台から降りたところで杉田たちとバッタリ鉢合わせてしまったのだ。まさかの展開に思わずみんなで笑ってしまった。挙句、杉田に『どこ行ってたんだよ。』とか言われた。なんかせっかく二人にしたのに再合流してしまうなんて。栗林さんの告白のタイミングを奪ってしまったような気がしてそれが申し訳なかった。
それで、今は放課後。杉田は栗林さんに呼び出されてどっかに消えた。俺はどういう展開になるのかわかってるから、湧き上がる笑みを抑えるのに必死だった。
「なんでニヤニヤしてるの?」
玉置さんに声をかけられるまでニヤついているという認識すらなかった俺だ。相当不気味だっただろうなぁ。
「え、俺ってニヤけてた?」
「うん、なかなか気持ち悪い感じになってたよ。」
そう言う彼女の顔には笑みが浮かんでいて本気で言っているのではないということが伝わってくる。けど、気持ち悪いと言われるとすっごく凹みますわぁ。
「それはどうもすみませんでしたね。俺は気持ち悪い奴ですよ。どうせ。」
「まぁまぁ、それは置いといて。」
「置いとくの?」
「うん、だって気持ち悪いし。」
もしかして、本気じゃないよなぁ?
「う、今日の玉置さん、なんか厳しいな。」
「はいはい。もういいから。それよりもさ。」
そう言って俺の前の席に横向きに座って顔だけをこちらに向ける。それにしたってもういいって・・・そちらからフッてきたネタなのにな。
「きっと実花ちゃんが告白してるよ。」
両手でメガホンのような形を作りさらに小声で行った。
「あぁ、そうだろうね。だから、俺はそれを想像してしまってニヤけてたんだよ。」
「あ、そういうことね。」
「そうだよ。他のことでニヤけてたら本当に変な奴じゃん。」
まったく。玉置さんは俺が何を考えてると思ってたんだか。
「そうだねぇ。ま、私は部活あるからもういくね。きっとうまくいってるだろうし。」
「そだね。そう思うよ。部活、頑張ってね。」
「うん。じゃ、また、明日ね。」
そういって颯爽と教室から消えていった。やっぱり、昨日の私服姿も可愛かったけど、普段見慣れている制服姿も可愛いよな。たしか玉置さんって合唱部だったよな。音楽の授業の時に伴奏することもあるけど、歌声も綺麗なんだよなぁ。
それにしてもヒマだ。一人教室に残された感じが堪らなくなってくる。杉田たちはどんな感じになってるんだろう?俺が思うにあの二人は付き合うことになるんだろうな。大体さ。あの感じで付き合わないとかなったら逆に不思議だよ。玉置さんが教室を出て行ってから10分位経ったのだろうか。杉田と栗林さんが二人仲良く教室に戻ってきた。なんだか明らかに良い雰囲気をかもし出してるんですが、そうですかそうですか。
「おう、竹中。まだいたの?」
杉田が何事もなかったかのように右手を上げながら声をかけてくる。
「『まだいたの?』とは失礼な。でも、もう帰るところだよ。」
もう少し言い方ってもんがあるんじゃないのかよ。
「あ~、竹中くん。昨日はありがとね。」
「いやいや、俺も楽しかったよ。ってそうじゃなくてさ。なんでそんなにくっついてるんだよ。」
そう。栗林さんは杉田の右腕に絡みつくようにくっついている。
「え~、だってぇ~。」
「だってじゃない。俺はなんでかわかってるから別にいいけど。いや良くないな。お前ら。あんまりイチャイチャすんな。」
「おぉう。すまん。さっきからこの感じなんだよ。ほら、だからさ、もうちょっと離れろって。」
そう言って栗林さんをベリッと腕から引き離す。
「あぁ、もういいっす。お前らが幸せそうで俺も嬉しいよ。」
「えへへ。ありがとね。」
そう言ってまたくっつこうとしている栗林さんの頭を押さえる杉田。もう勝手にやってくれ。
「いや、それよりそっちはどうだったのよ?」
「は?そっちって何?」
何のことを言ってるんだ?なんかあったっけ?
「いやいや、あれから二人は何にもないの?」
栗林さんも矢継ぎ早に聞いてくる。
「何もって。何もないけど。」
「うそ?」
「だよなぁ。」
なんなんだこの二人は。聞いてくることもわけわからないし、見せつけられているみたいだ。なんだか、ちょっとだけイラッとするぞ。
「おかしいなぁ。環菜ちゃんね。今朝話した時にすっごくご機嫌だったんだよ。」
玉置さんの朝の機嫌と俺との間に何の関係があるっていうんだよ。
「お前、もしかして告白したのか?昨日。」
なんてこと聞きやがりますかっ。
「何を言ってるんだよ。そんなことは全然ないぞ。」
あるわけない。そもそも昨日は杉田たち二人を仲良くさせよう企画だったんだから。
「そうなの?あたしもてっきり二人そういう仲になったのかと思って喜んでたのに。」
どうして栗林さんもそういう発想になってくるんだろう。
「俺らはそういうのないよ。」
当然だろ、という表情で栗林さんに返事をする。
「え、ウソでしょ?だって、昨日のあれって。」
「ちょいちょいっ。その話はちょっと外でしようか。」
そういう話ってここでするの?勘弁してくれよ。
「え~。別にここでいいよねぇ。」
「いや、良くないだろう。ちょっと外出ようぜ?」
杉田が空気を読める奴でよかったよ、本当に。
外と言っても学校の屋上。俺、杉田と栗林さんの三人しかいない。いつもならもう他にも何人かいるんだけど、まったく人がいないのは珍しい。やっぱり、まだ寒いってことなんだろうか。
「ここならいいよね?竹中くん。」
良いよねって。場所はどこでもいいけど、さっきのことはもう答えたじゃないか。
「あぁ、いいけど。俺と玉置さんは付き合ったりはしてないぞ?」
「やっぱりか。」
杉田が言い方にはどことなくトゲがあるような気がする。
「やっぱりって、どういうことだよ。」
「えっとね。実は昨日のデートは、私のためだけではなかったのです。」
ふふ~ん、どうだ。といった感じで両方の腰に手の甲を当てて胸を張っている。
「はぁ。」
全然状況がつかめない。つまりどういうことなんだよ。
「実はさ、俺も知ってたのよ。昨日は玉置さんが来るってこと。」
「あぁ、それは玉置さんから聞いたよ。知らなかったのは俺だけだってことだよな。」
どうして俺だけが教えてもらえなかったんだろう。玉置さんからも何も聞いてなかったし。
「怒るなって。別に悪気があったわけじゃないんだからさ。」
「別に怒っちゃいないさ。ただ、なんで秘密だったのかと思っただけだよ。教えてくれてもよかったじゃない。」
そう。怒ってはいないけど。なんだか少し寂しい気がしたんだ。
「いやぁ~、それは深いわけがありまして。」
栗林さんが言うと全然深く聞こえないのは気のせいだろうか。
「実はさ。俺も彼女に言われてさ。」
「もう、彼女なんてぇ。恥ずかしいじゃないっ。」
そういうか言わないかのうちに栗林さんは杉田の背中をバシィとたたいた。思いのほかにイイ音がしたぞ?おい。
「いってぇ。なんだよ。思いっきり叩くなよ。まぁ、この浮かれポンチは置いといて。」
「浮かれポンチとは何よっ。」
頬をプゥっと膨らませて遺憾の意を表明する栗林さん。きっと杉田はこういうところが可愛いと思ったんだろうな。
「ちょい、いい加減にしろって。話が進まないだろう?」
杉田はそう言いながらまんざらでもないっていう顔をしているのが気に入らないけど、仕方ないよなぁ。
「う・・・ごめん。」
ちょっと下を向いて謝る栗林さんは素直だった。この二人ってやっぱりいい取り合わせなのかもしれない。
「あはは。お前たち、いい感じだなっ。」
「いやだ。お似合いの夫婦ですって。あなた。」
何がどうなるとそう聞こえるんだよ。そんなことは一言も言ってないぞ。女子の脳内変換はすごいな。
「おい、いい加減にしろよ。本当に。竹中も。」
「あぁ、ごめん。」
「むぅ、ごめんなさい。」
「はぁ・・・でな?昨日はきちんとした関係になってない竹中と玉置さんをくっつけちゃおうっていう目論見もあったんだよ。」
「へぇ。そうなのか。」
そうかそうか。俺と玉置さんをねぇ・・・ん?
「そうなのでありますよ。竹中くん。」
「って、ちょっと待て。なんでそんなことになってるんだよ。」
「だから、そういうことだよ。」
杉田がこともなげに言う。そういうことってどういうことだ?ちょっとわからないとこがあるぞ?・・・よし、どういう経緯でこうなったのか考えてみるか。えっと、まずは杉田に頼まれたんだよな。栗林さんに誘われたけど、一人じゃちょっとってことで。それで、その後に栗林さんに杉田との仲を取り持って欲しいって頼まれたんだっけ。そして、もう一人の女の子も行くからって言われたんだよな。けど、本当はもう一つ目的があって、それは俺と玉置さんをくっつけようっていうものだったと。そんなことわかるわけがないよな。
「そうか。そういう複雑な目論見があったわけか。気が付かなかった。」
「そうでしょう、そうでしょう。」
栗林さんが自信満々な意味がやっと分かった。
「だからさ、昨日お前に聞いたんだよ。玉置さんのこと好きなのかって。」
「そうそう。どうなのよ?」
どうして俺が栗林さんに問い詰められなきゃいけないんだよ。
「いやいや、それよりもさ。一応、そっちの報告もしてくれよ。俺はそれが気になるって。」
「いやん。今更聞かなくたってわかってるでしょ?」
そうだった。こいつらのあの感じを見れば一目瞭然だった。
「そっか。『おめでとう』でいいのか?」
「そうだなぁ。イイと思う。」
くそっ、杉田め、ノロケてんじゃねぇ。そう思ったのは俺だけじゃないはずだ。
「で、どうなんだよ。」
「そうそう、どうなのよ。」
二人で迫ってこられるとすごい迫力だな。
「好き・・・だと思う。」
たぶん。そうなんだろう。けど、好きっていう感情はイマイチわかってない気もする。
「昨日、展望台で告白しなかったの?」
栗林さんがさらに迫ってくる。
「しなかった。」
「なんで?あんなにいい感じだったのに。」
いい感じってなんで知ってるんだよ。
「実はさ。俺さ。お前たちいなくなる瞬間、ちょうど見ちゃったんだよね。」
なんですとぉ。見られてたのかよ。それは、大失敗じゃないか。あんなにうまく消えられたと思ったのに。
「ねぇねぇ、聞きましたよ、旦那ぁ。玉置さんと手をつないでいなくなったんですって?」
今にもヒッヒッヒと笑い出しそうな感じで問い詰めてくる。
「まぁ、とにかくそれを見たもんだからさ。あぁ、二人もいい感じなんだなと思ったわけよ。」
「あ、あれは。その。俺からじゃなくて。玉置さんから。」
「うっそぉ。ホントに?」
栗林さんの周りに花が咲いたように明るい笑顔を見せた。
「それっていい感じなんじゃないの?」
「さぁ。どうだろう。」
「どうだろうってことないじゃない。だって、そのあと一緒に展望台まで登ったんでしょ?」
「そうだけど・・・」
「その時、どんな感じだった?」
栗林さんは妙に積極的に聞いてくるのがちょっと怖い。
「どんなって言われてもなぁ。」
「ん?ほら、おねぇさまに話してみ?」
なんだよ、さっきからずいぶんといろんなキャラに変身するなぁ。
「いや、そこはさ。俺たちが聞いちゃ悪いって。玉置さんだって聞かれたらいやなことだってあるかもしれないだろ?」
ナイスだ、杉田。やっぱりお前は最高だ。
「そうだよ。俺にやましいことななにもないけど。聞きたかったら玉置さんから聞きなよ。女の子同士なんだから。」
「えぇ~。竹中くんから聞きたかったなぁ。環菜ちゃんはそういう話全然しないし。」
「だとしたら、余計俺からは言えないよ。そうだろ?」
「そうだな。その通りだよ。」
まだ『えぇ~、いいじゃん、教えてよ~』と騒いでいる栗林さんはもう放っておこう。
「まぁ、そういうことだよ。」
「どういうことかわからないけど、好きなんだろ?」
「たぶん・・・でも、よくわからない。」
「わからないって、どういうことよ?」
栗林さんが体全体で迫ってくる。
「何がわからないんだ?」
何がというか、全部か。
「そうだなぁ。強いて言うと『好き』って感情かも。」
もちろん、意味は分かる。家族とかそういうものの好きは分かるけど。
「はぁ?何言ってるの?好きっていうのは一緒に居たいとか、いっぱい話したいとかそういうのだよ。なん
でわかんないのかなぁ。バカなの?」
「うるさい。バカ言うな。」
直球な物言いに少し腹が立つ。
「竹中さぁ。玉置さんと居て楽しいか?」
そう聞かれると答えは単純なんだよ。
「そりゃ、楽しいよ。」
「ならいいっしょ。それがさ、好きってことだよ。」
そんなに簡単なことだっけ?好きっていうのは。
「でも、杉田と居ても楽しいし、それに、栗林さんと居ても楽しいぞ?・・その、さっきはちょっとムッとしたけどさ。」
「え?私と居ても楽しい?もしかして、私のことを・・・ごめんなさい。私には翔がいるから。」
「いやいや、そういうことじゃないと思うな。」
杉田が『それはないだろう。』と言いたげな表情で続ける。
「けどさ、お前にはお前の考えがあるんだろう?」
「そうは言ってもさ。その考えがよくわからないんだよなぁ。確かに一緒に居て楽しいし、話していても楽しいよ。可愛いとも思ったし。でもさ。わかんないんだ。」
正直に自分の気持ちを伝えたつもりだった。
「え、ちゃんと告白しなさいよ。ズルズルとしてちゃダメだよ。」
ズルズルって。そういう気持ちはないんだけどなぁ。それに・・・なんだろう。今はこのままのほうがいい気もするんだよなぁ。
「けど、好きならはっきりしたほうがいいと思うよ。環菜ちゃんは可愛いから。ほかの男子が黙ってないかもよ。」
急にまじめな表情で正論をぶつけてくる。これだから女子っていうやつは怖い。
「そっか。わかった。ありがとう。ちゃんと考えてみるよ。」
そうだな。あとで落ち着いて考えてみよう。好きっていう感情がもっとしっかり理解できたら。それにしても告白か。今まで考えたこともなかったよ。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
友達に彼女が出来たということで、竹中も燃えてくるのかと思いきや。
玉置さんとの関係はどうなるんでしょうね。