ヘルメットがなければ即死だった。
夏休みとはいえ、中学生には宿題という地獄がありますよね。
計画的にやるやつ、最終日に泣きながらやるやつ。
皆さんはどっちでしたか?
ちなみに私は・・・
実は花火大会以降、東山さんとは会っていない。お互いに塾とか忙しかったし、家庭の用事もある。学期中と違って、毎日のように会えないのは仕方ない。けど、電話くらいしてもよかったかもしれない。
そう、そんな後悔をしている今日は夏休み最終日。お約束のように残ってしまっている宿題をやっつけていた。まぁ、残っているといったってほんの少しだ。30分もあれば片付くだろう。それにしても杉田も俺と同じように宿題をやっていなかったとは思わなかったな。
「なぁ、竹中よぅ。あとどれくらい?」
「あ?俺はもうほとんど終わりだって。」
「はぁ、ありえない。写させてくれよ。」
今日は、学校近くの区民センターにいる。ここには図書室もあってクーラーが効いている。『それなりに快適な環境で勉強したほうが捗るはずだ。』と言って俺を呼びつけた杉田は、宿題をコピーすることが狙いのようだ。
「お前、全然やってないのかよ?」
最終日になって半分以上も宿題が残っていたら、俺でもやる気もなくなるってもんだ。
「やってねーよ。だからこうやってお前を呼んだんじゃねーかよ。」
なんてことだ。こいつ、ふざけてやがる。
「俺は、もうすぐ終わるぞ?」
こういうのは地道にやるか、初日にさっさと終わらせて残り時間を謳歌するかのどちらかが正解のはずだ。
「よし、じゃ、それを貸してくれ。写経してすぐ返すから。」
はぁ。まったく。どうしてくれようか。腹は立たないがここまでの苦労を考えるといささか悔しい。
「わかったよ。その代り、貸し、ひとつな。」
「おうよ。何でも言ってくれたまへ。」
なんでも、か。いつかこの貸しは返してもらうぞ。そう思いながら『はいよ』と言って杉田に宿題を渡す。その宿題をまるでコピーのように写しながら杉田が唐突に聞いてきた。
「そうだ、花火大会どうだった?東山さんと。」
「あぁ、うん。まぁ、な。」
思い出した。いや、忘れていたわけじゃない。花火大会は東山さんと二人で行ったんだ。忘れられるわけがないだろう?
「なんだよ、その訳の分からない返事は。」
ニヤついた顔で聞いてくるな。
「あぁ、楽しかったよ。」
ほかにもいろいろ言いようがあるんだろうけどなぁ。
「俺も行きたかったなぁ。」
杉田に用事がなければ三人で行くことになったのか。そう考えると不思議な違和感がある。
「今度はみんなで行けるといいよな。」
本当にそう思っていたのかは分からない。
「だからお前はダメなんだよなぁ。」
俺もそう思うけど。
「杉田と違って、言葉にするのが苦手なんだよ。」
中学生活、最初の夏休みがもうすぐ終わる。
***********************
「いやぁ、竹中。助かったよ。今度また、頼むわ。」
杉田が宿題をコピーし終わるまで約小一時間。ふと外を見るとまだ青空だ。思ったより遅い時間にはなってないみたいだ。
「じゃ、帰るか。明日からまた学校だしな。」
「めんどくさいなぁ。」
そんなとりとめのない会話をしながら区民センターから外に出た時だった。
「危ないっ。」
「‼」
そう叫んだのは自転車内乗っていた女の子だと思うのだが、突然の出来事で俺はどうにもできなかった。
ガッシャーン
自転車の少女は杉田を避けようとして転んでしまった。杉田はどうしたんだ?大丈夫か?それに女の子のほうも大丈夫か?
「当たらなければ、どうということはないっ。」
何言ってるんだよ。どこの赤い彗星ですか。
「って、馬鹿なこと言ってる場合かっ。」
確かに当たってないけど。腕から血も出てるし、怪我してるじゃねぇか。
「ヘルメットがなければ即死だった。」
ヘルメットなんてしてねぇだろ、お前。と言うか、それはどっちかというと少女のセリフじゃね?そして、いい加減、赤い彗星はやめろ。
「大丈夫か?病院行くか?」
少女のほうは思ったよりも大丈夫そうだ。すぐに起き上がってこちらに走ってきた。その少女は長い髪をポニーテールのように縛っていた。幼い顔立ちだが綺麗な顔立ちなのは間違いない。それに、自転車で転んだにもかかわらずケガ一つしていない身のこなし。かなりの運動神経の持ち主っぽい。だが最も目を引くのはその身長だ。もしかしら140センチもないんじゃないか?
「あの、ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
少女は結構テンパってる。自転車で事故って相手が血を流していたら動揺しないほうがおかしい。しかも、ちょっとした騒ぎになってしまったみたいで、区民センターから何人かの職員が出てきた。
「あぁ、全然大丈夫ですよ。避けるときに転んだだけですから。」
杉田は冷静だ。確かに転んでちょっと擦りむいただけか?
「センター内に医務室があるから、そこで手当てをしていきなさい。」
「ありがとうございます。お願いします。」
杉田と少女は職員と一緒にセンターに向かって歩いていった。当然、俺も後をついていく。そういえば、この少女見たことある気がする。でも、どこでだろう?
「本当に、ごめんなさい。ケガは大丈夫ですか?」
少女はずっと杉田の怪我を気にかけている。さっきは俺も取り乱してしまったが、よくよく見ると大したケガじゃないみたいだ。腕をちょっと擦りむいただけみたいで、大ケガには見えない。
「うん、大丈夫だよ。大したことないって。」
杉田もいつもの調子に戻っている。
「コラコラ。大したことないかどうかはちゃんと病院に行かないとわからないぞ?」
職員の女性に軽くたしなめられる杉田。でも、実際、問題ないように見える。傷口を消毒して、絆創膏を張ったらすぐに治りそうだ。
「まぁ、確かにケガは大したことなさそうけど。これから気をつけなさいよ。」
少女が怒られる。でも、あんな状況だとやっぱり自転車側のほうが悪いのか?
「はい。ごめんなさい。」
少女はさっきから謝りっぱなしだ。
「よしっ。大丈夫でしょう。これで帰っていいよ。一応、お家のほうに連絡したいから、二人の連絡先を教えてもらえるかな?」
センターの職員としては当然の対応なんだろうな。
「僕は杉田翔と言います。日之出ヶ丘中学校の一年生です。」
「あの、私も日之出ヶ丘中学校の一年生です。青葉小町です。」
やっぱり。どこかで見たことあると思ったんだけど学校だったか。杉田は全然気が付いてなかったのかな。
「そうか、君たちは同級生なんだね。それなら、学校にも連絡しておこうか?」
おっと、突然話が大きくなりだしそうな展開だ。めんどくさいことにならなければいいんだけど。
やっと、解放された俺たちは、帰路についていた。職員の方がいろいろ連絡してくれたおかげで、この件は片付いた。とは言えなかった。明日、学校で事情を聞かせてもらうとの先生からの言葉だあったそうだ。
「本当にごめんなさい。私のせいでケガをさせてしまって。」
「だから、もういいって。そんなに謝らなくても。ケガだって大したことないんだしさ。」
杉田が気を使っている。本心なんだろうな。
「大丈夫だって。こいつは殺しても死なないから。」
「そんなことないぞ?俺の心はガラスのハートでできてるからな。思ったより繊細なんだぞ。」
「ハートは、この際、関係ないだろうよ。今は体の話をしてるんだぞ?」
「か、体の話?」
そういって、杉田は自分の股間に目を向ける。
「だからっ!そういうことじゃないって言ってるだろうよっ。」
「ならば、同士になれ。竹中くん。」
だめだ、赤い彗星の文句が多い。レンタルででも見たのか?
「あの、すみませんでした。じゃ、また、明日、学校で。」
そう言って少女じゃない、青葉さんは自転車に乗って帰っていった。
「あの子だよ。俺が前に言ってたちっちゃくてかわいい子っていうのは。」
なるほど。杉田の目は確かなようだ。
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日付が変わって始業式。北海道の夏はお盆の時期を過ぎると一気に終了モードに移行する。セミの鳴き声もおとなしくなって、秋の虫が騒ぎ出す。夜になるとエンマコオロギが鳴き出す時期になってきた。読書の秋、食欲の秋。秋に関してはいろいろ言われるが、中学生にとってありがたくない最も長い二学期が始まったわけだ。そんな日の帰り道、杉田が詩人のようなことを言い出した。
「あぁ、夏も終わっちまったなぁ。」
いい感じのセリフだが夏を感じていなかった男に言われても説得力が全くない。
「北海道なんてこんなもんだよ。避暑地だからな。」
「そうは言ってもさ、竹中。一抹の寂しさはあるよなぁ。」
しみじみと何を言ってるんだ。今日は何の影響を受けてるんだよ。
「そういえば杉田さ。昨日の件での話は終わったのか?」
杉田は、昨日、自転車との接触『未遂』事件によりケガをしている。ま、とどのつまり、勝手に転んだだけなんだけどな。
「あぁ、終わったよ。なんか、いろいろ話聞かれて、はい、終了って感じかなぁ。」
杉田はこう言っているが、多少は面倒なこともあったと思う。こいつはいつもこんな感じだ。
「それよりもさ、なんかもうすぐ地元のお祭りがあるらしいじゃないかよ。」
「あぁ、リンゴ祭りのこと?」
この辺りには街路樹にリンゴを植えたリンゴ並木なんてものもあって、リンゴアピールに余念がない。それの収穫時期が近づくと公園で祭りが開催される。そして祭りではリンゴの配布まで行われる。
「そそ、それよ。竹中さぁ。なんか考えてるんか?」
「何かとはなんだよ。」
こいつが言いたいことは分かってるんだが、どうも恥ずかしい。どうやって誘えばいいのかわからないし。
「東山さんに決まってるじゃねぇかよ。馬鹿なんじゃねぇの?」
馬鹿とか言うなや。
「わかってるよ、一応は考えてたし。」
自分の気持ちを正直に言っただけだったんだが、杉田には気に入られなかったみたいだ。
「はぁ?一応ってなんだよ。ちょっと考えたらわかるだろ?好きなんだろ?そうじゃなかったら、花火大会が楽しかったとかならないだろう。」
好き?そうか、俺は東山さんが好きなんだな。
「そっか。そうだよな。」
「あ、何がさ。」
「いや、なんかさ。そうだよな。」
「だから、何がだよ。」
「東山さんを、誘ってみるよ。リンゴ祭りに。」
「マジかあああああ。それがいいんじゃね?」
杉田のテンションがヤバい。
「いや、誘うって言ってもさ。どう誘えばいいのかわかんねぇよ。」
「だからお前は、アホなのだっ。」
うるせぇよ。あぁ、マジでうるせぇ。本当に、お前みたいに誰とでも話せる性格がうらやましいよ。
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あれから何日経ったのか。とりあえず、いつもの放課後。
「竹中よぉ。お前、いい加減に誘ったんだろうな?」
杉田がこう聞いてくるのも無理はない。今週末はもう、祭り当日なのだ。
「いや、何回も声をかけようとは思ったんだよ?実際何回か話したし。」
そうなのだ、いざっと思うとその言葉が出ないんだ。
「あえて言おう、カスであるとっ。」
ぐっ、杉田総帥め・・・。しかし返す言葉が見つからない。
「でもさぁ、いい加減に誘わないと、いろいろアウトよ?」
確かに。もう時間はあまりないよな。
「よし、今日中に誘え。」
「はぁ、唐突だな。難しいっていってるじゃないか。」
「今まで無理だったんだから、今日も無理ならお前には一生かかっても無理じゃねぇかね。」
痛いところをついてきやがる。確かに、今までもずっと挑戦して失敗してきたから、そのくらいの意気込みで行かなきゃ無理な気はする。
「わかった。そうするよ。」
「よし。男なら今から行け。」
今から?ちょっ、それは心の準備が・・・
東山さんは教室で友ちゃんと話している。何話しているのかな?うぅ、いつもならそこまで緊張しないのに、今日は本当にヤバい。心臓の鼓動が聞こえてしまうんじゃないだろうか。
「さっさと行けよ。」
そんな杉田の声が聞こえる。俺は心を決めて、話しかけることにした。
「あの、東山さん。ちょっといいかな?」
友ちゃんと話しているのは分かっていたけど、俺には周りのことを気にする余裕なんて全くなかった。彼女たち以外にも教室には生徒がいる。いや、いたんだろうな。俺には見えてなかったけど。
「え?竹中くん。どうしたの?」
東山さんの笑顔に勝手に励まされる。がんばれ、おれ。やればできるはずだ。
「・・・あのさ、今度のリンゴ祭り、一緒に行かない?」
やっとのことで振り絞った言葉。まっすぐに東山さんの顔を見つめながら。どんな返事が返ってくるかなんて全く考えてなかった。
「うん、いいよ。一緒に行こう。」
ちょっと拍子抜けした。あまりにあっさりした言葉だったから。どちらにしてもあまりにすぐ返事が聞けて脱力しそうになった。
「あ、ありがとう。楽しみにしてるよ。」
「うん、私も楽しみにしてるね。」
彼女のその笑顔を俺は忘れないだろう。彼女の隣で、友ちゃんも・・・あれ?どんな表情してたっけ?でも、俺はもう一つ見逃していた。東山さんの近くには玉置さんもいたんだ。
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「やったじゃんかっ。まぁ、うまくいくと俺は思ってたよ。」
頷きながら杉田が話しかけてきた。
「やるじゃん。竹中くん。おねぇさまは見直しましたよ。」
うんうんと頷きながら栗林さんにバシバシ叩かれる。
「それにしても、友ちゃんがいるのに、そのまま話しかけるなんて漢だねぇ。」
あの時の俺にはそんな余裕はなかっただけだよ。
「いや、もう、必死だったから。」
「まぁ、いずれにしても、どうやって待ち合わせするかとか、いろいろ考えないといけないなぁ。いやぁ、良かった良かった。」
二人がこんなに喜んでくれるとは思わなかった。嬉しいなぁ。
「何、盛り上がってるんだべ?俺も一緒に盛り上がっていいか?」
あぁ、足草だ。こいつにはいろいろ知られたくない。
「いやいや、こっちの話よ。大したことないから。お?英語でも教えてやろうか?」
杉田が助け舟を出してくれる。本当にこいつには助けられっぱなしだ。いつかお礼をしなくちゃいけないよなぁ。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
ギャグパート多めの更新になりました。
地元のお祭に一緒に行こうと誘う勇気。
結構、エネルギーが必要だと思いますよね。
玉置さんが竹中の行動をチェックしているみたいでちょっと怖いですね。
実際はそんなことはないんでしょうけど。
次の章は、やっと二人のデートシーンが描かれていくはずです。