この件はこれで手打ちということで
職員会議。
よく聞く言葉です。
先生方って、大変なんです。本当に。
生徒たちが完全下校した後の職員室で教員たちが会議を行っている。会議の議題はさっきの事件だろう。例の3人組のリーダーと思われるリーゼントの生徒の担任と1年2組の担任が話の中心にいる。そして、話の流れは生徒たちにどのような処分を下すかということと、新入生の男子がどのような生徒なのかということ。もちろん、なぜこのようなことになったのかを明らかにするための会議でもあるのだろう。
「それじゃ、酒田先生。3年生を取り押さえることはできたが、どうしてあんなことをしたのかは話さないということですね?」
冷静に話を進めているのは教頭。少し薄くなってきた頭を盛んに気にしながら話している。酒田先生というのはあの3人を抑え込んだ体格の良い教師だ。壮年の男性教師で生徒指導も担当している。強面の顔と立派な体格を生かして今までいくつもの暴力事件を解決してきた。そんな流れもあって、リーゼントのクラスの担任もしている。当然、他の教師からの信頼も厚い。
「ええ、教頭先生。3人からそれぞれ別々に話を聞いているんですが、あいつらは一向に口を割らんのですよ。」
はぁ、と溜息をつきながら言う。おそらく、いつもこんな苦労をさせられているのだろう。たくましい体が少し小さくなったように見える。
「ですが、私のクラスの生徒の話だと、『玉置っていうのは誰だ?』と騒いでいたようなので、1年生玉置環菜に関係がありそうですが。」
こう言っているのは1年2組の担任である藤原先生。彼女は今回初めて1年生の担任を持つことになった教師だ。まだ若い女性教師で年齢は20代後半といったところか。こういった事柄は初めてではないのだろうが経験不足であることは明白だった。
「あの3人のうちの1人は、その新入生、玉置さんの兄だということじゃなかったかね?」
教頭が酒田先生に確認するように尋ねる。
「えぇ、教頭先生のおっしゃる通りです。ですが、それ故によくわからないのですよ。玉置は生徒会役員もしておりますし、優秀な生徒です。彼がこういったことにかかわってくるとは想像しておりませんでしたので。」
酒田先生は恐縮しながらにさらに続ける。
「おそらくは、川井と岩見に無理やり連れてこられたのだと思うのですが、その理由はまだわからんのです。」
「そうですか。酒田先生のお話は分かりました。藤原先生のほうはどうですか?」
教頭は淡々と事実の再確認を行っていく。おそらくはこの会議に参加しているすべての教師に内容を把握させるつもりなのだろう。
「はい。私のクラスの竹中夕人が先ほどの3年生とやり合っていたそうです。」
「ほう。やり合っていたとは?ケンカでもしていたのかね?」
教頭の目つきが鋭くなる。
「あ、いえ、その、やり合っていたとは言っても竹中は一切手を出さなかったそうです。」
藤原先生は『自分の説明に至らない部分がありました。』と言って、当時の状況を伝える。
「ほぅ、それはなかなか勇気のある生徒じゃないですか。頼もしいですな。」
酒田先生は腕組みをしながら頷いている。
「けれど、その話は本当に信用できる話なのですか?」
こう言ってきたのは年配の女性教師、田原先生。できることなら事を荒立てたくはないが、面倒な生徒がいるならばさっさと切り捨てようという考え方の教師だ。問題児とも正面から向かい合うタイプの酒田先生とはいつも意見が対立してしまっていた。
「そうはおっしゃいますけどね。田原先生。私が川井を取り押さえた時に、確かに竹中が対峙してはいましたけど、ケガもしていないようでしたし。何といっても、他の生徒を守ろうとしたのかもしれませんからね。しっかりと事実確認をしなければいけないと思いますが?」
酒田先生は情に厚い教師でもある。しかし、それだけではなく、事実から冷静に対処できる力を持っている。力強い見た目とは異なり、かなり繊細な対応ができる優秀な教師なのだ。
「藤原先生。先ほどの話は誰から聞いたのですか?信用ができる話なのですか?」
田原先生は簡単には引かない。小さな穴があればそこから崩していこうという姿勢が見え隠れしている。そのせいなのか、生徒からの評価もあまりよくない。そのことは教師たちの耳にも入ってくる。生徒から人気がある酒田先生と若い藤原先生が気に入らないという個人的な感情も相まってこういった対応をするのだろう。
「はい、私は直接事情を説明に来た生徒から聞きました。」
「ほう?その生徒とは?」
教頭が『先を続けなさい』という表情で藤原先生に促す。
「はい、杉田翔という生徒です。彼は今年度から北海道に転校してきた生徒になります。ですから、他の生徒とのしがらみも何もないわけですから、彼の話した内容はかなり信頼に足るものではないかと考えております。」
「なるほど。転入生から聞いた話ですが。確かに誰かを庇う必要なんてありませんな。」
教頭も納得だとばかりに頷く。
「しかし、それだけで今回の事件の全貌が見えるわけではありませんよ?」
田原先生はさらにこう続ける。
「ケンカをしていたのならば両成敗です。1年生だろうと3年生だろうと停学等の厳しい対処が必要だと思います。」
「まぁ、田原先生、落ち着いてください。確かに1人の生徒からの話で処分をどうするかなどの決定は下しませんよ。明日、改めて関係していた生徒から事情を聴いていきましょう。」
今まで黙って話を聞いていた校長が口を開いて言った。この校長は、まだ、日之出ヶ丘中学校が荒れていたころに校長として赴任してきた。そして、3年足らずで学校の風紀を正常化したという経歴を持っている。田原先生もさすがに校長には勝てないようだ。
「校長先生のおっしゃる通りですわね。明日、状況を整理してどういった処罰を与えるのか検討しましょう。」
「ふぅ。田原先生。あなたのその厳格な信念は尊重しますが、処罰を与えることを前提にして事情を聴いていくのではありませんよ。まず、どのような状況だったのか。全容を明らかにすることが大切なのです。そうすることで、おのずと我々のとるべき行動が決まってくると思いますよ。まず、公正に事実を見定める。それが我々教師に必要なことであると私は考えています。ですから、他の先生方もどうかそのことを忘れずに生徒たちに接してください。そして、多くの生徒たちからできるだけ事情を聴いてください。大事にしたくはありませんが、こういった時期に起こった出来事です。既に噂としてでも耳に入っている生徒も多くいるでしょう。今回直接関係した生徒もそうではない生徒にも心のケアが必要かもしれません。その点も忘れずに、また、明日からよろしくお願いします。」
さすがは校長。しっかりと職員会議を締めた。
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翌日。俺は学校に行くつもりでいたのだが、まさかの発熱。こんな体調では学校に行くわけにはいかない。
母親が学校に電話をして今日は欠席することになった。
自慢じゃないが、俺は体があまり強くない。小学生の頃は2か月に1回のペースで熱を出して学校を休んでいたし、肺炎を発症して緊急入院をしたこともあったくらいだ。
それにしても、入学2日目で皆勤賞の夢が断たれるとはちょっと残念だ。
けれど、この欠席が、学校で大きな話題になっているとは思ってもいなかった。
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翌々日。無事に熱も下がった俺は、何事もなかったように登校して教室に向かった。しかし、その途中に藤原先生から声をかけられた。
「竹中くん、一昨日のことで話があるのでちょっと来なさい。」
やっぱりな。そうなると思ってましたよ。あのまま何事もなかったように過ごすのは無理だと思っていたさ。それにしてもどこに連れていかれるんだ?職員室か?
「あの、どこに行くんですか?」
「生徒指導室よ。こっちだから付いてきなさい。」
生徒指導室?なんて物々しい名前なんだ。これはみっちり絞られる気がする。一昨日のことを正直に話すしかないだろうな。それにしても、入学して2日で生徒指導室に呼び出される生徒は過去にどれくらいいたんだろう。生徒指導室なんて無縁で卒業する生徒だっているだろう、いや、無縁の生徒のほうが多いだろうな。そんなことを考えているうちに生徒指導室の前に着いた。名前からしてなんとなく怖い部屋のイメージを持ちながら中に入ったが、何というか、書類庫?そう言った感じの部屋だ。広さは普通の教室の半分くらいだが、本棚がたくさん置かれ、その中には内容までは分からないが多くの資料が収められているようだ。他には長机が置かれており、椅子は六脚ある。小さな会議室のような雰囲気と言えば伝わるだろうか?とにかくそんな事務的な香りのする部屋だ。
「ここに座りなさい、竹中くん。」
藤原先生はそう言って、俺とちょうど正対するように座った。そして、俺が席に着いたと同時に切り出してきた。
「昨日、学校休んだけど、もしかして、学校に来るのが怖かったからじゃないの?」
え?どういうことだ?俺は昨日、風邪で熱を出したから休んだだけで、そんなつもりは全くなかったのだが。
「え?違いますよ。風邪で熱出してたからです。」
なんでそんなことを聞くのだろう?
「そうなの?でも、あんなことがあったばかりだから学校に来るのは怖くなかった?」
そりゃ怖くないかと聞かれたら・・・・ん?どうだろう。別に、怖くはないかな。
「いや、大丈夫ですけど・・・」
「それならよかったわ。登校拒否になったのかと思って昨日は心配してたのよ?」
藤原先生のこわばった表情が笑顔になる。それにしても登校拒否ってなんだよ。
「はぁ・・・」
「それじゃ、いくつか確認したいことがあるから答えてね。」
「わかりました。」
そう言って聞かれたのはやはり例の事件のこと。隠しても仕方ないことだし、それに俺は手を出してはいない。だからその点だけは、はっきり、そしてしっかりと言った。
「そう、わかったわ。ちょっと待ってなさいね。」
そう言って藤原先生は部屋から出て行った。この部屋に1人残されてもやることがない。5分ほどたって退屈に耐えられなくなりそうになってきたとき、3人組を抑え込んだゴツイ先生と一緒に藤原先生が戻ってきた。
「いやぁ、君が竹中くんか。俺は酒田だ。生徒指導を担当している。」
そう言ったゴツイ酒田先生の笑顔は、あのヤンキーを抑え込んだ時とは別人に見えた。
「それにしても、本当に申し訳ない。あいつらの担任である俺がしっかり見張ってないといけなかったんだが、まさかこんなことになるとは。」
そうか。この先生はあの先輩たちの担任なのか。よくわからないがなんとなく納得だ。
「事の顛末はさっき藤原先生から全て聞いたよ。俺たち教師たちが把握している内容と全く同じだった。つまり君は嘘をつかなかったということだな。素晴らしいぞ。」
褒められているのだろうか?しかし、実際は、こんな問題を起こしたわけだから、先生たちの中では、今年の新1年生・竹中は要注意人物だぞ、ということにでもなっているんだろう。小学生の頃もそこそこヤンチャだったから、小学校の担任からの申し送り事項の中にもそれとなく書かれているだろうし。
「とにかく、3年生の3人から君に謝らせるから、それですべて水に流してくれないか?」
いや、水に流すも流さないも、俺は終わりにしたいのですけれどね。それよりも、登校すると同時に先生に連れていかる俺を見ていた生徒たちの視線の方が痛かったわけだ。だから、どうもうクラスに溶け込めないんじゃないかという考えのほうが強くなってきていた。そして、さっさと解放して欲しい。そう思っていた。
「お前らっ、入ってこいっ。」
そういう酒田先生の声に続いて例の3人が入ってきた。リーゼントのボスは一昨日の時と違って整髪料を落とされて髪型が変わっている。たったそれだけのことで普通の生徒のように見えるから髪型というのは不思議なものだ。彼はの名前は川井先輩というらしい。そしてあの時はニヤついていた坊主頭の先輩も神妙な顔をしている。こっちは岩見先輩という名前のようだ。まぁ、正直に言って名前なんてどうでもいい。最後の1人は俺と同様に被害者であろう優等生っぽい生徒だ。とても落ち込んだ顔をしている。名前は玉置先輩というらしい。
ん?玉置って。あの時の女子の名字と同じじゃないか?もしかして?なんて思っていると、やっぱりうちのクラスの玉置さんのお兄さんらしい。そして、どうやらリーゼントと坊主頭に脅されて今回の事件に参加させられていたという話だ。
「お前らっ、1年生に対して、なんて大人気ないことしてるんだっ、このバカどもがっ。」
酒田先生はそう言うか言わないかのうちに、3人の頭を1発ずつ殴った。玉置さんのお兄さんまで殴る必要があるのだろうか・・・
「1年生の彼の方が、お前らなんかよりもずっと大人な対応ができているじゃないか?あ?お前ら全員何考えてんだっ。謝れっ。」
怖いです。本当に恐ろしいです。さっきまでの笑顔が嘘みたいです。事件の時の川井先輩よりも酒田先生の怒鳴り声の方がよっぽど怖いです。絶対この先生にだけは怒られたくない、そう思った。
「すみませんでした。」
「あ?声が小さいっ。」
「「「すみませんでしたっ」」」
3人が声をそろえて頭を下げて大きな声で謝ってくる。
「なんだ?お前ら。それだけか?」
酒田先生が睨みを利かせながらリーダー格の川井先輩に言った。
「2度とこういったことはしません。許してください。」
おそらく、この学校でかなり幅を利かせた先輩なのだろう。この川井先輩という人は、いわゆる番長的な存在なのではないだろうか。そんなことを考えていると、入り口から先生たちが何人か入ってきた。そうこうしているうちに先生の数は6、7人になっている。まさかとは思うが乱闘を想定しているわけではないよな?
「どうだろう?竹中君。君は許せるだろうか?」
「あ、えと、はい。わかりました。僕もすみませんでした。」
なんて言ったらいいのかわからないけど、これ以上もめたくはない。それが正直な感想だった。
「そうかそうか。そういってくれるとありがたい。では、この件はこれで手打ちということでいいかな。」
手打ちって・・・一瞬何のことかわからなかった。まさか麺打ちのことじゃないしな。いや、わかりますよ?これで終了、終わりにしましょうってことだってことは。言われた瞬間は分からなかったというだけですから。
まぁ、そんなこんなで、時代劇で聞くようなセリフで酒田先生が締めた。それにしても思ったよりあっさり終わって助かった。なんにしても、小一時間続いた手打ちの儀(?)がやっと終了したわけだ。けど、やっぱり、手打ちにできたのはありがたい。今後の学校生活で怯えながら過ごす必要がなくなるはずだし。それに部屋を出るときに川井先輩の顔をチラリと見たが、特に怒りの表情は見られなかったし、おそらく大丈夫だろう。
でも、なんだよ。もう2時間目が始まる時間じゃないか?これじゃクラスに馴染めそうもないな。先輩におびえる生活にはならないかもしれないけど、友達のできない学校生活になるかもしれないな。それが素直な気持ちだった。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、教室には藤原先生に連れて行かれることになった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
連続投稿です。
うーん、あまり話が進んでいないような気がしますね。
次からはもう少し、学校生活らしくなりますのでよろしくお願いします。