なんだ?お前はっ。良い根性してるじゃねぇかよ。
「虹色ライラック」を選んでくださってありがとうございます。
この物語は中学生が主人公です。
まだ、携帯もない。コンビニもほとんどない。そんな時代の話になります。
とは言っても1990年の話なのですけどね。
ちょっと懐かしいと思う方、こんな時代知らねぇよと思う方。
どちらも楽しんでいただけると・・・いいなぁ。
「なんだ?お前はっ。良い根性してるじゃねぇかよ。」
そう言われハッとして相手に向き直る。良い根性?けどこの状況じゃどう考えたって褒められてるわけじゃないよな。待て待て、ちょっと落ち着け。目の前に立っているのはどう考えてもヤンキーだ。しかもデカい。俺よりも優に頭一つ大きいぞ?
「えっと、すみませんけど、もう終わりにしてもらえませんか?」
今日は入学式だった。ついさっき、入学式を体育館で終えて、それで、なんだっけ?教室で待機しているように言われたはずだ。それなのに、俺、何やってるんだよ。
「あぁ?てめぇ、ふざけんなよ?」
目の前のヤンキーは両手をズボンのポケットに突っ込みながら威嚇してくる。ヤバい、怖い。自然と目線が下に向かう。と、その時、ヤンキーの右足が俺に向かって伸びてきた。いや、伸びて来たというよりも、これはケリだ。そう認識するかしないかのうちに体が勝手に動いてくれた。いつもはこんなに機敏に動けるわけがないんだけど、今日はたまたまだ。そうに違いない。なんとか上手く体をひねったおかげた。それにしてもなんで躱せるんだ、俺。
「やめてもらえますか。」
自分の強気を精一杯に表現する。そのために相手の目をしっかり見て声を出したつもりだったが・・・全然大きな声が出てない気がする。
「てんめぇ、なに躱してんだぁ、ゴルアァァッ。」
俺がケリを躱したことでヤンキーは逆上してしまったみたいだ。マズいぞ。絶対に次は躱せない。どうしたらいいんだよ。『やるか?』一瞬、そんな考えが浮かぶ。いや、まさか、何を考えてんだよ。小学生の時のケンカとは訳が違う。こんなガタイのいい奴とやったことなんかないし、それこそ勝てる気がしない。いや、勝てる勝てないじゃなく、やりたくない。やっぱり怖い。
「コラァッ、何やってんだ?お前らっ。」
その言葉と同時にゴツイ教師らしき人が現れ、あっという間にヤンキーを抑え込んだ。俺は驚きのあまり声も出なかった。そして、他の教師らしい男性が何人か現れ、あっという間にヤンキーたちをどこかに連れて行ってしまった。ヤンキーたちも多少抵抗をしていたみたいだが、あきらめたのかどこかへ連れていかれた。
その場に取り残された俺は、どうしてよいのかわからなかった。とりあえずホッとしたことだけは確かだ。今の自分が置かれていた状況を思い出そうとしながら席に戻ろうとした。そもそも何が原因でこんなことになったんだ?
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時間をさかのぼること今から約20分。
真新しい制服を身にまとった新入生全員が体育館に集められ、入学式の最中。そうはいっても、式は間もなく終了。俺の周りにいるのは小学校の頃の友人たちではなく、見知らぬ奴らばかり。小学校の頃からの知り合いは5、6人というところか。なんとなく顔を知ってる奴らも含めたらもう少しは多くなるはず。どこの中学校でも同じだとは思うけど、中学校の校区は小学校のそれとは微妙に違っている。だから、複数の小学校出身者が同じ中学校に入学する。ちなみに俺が卒業した小学校の児童はほとんどが俺と違う中学校に進学した。つまり、この中学校での俺は少数派ということになる。まぁ、そんなことはどうでもよくて、むしろ小学生の頃の自分を知られていないほうが嬉しい。なんとなく、今までの自分をリセットできるような気がしてたからだ。
そんなことを考えていたら入学式は終了し、俺たちは再び教室に戻ってきた。初めてこの教室に入ったのは入学式の前。あまりに知らない顔ばかりだったから、特に誰とも会話はしていなかった。
そう忘れていた。俺の名前は竹中夕人。今日からこの日之出ヶ丘中学校の1年2組に入学した。小学校の頃はなかなかにヤンチャだった俺だけど、中学校では少し大人になろうと思っている。何といっても中学校には内申書なる恐ろしいものがあるらしく、この内容によっては高校に行けなくなるとか塾の先生が言ってたしな。高校に行けないのは非常に困る。まぁ、将来何になりたいとか、そういう具体的な目標は決まっていないけど、やっぱり高校、大学には行きたいからな。
それにしても、なんでこんな席なんだ?廊下側の最後列。教室の後ろ側の出入り口に最も近い場所。春とは言っても北海道ではまだ道に雪も残っているところがあるくらいだ。気温だって10度なんて超えない日も多い。そして、教室内の暖房はストーブが一個だけ。しかもそれは教室の左前だから、俺の位置は火の気からはもっとも遠い位置になる。寒い。すごく寒い。
それにしても、入学式や卒業式のシーンには必ずと言っていいほど桜が使われている気がする。生まれも育ちも北海道の自分には全く分からない感覚だ。内地ではそんなもんなんだろうか?
なんにしても、なんて静かな教室なんだろう。誰も騒がない。小学生の時だとそろそろ騒ぎ出す奴がいてもおかしくなかったのに。やっぱり、みんな緊張してるんだろうか。式後の体育館から教室に戻るときに、『担任が教室に来るまで待機しているように。』と言われたからだろうか。待機ってのは待ってろってことだ。静かにしてろと言われたわけじゃない。はぁ、ヒマだ。そう思いながら体の力を抜いて座っていた。
そんな時、俺のすぐ後ろの教室の扉が開いた。
「コラァッ、このクラスに玉置って女はいるか?どんなツラしてるのか見せてみろっ。」
突然教室に響き渡る怒号。俺はあまりにもリラックスしていたから驚いた。驚きすぎて椅子から飛び上がりそうになった。なんだ?恐る恐る振り向いてみると、入ってきたのは3人組。ん?校章の色が違う?うちの学校は学年ごとに色が違ったはず。あの色は・・・3年生か?なんで3年生が1年生の教室に?それに玉置って誰?
よくよく見ると、怒鳴りながら入ってきたうちの一人は絵にかいたようなヤンキーでリーゼントっぽい髪形の奴。身長も高い。180センチ以上あるんじゃないだろうか。もう一人はニヤニヤした坊主頭。こちらの身長はそう大きくはない。最後の一人は、おどおどした感じで両サイドから件のヤンキーに肩を組まれている。どう見ても、このひとりはヤンキーのグループメンバーには見えない。マジメそうでおとなしそうな感じだ。なんだかヤバそうな奴らが来たなぁ。それが最初の感想だった。
「オラァ、聞こえてるのかガキどもっ。さっさと教えろよっ。」
坊主頭が怒鳴り声をあげて教室を見渡す。怒鳴り声を上げたところで教室内から返事は帰ってこない。そりゃそうだ。正直、こんな状況で口を開ける奴がいるはずがない。俺だって声なんかでない。入学早々、ヤンキーが教室にやってきた。しかも先生はいない。何という絶望感。でも、しばらくしたら先生が来てなんとかしてくれるだろう。そう呑気に考えていた。
きっと他の奴らは、『おいおい、これからどうなるんだよ。』とか『本当、勘弁してくれよ。』とか『誰か何とかしてくれよ。』とか。こんなことを考えてるに違いない。さて、俺はどうしたもんだろう。
「オラオラッ。何黙ってんだ、黙ってたらわかんねぇだろうがよっ。オゥ、コラァ。何とかいえよっ。聞こえてんのか?」
リーゼントのボスらしい奴がさらにたたみかけてきた。そして、最も身近にあった俺の椅子を蹴とばす。幸い、椅子から転げ落ちるようなことはなかったけど、だんだん腹が立ってきた。なんで俺が蹴飛ばされなきゃいけないんだよ。いや、実際に蹴られたのは俺じゃなく椅子なんだけどさ。わかってるけど、ムカつくだろう?
さらに静まり返る教室。担任はおろか教師も人も来ない。長い時間ではなかったんだろうけど、ただ待つにはしんどい時間だ。俺の後ろでは、阿呆どもがまだ何かを言ってる。もう、何を言ってるのか聞き取れやしない。
・・・・・・いい加減にしろよ・・・・・・
そう思ったとき、俺はすでに立ち上がってしまっていた。
「あの、みんなが怖がってるんでやめてもらえませんかね。何の用事なのか知らないですけど、帰ってもらえませんか?」
そう言ってから、ボスのように見えるリーゼントの方に向き直る。もっとも、向かい合ったところで身長差は頭一つほどの差がある。俺の身長は155センチ位しかないのに対して、相手は180センチを超えるような大男。ハナッから勝負になんかなるわけない。それでも立ち上がってしまったのは、こいつらがムカついたからだ。だからと言って正攻法でやったところで勝てるはずがない。マズい、今更ながら少し怖い。どうする?考えろ。これからどうする?
ちなみに、俺は玉置さんが誰なのか知らない。むしろどうでもいい。けど、女の子を怖がらせるのは許せない。俺の椅子を蹴ったことも後悔させてやるぞ。ちょっとだけ周りを見回してみる。女子は全員顔を下に向けて震えるようにしている。男子だって似たようなもんだ。こりゃ、援軍は期待できそうもないかな・・・。ん?1人だけ、こっちを見ている。知らない顔だ。誰だアイツ?
「なんだ?お前はっ。良い根性してるじゃねぇかよ。」
そう言われハッとして相手に向き直る。
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ふ~~む、大体こんな感じか。それで、現在に至る、と。つまり、今の俺の状況は、いきなり乗り込んできた3年生とやり合おうとした1年生と。そう言うことになるのか?まずいなぁ。さっそくやっちまった。中学生になったら大人になるんじゃなかったか?ついさっきそう決心したばかりなのに、一体何をやってるんだよ・・・はぁ、とは言ってもやっちゃったものは今さらどうしようもないよなぁ。
そう言えば、あの時こっちを見てた男子は誰だったんだろう?もしかして助けてくれようとしてたのかな?それに、玉置さんって結局誰だったんだろう。
そんなことを考えているうちに担任が教室にやってきた。
「今日はこれで解散します。明日は普通通り、八時半までに学校に来てくださいね。」
担任の女性教師が言った言葉はたったそれだけだった。解散というのだから仕方がない。また、絡まれても面倒だし、さっさとうちに帰ろう。そう思ってすぐに教室から出て行ったから、俺のことを見ていた男子と女子が教室内にいたことにはまったく気が付いてなかった。
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1990年。
60年以上続いた昭和から平成に変わって間もなくの頃。日本は未曽有の好景気に沸いていた。地価はかつてないほどに上昇し、日本全体の土地評価額はアメリカ全土の土地価格の四倍に匹敵するとまでも言われていた。金融業や不動産業は莫大な利益を上げ、人々はどこまでもこの好景気が続くと思っていた。これはのちにバブル経済と呼ばれた好景気である。
アニメでは1月から『ちびまる子ちゃん』の放送が始まり、この年の流行語大賞にまでなった。さらにその主題歌『おどるポンポコリン』も大流行し、誰もが知る音楽となった。2月にドラゴンクエストⅣと4月にファイナルファンタジーⅢが発売され、子供から大人まで夢中になった。また、ティラミスが大ブームとなり、女性たちはこぞってそのお洒落なスウィーツにのめりこんだ。
様々な事が起こった1990年だったが、いろいろな意味で古い時代が終わり、新しい時代が始まっていった。けれど、誰もがそんな時代を実感しながら生きているわけではない。この話の主人公たちもそんな人間の一人だ。舞台となるのは北の大地、北海道。札幌市のとある中学生たちだ。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
初めての投稿なので至らないところが多いと思いますが、そのあたりを含めてアドバイスを頂ければ嬉しく思います。
正直、展開が早いのか遅いのかわからないかもしれません。
それに、現代と銘打ちながら、時代は90年台。今から30年ほど昔。
よろしくお願いします。