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第二話

第二話です。

 ピエロの怪物から離れた二兎来君が、隠れた場所は奇しくも私がこの世界に入ってしまった場所と同じ、公園であった。


「ここなら大丈夫か、ふぅ……あの野郎、僕がぶっ飛ばされている間にこの子を狙おうだなんて……あと一歩遅かったら大変なことになっていたぞ」


 私を抱えたまま、公園の敷地内入り込んだ彼は、周囲を警戒しながら安堵していた。心なしか息が上がっていたので、やはり人を抱えて走るのはそれなりに疲れているようだった。


「あの、もう大丈夫だから、下ろしてもらっても……?」

「あ、ご、ごめん! 嫌だったよね!」


 別に嫌じゃ、と喉から出かかった言葉を飲み込み、今一度彼を見る。

 彼は、学生服ではなく上下黒のジャージを着ており、なぜか両手には鈍色の手甲を嵌めていた。


「あの、二兎来君、だよね? ありがとう。助けてくれて」

「あれ? 僕の名前を知っている? もしかして、どこかで会ったことが?」

「ううん。リンネから君の話を聞いていたから……」


 リンネ、と聞くと彼の表情が露骨に歪んだ。

 すごい、彼女の名前を聞いてここまで露骨に拒否反応を示す人は初めて見た。


「犬井さんか……。というと、君は皆沢陽奈子さんか? 」

「そうだけど、因みにリンネからはなんと?」

「唯一の友達だと。彼女が珍しく他人の話をしていたから覚えていたんだ」


 気まずげにそう言った二兎来君は、滑り台の階段に座り溜息を漏らす。


「はぁー、犬井さんが関わった子か。なにかあるとは思っていたけど、まさかこんなことになるなんてね……」

「二兎来君は、今なにが起こっているのか分かっているの?」

「僕のことはニトでいい。周りもそう呼んでいる……というより、犬井さんのせいで呼ばれるようになってしまったんだけど……質問の答えについては、半分理解しているといったところだね」


 二兎来君を彼女の知らないところであだ名で呼ぶ……私、元の世界に戻ったらリンネに刺されるかもしれない。

 手甲のついた手で髪をかきあげたに、ににに……ニト君は、未だに立ったままでいる私に気付くと、慌ててその場を立ち上がり、座るように促してくれる。


「とりあえず、座りなよ。あのピエロもしばらくは追いついてこないだろうし、その間に僕が知っていることを話そう」

「……うん」


 凄い気を遣われていることに申し訳なくなりながら、彼の言うとおりに座る。

 彼は時計台の柱に背を預け、腕を組む。


「改めて自己紹介をしよう。僕の名前は二兎来健。七瀬川高校の二年二組の生徒で、君の友達の犬井凛音のクラスメートでもある」

「私は、皆沢陽奈子。七瀬川高校の二年一組で……リンネの、友達です。一応」


 友達、だよね?

 一緒に帰ったりする間柄だし。


「まずは今いる世界について説明しようか。といっても僕もほとんど理解していないのだけど、確かなことはこの世界では、建物、植物、太陽、空、ほぼ全ての色が白黒になる。僕達を除いてね」


 ニト君が白黒になってしまった時計台を指さす。


「そして、基本的にこの世界の時間は進まない。勿論、”外”の時間もだ。ここは僕達が出るまで、その時が止まっている状態なんだ」

「時が止まっている……で、でもそれが分かるってことは、ニト君はそれを確かめたってことだよね!」


 元の世界に戻れる。

 その可能性に私は、食いつくようにニト君に詰め寄る。


「落ち着いて。ちゃんと順を追って説明するから」

「ご、ごめんなさい……」

「大丈夫。気持ちはよく分かっているから……」


 私の肩に手を置いて、また座らせたニト君は安心させるようにそう言ってくれる。


「この世界から出る方法は簡単だ。単純に時間が経てばいいだけ……なんだけど……」


 懐からなにかを取り出したニト君。

 見たところ、スマホのように見えるけど、使えるのだろうか?


「それって、スマホだよね? 使えるの?」

「動きはするけど電話もネットもできない。今は別の用途に使っているんだ。ほら」


 スマホの液晶画面を見せてくれる。

 画面には、37分22秒と表示されていた。


「これって、カウントダウン?」

「99分。それが、この世界に引き込まれてしまった僕達に与えられた時間。残り37分で、僕達は元の世界に戻れる」

「そ、そうなの? よ、よかった……」


 永遠にここにいるわけじゃない。

 私は安堵のあまり、体の力が抜けてしまった。


「安心するのはまだ早いんだ。君も襲われたあのピエロの化物がいる限り、安全な場所なんてない。あいつは、僕達がいるかぎりどこまでも追ってくる」

「どこ、まで、も?」

「それに、これは一度だけのことじゃない。僕がこの世界に入れるようになってしまった半年前から、何度も同じことが繰り返されている」

「半年!? 大丈夫だったの!?」

「逃げ回っていたからね。危ないときもあったけど、なんとか生き延びていられたよ。いやぁ、大変だった。あのピエロに攻撃なんて効かないし、逃げるしかないからね」


 あはは、と軽い口調で笑ったニト君。

 半年も前にこの世界にきて、しかもその間にピエロの怪物に襲われていたなんて……。


「ニト君は、辛くなかったの?」

「辛くなかった……と言えば嘘になるね。一度目なんて、訳も分からず逃げ回って、いつのまにか元の世界に戻っていて……ただの夢だと思っていたら、そうじゃなかった」

「……」


 私はニト君に助けられたけど、彼は一人だった。

 その苦しさと辛さは、私が想像できないほどだろう。


「……僕がこの世界で生き残れた一番の理由は、これのおかげだ」


 そう言って彼が見せたのは、自身の両腕に嵌められた銀色の手甲。

 思えば、これはあまりにも現実離れしたものだ。

 ニト君が持参したものなのかな?


「これは、この世界で手に入れた力なんだ」

「……力?」

「”セカンドチャンス”、僕はこの力をそう呼んでいる」

「……っ」


 なんだろう、一瞬頭に痛みが……。

 僅かに顔を顰めた私に構わず、続けて言葉を紡いだニト君が握っていた両手を開くと、光と共に彼の手を覆っていた手甲は消えてしまった。


「多分……いや、確実に、この力は君にも宿っている」

「私にも? ニト君と同じように手甲とかを?」

「それは僕にも分からない」

「その、セカンドチャンスっていうのは、どんな力なの?」


 セカンドチャンス。

 直訳すれば、二度目の好機。

 なにが一度目なのか分からないけどこの状況で役立てる力なら、使いこなせるようになりたい。

 時間はまだまだ残っている。

 その間にピエロの怪物にあってしまったら、私はニト君の邪魔をしてしまう。

 それだけは嫌だ。


「セカンドチャンス”リバース”。僕の力は生き物の時間を戻すなんだ」

「時間を戻す!?」

「ははは、大仰な能力だけど、実際はそんな大したことないんだけどね。時間を戻すといっても、時間を止めたり、進めたりもできないし。できることといったら生き物の時間だけだね」

「……?」

「ははは、ちょっと分かりにくいかな? それじゃあ試しに僕の手を握ってみて」


 銀色の手甲を出現させたニト君が差し出した手を、腰を上げた私は恐る恐る握る。

 冷たい感触だけど、なぜかドギマギとしてしまった私は動揺が顔に出ないように努める。


「”リバース”」


 彼がそう呟いた瞬間、彼の手を握っていたはずの私は、どういう訳かまた滑り台の椅子に座り込んで彼を見上げていた。

 自分の手を見て、混乱している私を見て、ニト君は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。


「君の時間を三秒だけ戻した。僕の手を握った君という地点から三秒前。滑り台の階段で僕を見上げていた地点にまで……ね」

「ご、ごめん。まだ混乱してる……つまり、私の時間が三秒だけ戻されたってこと?」


 凄い力だ。

 というより色々と出鱈目だ。

 意識はあるけど、こんなこと突然されたら混乱してしまう。


「まあ、色々と弱点はあるけどね。直接手甲で触れなくちゃいけないし、戻せる時間も限られている。戻せる範囲も、生き物と、身につけているものだけに限定されるし……。あ、でも大怪我を負ったときは便利かもね、この力で僕が大怪我を負う三秒前までに体を戻してしまえば、僕が怪我をするという三秒先の未来はなくなるからね。勿論記憶は残るけど」

「大怪我を負う未来が、なくなる?」

「うん。それでもあのピエロは倒せないけどね」


 こくりと頷いたニト君だが、この時私は、ピエロの怪物に襲われたときのことを思い出していた。

 私を突き飛ばしたニト君……だけど、その次の瞬間、赤い血のようなものが飛び散るような光景が視界の端で捉えた。

 もしかして、その時の血は……。

 多分、これを聞いても彼は知らないというだろう。短い間しか喋っていないけど、彼はそういう人だってなんとなく分かったからだ。

 少し暗い雰囲気になっちゃったから、気晴らしに話題を変えよう。


「リンネと同じクラスだって聞いたけど、普段はどんな話をしているの?」

「……う、うーん。犬井さんが一方的に僕へ話しかけてきて、僕が適当に応対する感じかな? 別に彼女のことが嫌いなわけじゃないけど、少し……いや、かなり面倒臭い人だからね。クラスメートからの視線も強くなるし」


 め、面倒臭い人……。

 リンネよ、がっつきすぎなんじゃないか?

 あの様子からどんな絡み方をしているのかは想像に難くないけど、立場的にもっと隠した方がいいと思うぞ、私は。


「リンネが何もなしに自分から話しかけるって考えられないし、切っ掛けはなんだったの?」

「雨の日に傘を貸してもらった時に少し話してね」

「へぇ」


 確かに困っている人がいたら見過ごすような性格ではない。

 だけど、それは親切心ではなく、彼女にとってそれが当然の義務と思っているからだろうけど。出会いとしては結構地味に思えた。


「どんな話をしたの?」

「中身のない話だったよ? 僕のことを聞いて、彼女が共感して会話を広げていく。最初こそは普通に会話していたけど、そのうち話すのが億劫になっちゃってね」

「え、どうして?」

「だって、全然会話する気がないんだもの。多分、あの時の会話は彼女は覚えていないと思うよ? だって、彼女が僕に話しかけていたのは、ただの作業だったから」

「作業って……」


 思い当たる節はある。

 私の時は分からないけど、私以外の人と喋っているリンネの話し方はどこかズレている。相手の話を引き出すだけで、自分のことは全く話さない。

 自分から意見を話したように見えて、それはその場での最適解であり、彼女の意思が全く存在していないのだ。だけど、それに気付く人は中々いない。

 ほとんどの人が、リンネと話せているという現実に浮き足立って、そんなことに気付けない。

 恐るべしは、パーフェクトヒューマンリンネに他ならないけど、ニト君はそれに気付いた。


「面倒臭い生き方をしているなぁって思ったよ。だって、何の為に人と関わっているのかすら分からない接し方だったからね。これじゃあ、会話をしないほうがより人間らしいとすら思えたよ、僕は」

「……」


 面倒臭い生き方。

 リンネを見て、そんな言葉が浮かんだニト君が素直に怖いと思った。


「それで、つい色々言っちゃったら、興味を持たれてしまったんだ。それから先は、人が変わったようにハイテンションになって話しだしてね。終いには、僕の家にまでついてこようとするから、滅茶苦茶困ったよ」

「……そ、そうなんだ……」


 そこまでされておいて困ったで済ます彼も色々と図太いなぁ。リンネのことだから、多分住所は突き止めているんだろうけど。

 でも、その時のリンネの反応を見てみたい。多分、いつもの笑っていない笑顔を浮かべることさえ、忘れて、これはもう素っ頓狂な表情になっていただろう。

 なにせ、気付かれるとは思わなかった自分の本心に気付かれたのだから。


「……」


 もっと、彼のことを知りたい。

 この状況で出会ったただ一人の人間ということもあるし、リンネが唯一心を許そうと語った人でもあるからだ。

 ……問題は、この好奇心をリンネがどう思うかだ。

 脳裏ににやりと全然笑ってない笑みで、にじり寄ってくるリンネの姿がよぎり、背筋が冷たくなる。

 べ、別に人柄をしるくらいなら、全然許してくれるでしょ。

 うんうん、と一人でに頷いた私は、顔をあげて彼に今度は別の質問を投げかける。


「それじゃあ、ニトく――」

「っ、皆沢さん!!」

「え?」


 しかし、彼の名を呼ぼうとした瞬間、彼が私の腕を掴み引き込んだ。

 引き込まれた私は、そのまま彼に放り投げられ公園の地面を転がる。

 何を!? 混乱した思考のまま、彼がいる方を見て思考が停止する。

 私を放り投げた彼は、公園のしげみから顔だけを出したピエロの怪物が突き出した鋭利な爪に貫かれていた。

 悲鳴が私の口から飛び出す。


「いやあああああああ!?」


 彼の口から血が零れ、爪に貫かれた箇所からは凄まじい量の血が滴る。

 苦しみに表情を歪める彼の顔を覗き込んだピエロはけたけたと不気味な笑い声を上げた。


『きひっ、いひひひ! がう! おぁえ、ちが! ぎひ!』

「かは……、彼女じゃなくて、残念だった、なぁ!!」


 瞬間、爪に貫かれた彼の姿がかき消えた。

 彼の足下に溜まっていた血さえも消失してしまった。

 消えてしまった彼にピエロだけではなく私までもが驚いていると、ピエロの顔面に時計台から飛び出したニト君が繰り出した拳が叩きつけられた。

 滑り台に叩きつけられるピエロに。


「忘れたのかぁ!? 僕を殺したければ頭を潰すしかないってことをよぉ!!」

『ぎひぃ……』


 腕を振り切った彼の体には傷らしい傷は見当たらない。

 確かにニト君は刺されたけど、戻ったんだ……三秒前の彼に。

 セカンドチャンス、リバース。彼の、生き物の時間を戻す能力。


「ニトく――」

「皆沢さん! 君は逃げろ!! こいつは僕が足止めをするから……!」

「でも!」

「僕にはこいつを倒せない! いいからっ、早く!」


 ピエロが振るう爪を拳で弾くニト君。

 その動きは、明らかに普通ではなく、まさに人間離れしていた。それだけで、彼がどれだけの修羅場を潜ってきたのかを分からされる。

 だけど、そんなニト君がピエロの体に拳を叩きつけても、その攻撃は効いているようにも見えない。

 彼の攻撃は、ピエロの体を覆う何かに弾かれてしまっている。


「に、逃げなきゃ……」


 彼の言うとおり、ピエロは倒せるような存在じゃない。

 ニト君がどれだけ強くても、そういう存在なんだ。

 今の私にできるのは、早く彼が逃げられる状況を作るために、この場を離れなくちゃいけないんだ。

 一刻も早くこの場を離れようとすると、ニト君と戦っているピエロが、グリンと首を回転させ、こちらを振り向いた。


『に、げ、ぅなぁ!!』

「ひっ!?」


 ぎょろりとした目が赤く輝いたかと思うと、私の足がなにかに縛り付けられたように固められてしまった。

 呼吸はできるけど、その場から動くことができなくなった私を見て、ニト君が血相を変えた。


「まさか、今までそんな技は……。……ッ!」

『げげげげぇ!!』

「っ、皆沢さん!」


 動けない私を見て、爪を振り回しながら近づいてくるピエロ。

 ピエロよりも近い位置にいたニト君が慌てて、ピエロと私の間に入り、振り下ろされる爪を弾くが、もう片方の爪が彼の脇腹を切り裂いた。


「ぐっ……」

「ニト君!?」


 しかし、彼は自身の能力を使わない。いや、使えないんだ。

 彼が少しでも前の時間に戻ってしまったら、無防備な私がピエロの前に晒されてしまう。

 だから、彼は傷を負ってもそれを戻すことができないし、回避することもできない。

 相手のピエロも、一瞬以上彼の手甲と打ち合わずに小刻みに彼に爪を叩きつけている。


「ハッ、僕の能力は知り尽くしているって、ことか! これじゃあ、お前もろとも戻ることもできやしない!」


 脇腹からとめどめのない量の血を流しながら、爪を全て弾くニト君。しかし、全部の攻撃を完全に防いでいるわけじゃない。

 ピエロの爪は確実の彼の体を傷つけていく。

 それでも、彼は逃げはしなかった。後ろに動けない私がいるから……。


「逃げて、ニト君……私なんて、見捨てて……」

「できるわけ、ないだろ! それこそ終わりだ!」


 私の言葉を突っぱねたニト君。

 彼一人なら、こんな状況になんてならなかったはずだ。

 彼一人だけだったなら、能力を使えない状況にならなかったはずだ。

 私のせいで……間抜けにもピエロの術中に嵌まってしまった私のせいで、こんなことになってしまった。無力感に苛まれ、なにもできずに足手まといになってしまった自分を忌々しく思う。


「諦めるな!」

「っ、ニト、くん……」

「僕は、まだ諦めてない! それなのに、君が諦めたらっ、僕が体を張っている意味がなくなる!」


 傷だらけになりながらも、彼の目は死んでいなかった。

 そうだ。どうして私が諦めているんだ。

 彼は、私の為に諦めずに戦っていてくれている。


「ニト君! 頑ば―――」


 頑張って、そう言葉にしようとした瞬間、私の目前にピエロの鋭利な刃物が突きつけられた。

 でも目の前にはニト君の背中がある。

 どうして、ニト君の背中から、ピエロの爪が生えて――、


「ごぼ……」

『イヒッ、イヒヒ!!』


 地面が、赤く染まる。

 頬に目の前から飛んできた赤いなにかが張り付く。

 私は震える手で、頬を触る。


「あ、ぁ、あああ……」


 とまとのように赤い、血がべっとりと私の手を濡らしていた。

 心臓が早鐘をうつように鼓動する。

 焦点があわないまま、顔を上げると、そこには絶望の景色が広がっていた。


『つ、ぁ、まぇたぁ』

「くっ、お、前ぇ……!」


 胸を貫かれた宙づりにされるようにピエロに捕まっていた。

 高く掲げられた彼の胴体をもう片方の手で、掴んだピエロは傷口から爪を引き抜くと、勢いのままに彼の胴体を握りはじめた。


「く、そ……リ、バー……」

『だ、めえ!』


 すぐさま時を戻そうとした彼が、ピエロと目を合わせると、焦点が合わなくなり硬直してしまう。その隙にピエロはより強く彼の体を潰しにかかった。


「が、あああああああああ!?」


 彼の体が軋む音と、叫び声が公園の響く。

 それを、私は何もできずに見ていることしかできない。

 彼を助けたい。

 でも、私には彼を助けられる力なんてない。

 私の頭の中に、覚えのない記憶が過ぎる。


―――怪物に握りつぶされ、血だらけになった彼の姿。

―――意識が朧気な彼を手の中で見たピエロは、大きな口を開けて、彼の頭を、そのまま―――


「ぁ、あああ……!」


 このままじゃ、この記憶の通りになる。

 彼が、死んでしまう。

 ”前”と同じように、私を守って死んでしまう。


「駄目だ……駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ!!」


 そんなことがあってはならない!

 今彼を死なせたら、私は何の為に……何の為に、今を繰り返しているの!?


「ここで逃げたら、前と同じだ! 私は、守られてばかりじゃ駄目だったんだ! 今度は、私が貴方と一緒に頑張るって! 私が、貴方を助けるって! もう、貴方が私達の全てを背負わなくてもいいって……!」


 自分がなにを言っているのか分からない。

 口から吐き出された言葉は、私の耳にも認識できない。

 分からないけど、今逃げるのは絶対に駄目だ。

 私は、間違ってはいけない。

 彼に守られてばかりじゃいけない。

 それだけの一心で、心を苛む恐怖を抑え込む。


「セカン、チャン……ス」


 心に浮かんだ言葉を紡ぐ。しかし、それは掠れた声となって誰の耳にも聞こえることなく消える。

 次は、大きく息を吸って今度こそ、その言葉を叫ぶ。

 それは、私に与えられた唯一無二の力。


「”セカンドチャンス”!! 私は……! 私はぁ……ッ!」


 私の手の中に光が溢れる。

 輝かんばかりのそれを握りしめた私は、瞳からとめどめのない涙を流して感情のままに、むき出しの心を叫んだ。


「二度目の世界で貴方を救うって約束した!」


 体の束縛を脱した私は、十字の刃が取り付けられた”銀色の槍”を持って走り出した。


「ぁああああああ!!」


 絶叫にも似た叫び声と共に転びそうになりながら、槍を構えピエロへと突撃していく。

 力の限りに突き出した槍は、握りつぶされていくニト君を見て笑っているピエロの脇腹に深々と突き刺さった。


『ぎ、え、あああああああああ!?』


 ニト君がどれだけ殴っても平気な顔をしていたピエロが痛みに悶え絶叫する。

 傷口からは、黒色の霧が噴き出す。

 私は槍を握ったまま、荒い息を吐き出すだけで動けなくなってしまった。今になって、恐怖が私の体を支配していたからだ。

 動けない私に、ピエロが爪を振るい切り裂こうとする。


『ひ、な、なぃ、ぎええええ!!』

「っ、あ―――」


 死んだかも、と他人事のように迫り来る爪を見てそう思っていると、後ろから飛び出してきた腕が、ピエロの爪を弾いた。

 この銀色の手甲は……っ!

 私は、先ほどの恐怖を忘れ、涙ながらに後ろを振り返った。

 そこには、脇腹を押さえたニト君が私のすぐ後ろに立っていた。


「ニト、君」

「ありがとう、皆沢さん。君のおかげで助かった。君の勇気が僕を救ってくれたんだ」


 槍を握る私の指を丁寧にほどいた彼は私を後ろに下がらせ、苦痛に悶えるピエロの前に立つ。


「そして……ようやくこいつに”楔”が打ち付けられた」

『ぎぃぃ!!』

「この世界に存在を固定させられてしまったお前は、もう無敵じゃない。ようやく、お前を繋ぎ止める存在が現れたんだ」

『ち、がぁ……ちがぁ!』

「違わないよ。お前は、一つの存在として、ここにいるんだ」

『あ、ぁ、ぎぃぃぃぃ!!』


 狂ったような叫び声を上げたピエロが大きな口を開いて、脇腹を押さえたニト君へ飛びかかる。

 時間を戻しきれなかったのか、傷が体中に残っている彼は、襲いかかってきたピエロに悲しげな表情を浮かべ、大きく振り回した右拳をその顔面に叩きつけた。

 彼の拳は、ピエロの顔に深くめり込み、その巨体を大きく後ろへ吹き飛ばした。


『ぎゃあああああぁ……ぁ……ぁ……』


 断末魔を上げたピエロは両手で顔を押えるうずくまると、粒子となって跡形もなく消えてしまった。

 それを見届けたニト君は、重い溜息を吐いた後に、脇腹を押えて顔を顰めると、ゆっくりと地面に座り込んだ。


「ニト君っ、大丈夫!?」


 脇腹からは血が滲み、上半身は傷だらけ、そんな状態の彼に慌てて駆けよると、心配いらないとばかりに手で遮られる。


「ちょっと待って、皆沢さん。中途半端に怪我を戻してたから、今完全に戻す」


 十秒ほど、その場で目を瞑っていた彼の姿が消えると、すぐ近くに無傷の彼が現れる。

 無事な彼を見て、私は安堵のあまりへたりこんでしまった。


「よし、完治。いやぁ、今回ばかりは死ぬかと思った」

「良かった、本当に良かった……!」

「うおぉ!?」


 感極まった私は、彼に抱きついてしまう。

 脳裏に包丁を研ぐリンネの姿が過ぎるが、そんなことが気にもならないほどに、私は彼の生存を喜んだ。慌てる彼に構わずひたすらに喜びを噛みしめていると、周囲の景色が不自然に歪んだことに気付く。


「え?」

「そろそろ出られる時間だね」


 周りの変化に呆気に取られている内に、やんわりと私を引き離したニト君。


「世界は元の形を取り戻す。……皆沢さん、今日は本当に助かった」

「それは私の台詞なんだけど……」


 彼には守られっぱなしだった。

 それなのに、お礼を言われるのは私としても逆に申し訳ない気持ちになってしまう。


「いいや、君がいなければあいつを撃退することはできなかった。君の槍が、あいつの存在を確かなものにさせたんだ」

「撃退って、あのピエロは、ニト君が倒したんじゃ……」

「いいや。言っただろう? 僕にはあのピエロを倒せないって」


 世界に色が戻っていく。

 だけど、私は素直にそれを喜べなかった。

 あのピエロは、まだ倒せていないと言うことは、またこの世界に来た時は襲われる危険があるということだ。


「あれは、君にしか倒せない。僕が……そうであったように、君が自分の力で殺すしかないんだ」

「な、なにそれ……嘘……だよね?」


 傍らに転がる銀色の十字の槍。

 これで、あのピエロを倒さなければいけない。

 できるわけがない、そんなの私には無理だ。絶望のあまりニト君に縋り付くが、彼は一度悲しそうに目を瞑ると、自身の能力を解除して手甲を外した手で、私の右手を握りしめた。


「僕がいる。君は一人じゃない。戦う術も、能力の使い方も教える。君が危なくなったら僕が盾になろう。だから、一緒にあいつを倒そう」


 悪夢と、同じように握りしめられた右手。

 その暖かさに、私は救われたような気持ちになった。この人と一緒なら、どんな困難も越えていけるかもしれない。

 我ながら簡単だなって思ってしまうけれど、彼が私を騙すような悪い人じゃないのは分かりきっていた。だから、私はニト君を信じて、一緒に戦おう。

 そう思い、彼の手を握り返した瞬間、首筋に電撃のようなものが走った。


「……ひっ」


 咄嗟に首元を触るが、なにもない。

 首をさすりながら、ニト君の方を向いた私は、彼の後方に先程まで存在しなかった黒いなにかがいることに気付いた。

 白黒の世界に黒い装束に身を包んだ誰か。

 男性か女性か分からない人影に慌てた私がニト君に知らせようとすると、それと同時に色を取り戻していく世界が、最初と同じように裏返った。


「……あ!」


 驚いて目を瞑ってしまった私が、次に目を開けると私とニト君は暗闇に包まれた公園の中心にいて、彼の後ろにいた黒装束の人影の姿は消えてしまっていた。

 しかし、未だに首元にビリビリとしたなにかを感じる。

 まるで、誰かに見られているような、殺気を向けられているかのような感覚だ。どうしてそんなことが分かるのか、自分でも理解できない。


「気のせい、なのかな?」

「どうしたの? とりあえず、そろそろ手を離してくれるとありがたいんだけど……」

「え、あ、なんでもない」


 時計台を見れば、長針は動いている。

 私とニト君は無事に元の世界に帰れた。

 しかし。まだ私の身に降りかかった異常事態は終わってはいない。一人だけだったら、折れてしまっていたかもしれないけど、今は一緒に戦ってくれる彼がいる。

 だけど、今この時だけは確かな喜びに浸りたい。

 そう思った私は、彼が離そうとした手を強く握りしめ、ただひたすらに元の世界に帰れた喜びを噛みしめるのだった。


主人公以外のキャラの名前と設定は考えるのが少し面倒でしたので、別作品から少しもじって流用させていただきました。

主人公のヒナコの立ち位置は少し珍しいタイプで、一生懸命に頑張る二兎来を見ているというものでした。


更新についてですが、もう一つの作品の方を優先させなくてはなりませんので、もしかしたら短編扱いになってしまうかもしれません。

一応、練習作品のようなものでしたので。

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