あの時はありがとう。嬉しかった。
いきなりの展開。
誰もが憧れるシュチュエーション。
しかし、設定してくれたのは担任の先生。
これって・・・どういうこと?
教室には人の気配がない。もうみんな帰ったのか?確かに外は暗くなってきているけど、まだ六時だぞ?一人くらい残っている奴がいてもいいと思うのはおかしいだろうか。けど、いない人間に文句を言っても仕方がない。二人でさっさと帰宅準備を進める。
「なぁ、玉置さん。今日の委員会って長かったよね。」
「そうだね。結構長かったよね。」
今日は二時間くらいだったか。そのうち三十分は自己紹介だったんだから、もっと時間の使い方を考えてくれてもいいと思う。
「毎回、こんな感じだとキツイね。」
「ほんとだよねぇ。これで学校祭とかの時期になったらどうなっちゃうんだろね?」
「あぁ・・・、それは考えたくないなぁ。」
他愛のない話をしているうちに俺の準備は終わった。だいたい、帰る準備でやることなんてたかが知れている。玉置さんは・・・まだ、何かやっているみたいだ。夜の教室に二人っきりか。そう考えると急に落ち着かなくなってくる。黙っていてもダメだ。何か話しなきゃ。
「そう言えばさ、お兄さんって生徒会役員なんだね。」
よし。なんとか内容は繋がっている。訳の分からないことは言ってないはずだ。
「うん。そうなんだよね。」
「生徒会かぁ。きっと優秀なんだね。」
「さぁ。どうなんだろね。」
少しだけ俯きながら返事をする。なんかそっけない返事だな。お兄さんとあんまりうまくいってないのか?そんな感じがした。
「同じ学校に兄がいるっていうのは、結構恥ずかしいもんなんだよね。」
なんだ、そういうことか。俺の考えすぎか。一応、俺にも妹がいるからなんとなくわかるぞ。俺は別に恥ずかしくはないけど、女子はそういうものなのかな?
「そういうもんなの?」
「そう。ちょっとだけね。」
「ふ~~ん。」
「さ、て。お待たせ。準備終わったから送ってくれる?」
そう言って、満面の笑顔でこちらを振り返る。やっぱり、玉置さんってかわいいよな。
「あ~、玉置さんのさ。家ってどこなの?」
考えていることを悟られないように、とっさに別のことを考える。
「あ、そっか。竹中くんは知らないもんね。」
そりゃそうだ。知っているはずがない。違う小学校の卒業だから近所ではないということは分かるけど。そもそも、知っていたら変な奴じゃないか?
「知らないよ。・・・もしかして遠いの?」
恐る恐る聞いてみる。あんまり遠かったらシンドイではないか。いや、遠いからこそ先生は送っていけって言ったのか?
「ううん。遠くないよ。」
え?そうなの?
「ほら、学校の近くにね?マンションが何棟かあるの知ってる?」
「いや、知らないかも。あったような気がするってくらいかな。」
そうなのだ。日之出ヶ丘中学校は俺の小学校の校区から外れたところにあるものだから、中学校付近の地理には全く明るくない。確か、学校から歩いて十分くらいのところに団地があったような気がする。あそこのマンションは高層マンションだからちょっと目立っているんだよな。
「そっかぁ。竹中くんって、違う小学校だったもんね。知らなくても仕方ないよ。」
「まぁね。そっち方面じゃなかったらもう少し詳しいんだけど。」
これから詳しくなればいいさ。どうせ、あと三年、中学校に通うんだから、嫌でも詳しくなるだろうさ。
「そうだよね。私も竹中くんの家の辺りはきっとわからないもん。」
「みんな、そんなもんだよね。」
「うん、そうそう。」
こうやって玉置さんと話すようになるなんて、想像もしてなかったなぁ。それがあの事件のおかげだっていうんだから、災い転じてなんとやらってやつだ。
「さぁ、話しててもしょうがないから、そろそろ帰ろっか?送っていくよ。」
「本当に?送ってもらってもいいの?」
いまさら?そう思いながら軽く笑いながら言う。
「いいさ。俺は男子だからね。強いから。」
「あはは。そうだよね。竹中くんは強いもんね。」
そう言えば、こんなに笑っている玉置さんを見たのは初めてかもしれない。気のせいかな?そんな話をしながら玄関まで移動していく。時間は六時半。もう、あれから三十分も経っていた。外は一層暗くなっており、少し寒さも増してきた気がする。
「うわっ、結構寒いね。」
素直な感想がでた。北海道の四月はまだ寒い。雪もまだ道端に少し残っているし、昼間だって曇っていたら十度まで気温が上がらない日だってある。俺らはお互いにコートを羽織ってはいたけれど、やっぱり夜は寒い。風が吹くとさらに寒く感じる。
「ほんとだね。やっぱり夜はまだ寒いね。」
「自転車はまだ乗れないかなぁ。雪も全部は解けてないしね。」
「ねぇ。夜になる凍っちゃうとこもあるもんね。」
自転車に乗れる季節はもう少しだけ先になりそうだ。そうして、しばらくは二人で雑談をしながら歩いていたが、ふと玉置さんを見ると両手を口の前に持ってきてハァ~っと息を吹きかけて温めている。
「大丈夫?寒いんじゃない?」
そう聞いてみると、思った通りの答えが返ってきた。
「うん、ちょっと寒いかな。こんなに寒くなると思わなかったから。もぅ。手袋持ってくればよかったよ。」
寒いのは手袋がないからだけじゃないと思う。玉置さんのコートは少し薄手のコートみたいだ。俺もあんまり厚手のコートではないけど、何故か女の子のほうが寒がるんだよな。これはホントなんでなんだろ?
「あ、手袋あるよ?貸してあげよっか?」
「え?いいよいいよ。大丈夫だよ。」
そう言いながら、口の前で手を合わせるようにして息を吹きかけている姿はいかにも寒そうだ。見ているこっちまで寒くなってくる。
「ダメだよ。すごく寒そうじゃない?ほら、貸してあげるからさ。手袋履きなよ。」
そう言えば、この前テレビで見たっけ。北海道では手袋は『履く』ものだけど、普通は『はめる』ものらしい。北海道の方言だなんて言われているけど、生まれてずっと北海道にいる俺にとっては『履く』のほうが標準語みたいなもんだ。
「いや、大丈夫だよ、ほんとに。」
「ん~、なんか大丈夫そうに見えないんだよなぁ。少し震えてるみたいだし。」
「そう?それじゃ、お言葉に甘えてもいい?」
「いいさ。貸したげるよ。」
そう言って、コートのポケットに入っていた手袋を渡す。俺の手袋もそんなに暖かいようなものじゃないとは思うけど、無いよりはマシだろう、きっと。
「ありがとう。借りるね。」
そう言って両手に手袋を『履いて』いく。
「うん、いいよ。俺はなんか平気になってきたし。」
強がりに聞こえるかもしれないが本当だ。慣れってすごい。
「うん、暖かいよ。ありがとう。」
笑顔でそう言われて、悪い気がする奴がいるだろうか。しかも、一緒にいるのは美少女の玉置さんだぞ?こんな状況で舞い上がらない奴がいるだろうか、いや、いない。
ん?玉置さんは暖かくなったとは言っているけど、どう考えても暖かそうには見えないなぁ。体を小さく丸めるようにして歩いているし、やっぱり寒いんじゃないかな。大体手袋だけで温まるわけがないだろう。
俺?俺は寒さなんかて感じてない。むしろ暑いくらいだ。
「そっか、それは良かった。けど、手袋だけじゃあんまり暖かくなったようには見えないね。」
「そんなことないよ?暖かいよ。」
そう言いながら、両方の掌を見せながら顔の前で振るその仕草は反則だとしか言いようがない。女の子ってすごいわ。男子のツボを生まれながらに知っているんだろうか。
「いや、そうは見えないよ。これ、貸してあげるよ。家まであとちょっとだけど、少し間マシになるって。」
そう言って自分のコートを脱いで玉置さんにかけてあげようとする。
「それはダメだよ。そんなことしたら竹中くんが風邪ひいちゃうよ。」
玉置さんに掛けようとしたコートを押し返される。
「大丈夫だって。俺、なんだか寒くないし。っていうか、おかしなことに少し暑いくらいだから。そんな奴が着てるより、よっぽどマシだって。」
そう言って、玉置さんの手を押しのけ、少しだけ強引に玉置さんの肩に自分のコートをかける。
「・・・ありがとう。ホントに暖かい。」
俺のコートの両襟を押さえながらいうそのセリフは、俺にとっても嬉しいセリフだ。
「そう?良かったよ。これで安心だ。まぁ、短い時間だけどね。」
「ううん。ホントに暖かいよ。ありがと。」
「うん。」
そのあと少しだけ沈黙が流れる。沈黙していても仕方ないだろう?何か話したほうがいいのに、話題が『委員会』のことしかないというのはどういうことだ。そんなことを考えていた時だと思う。玉置さんが突然立ち止まって俺に言いだした。
「竹中くんって、優しいね。」
不意を突かれたせいか、思わず『はっ?』と言ってしまった。変なリアクションをしてしまったかもしれない。
「あのね?竹中くんに言わなきゃいけないことがあって、だけど、ずっと言えなくていたことがあるの。」
ずっと?そうは言っても俺と出会ったのって、一週間くらい前なんだけどな。それに・・・
「言えないこと?別に無理しなくてもいいのに。」
なんとなく予想はついた。それは俺と玉置さんが持っているもう一つの共通点だから。
「やっぱり、ちゃんと言わなきゃいけないと思ってたの。でも、学校じゃ言いにくくて。」
だよね。きっとあの事件のことだ。けど、あれはもう終わったことだし、玉置さんが悪いわけじゃないんだから気にしなくていいのに。
「それって、やっぱり?」
「うん。・・・あの時はありがとう。嬉しかった。」
そう、改めて言われると、かえってどうしていいのかわからなくなる。
「あれは、もういいよ。終わったことだし。玉置さんが悪いわけじゃないしさ。なんだか俺が勝手にしちゃった気もするし。だからさ。もうこの話は終わりにしよ?ね?」
最後はほんの少しだけ語気を強めて、『これ以上いう必要はない』ことを強調する。
「うん、ありがとう。」
「うん、じゃ、帰ろう?遅くなっちゃうよ?」
「・・・そだね。」
あの件は、もう、気にすることなんかないさ。何か言いたそうにも見えるけどそんなことはどうでもいいさ。
「そうそう。」
そう言って、帰り道を急ぐ。なんとなく元気がない玉置さんのことが気にならないわけでもないけど。
こんな感じで、俺たちはたまに一緒に帰ることになった。玉置さんは部活もあったからいつもってわけじゃない。けど、俺は一緒に帰る日がちょっと楽しみだった。だってそうだろう?女の子との登下校なんて全国の男子中学生の夢みたいなもんじゃないか。いや、登校はしてないけどな。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
なんだかようやく、話が進んできた。
そんな感じです。
これから色々進展していくのでしょうね。
それにしても、登場人物が少ないです。