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第一話

初めまして、くろかたです。

突発的に思いついた話を書いてみました。

シリアスものの練習でもあります。

 灰色の空が見えた。

 赤く濁った雲が見えた。

 私は、仰向けのまま空を見上げていた。

 どうして、こんなことになったのだろう?

 私は、ただの学生として、普通に暮らしていたはずなのに。

 体は動かず、呼吸もままならない。

 地面と接する体は、何か生暖かいものにひたされて気持ちが悪かった。

 視界に映る全ての景色は、とまとのように真っ赤な雲と灰色の空に占められて、陰ることのない空に私は、どうしようもなく悲しくなって、声を出そうとしたけれど、私の喉からそれが発せられることはなかった。

 自由のきかない体と、言葉を発せない自分がどうしようもなく怖くなった私は叫び狂うように、掠れた声を漏らした。


「―――」


 だけど、声は出せずに喉からは鉄臭いなにかが溢れ、呼吸ができなくなる。

 苦しくて、辛くて、咳き込むことすらできないまま、声にならない叫びを上げる。


「目覚めたかな」

「―――」


 そんな時、私の真っ赤な視界の中に、誰かが入ってきた。

 私を覗き込む、黒髪の男の子。

 私と同じくらいの年頃の男の子は、前髪に隠れた目で倒れ伏す私を見下ろした。その男の子の瞳に晒された私は、動かないはずの体を震わせた。


「これは君の問題だ。皆沢陽奈子」


 彼の瞳は、泥のように濁っていた。

 光もないし、何も映さない。魚が死んだような目だとか、そういうのではなく、本当に人が死んだような、そう確信できる目をしていた。

 でも、この人は皆沢陽奈子と、私の名前を呼んでくれた。

 名前を呼んでくれただけで、なぜか今の私にとって何よりも嬉しかった。

 たすけて、と彼に伝わるように唇を動かすと、彼は申し訳なさそうに首をゆっくりと横に振った。


「―――」

「ごめん。君を助けることはできないんだ。君はもう終わるし、ここもじきに終わる」


 助けることはできない。

 その言葉に、私は諦めずに彼への助けを求める。

 しかし、彼は手を差し伸べてはくれなかった。


「助けを求める事は間違ってはいない。でも僕は、君を助ける事はできない。この問題は、全てひっくるめても君が悪いから……。可愛そう、と同情しても君には手をのばすことはできない」


 倒れ伏す私を見下ろし、そのまま言葉を続ける少年。


「事態は既に終わっているんだ。今の時点からの後戻りはできない。世界は終わってしまったんだ。君が死んで、君が終わらせてしまった」


 死んでしまった。

 彼の言葉に、瞳に涙が零れる。

 涙のにじんだ視界が血のように赤く染まる。


「困惑しているだろう? 何が起こっているか分からないだろう? どうして、”現在”の君と面識のない僕が、さもここまでの経緯を理解しているかのように話しかけているか混乱しているだろう?」


 灰と赤に染まった世界の中で、彼は無表情に私に語る。

 子供に言い聞かせるように、静かで優しく理解させようと。

 助けはないと知って、絶望に暮れていた私は、なぜか彼の声に酷く安心してしまった。


「君達の死には大きな意味がある。一度目は避けようのない運命だったけれど、二度目の運命を変える力を君は今、手に入れた」


 彼は、私の傍らにしゃがみこむと、動かない右手を両手で優しく包み込んだ。


「だけど、勘違いししないでくれ。この”二度目のチャンス”は一回きり、三度目はない。だから、微かに残った心に刻みつけてくれ。君は既に一度目を失敗している。無残に、残酷に、凄惨に、世界すらも巻き込んで全て死に至らしめた殺戮者だ、と」


 冷淡な口調。

 されど、その言葉に私が反応を示すことができない。

 それでも彼は私にどこか懇願するように語りかけてくれる。


「でも、僕は知っている。君は優しい心を持つ人だと、どんな逆境にも負けない強い女性だと。そんな君が、次に負けることなんてないことを信じている」


 私の手を握った彼の手に光が溢れる。

 光が強くなっていくごとに、彼の目に生気が戻り、また彼の顔が鮮明に見える。

 普通の顔立ち……だけど、彼の姿を見て、どうしようもなく嬉しくなって、悲しくなった。


「だから、僕は前と同じように君に賭けよう。【セカンドチャンス】、コンテニューの時間だよ。次の失敗で君が世界を破滅に導かないように頑張って。僕も頑張るから、一緒に世界を救おう」


 灰色の空が青く、元の色に戻っていく。

 その光景は、私にとって不思議なものだった。

 まるで、世界が元に戻るように逆再生していく光景は、すごく幻想的で、儚げで―――、


 ―――とても、残酷なものに思えた。



「わぁぁ―――っ!!」


 叫び声を上げて、私、皆沢陽奈子は机から転げ落ちた。

 すっごく嫌な夢を見た。

 泣きそうなくらいで、吐きそうなくらいの気持ちの悪い夢を見てしまった。

 後味の悪すぎる夢に瞳に滲んだ涙を拭った後に、慌てて手元を確認すれば、拭った涙は赤くなくてなぜか安心してしまった。


「あー……怖い夢だったぁー」


 もう、どうして気持ちよく眠っていたはずなのに、怖い夢なんて見ちゃうのかなぁ。

 しかも、内容なんてほとんど覚えてないし!

 床に転げ落ちた際に乱れた肩ほどまでの髪を整えながらそう呟くと、それに返事をするように誰かが私の元へ歩み寄ってきた。


「そうか皆沢。怖い夢だったか」

「えぇ、凄く……それは、もう吐きそうなくらいで、ヤバかったです。地獄ですね、ほんと」

「ほぉ、悪夢を見るほど俺の授業は吐きそうなくらいの地獄だったってことか?」

「はい……って、あれ?」


 地面に転げ落ちたまま声の主を見上げると、そこには現国教師、鬼怒川が目元をひくつかせて笑顔で私を見下ろしていた。

 周りを見れば、自分を見ているクラスメート達。

 つまり、自分は授業中に居眠りし、あまつさえ絶叫して飛び起きるというポカをやらかしてしまったらしい。


「皆沢。お前には特別課題を出してやろう」

「……はい」


 顔に熱を感じながら椅子に座った私に、クラスメート達はクスクスと笑みを浮かべる。

 ここ、七瀬川高校における一年間と半分の学校生活においての最大のポカ。高校二年生にもなって授業中に叫び声をあげて目が覚めるという失態を見せてしまったことに、恥ずかしいやら、情けないやらで顔に熱が上がってしまった私は、周りからの視線から隠れるように教科書で顔を隠し、残りの授業時間を乗り切るしかなかった。



「はっはっはっ、小学生かおのれは」

「高校生だよ!」


 学校が終わった帰り道。

 友達と一緒に帰っていた私は、今日の現国の授業の醜態を散々とからかわれていた。


「いやいや、分かっているよ。でも、怖い夢を見て絶叫ってのはおかしいだろう。これが笑わずにはいられないよ」

「うぐぐ、その笑顔すごい殴りたい……」


 隣のクラスの友人、犬井凛音(いぬいりんね)

 同性が羨む綺麗な黒髪と、同性が羨む美貌の持ち主。その上スポーツ万能で、勉強もできるという理不尽スペックの持ち主でもある。

 友達になった経緯はよく覚えていない。

 単純に一年生の頃に席が隣だったという理由かもしれないし、いつのまにか意気投合し友達になっていたかもしれない。時々、あれ? どうしてこんな完璧人間と友達なんだっけ? と何度も思い知らされる友人と帰路を共にしていた私は、隣で未だに爆笑しているリンネの肩を殴りつけた。


「はははっ、ごめんごめん。いやはや、あのヒナコを絶叫させる夢とは、私も興味があるなぁ」

「本当に怖い夢をみたんだよ……」

「怖い夢といっても、色々あるじゃない?」

「本当に尋常じゃない怖い夢だったんだよ! もう、色々デロデロしてたし、血みどろブシャーって感じでもう壮絶な感じなの!」

「いやいや、抽象的すぎでしょう……どんな内容なの、その夢は」


 どんな夢だったか、と考えると不思議と内容は思い出せない。

 微妙な表情を浮かべ、首を傾げるとリンネは「やっぱりか」と言わんばかりに憎たらしい笑みを浮かべた。


「なるほど、どういう夢だったか思い出せないパターンね。うん。あるあるだね。そういうの」

「その反応なんかすごいむかつく……!」


 なんだその私が思い出せないのは分かりきっていたという顔は。

 私は完璧超人の友人でもはっ倒すぞ……!

 わなわなと震えながら、へらへらと笑うリンネへの復讐を行おうとすると、ふと、悪夢の中で覚えていることがあることに気付く。


「あ、でも覚えていることがあったよ」

「ん、悪夢の中で覚えていること?」


 悪夢の内容はほとんど忘れてしまったけれど、なぜか鮮明に覚えていることが一つだけあった。


「男の子がいた。同い年くらいの、すっごい目が死んでいる男の子」

「ふーん?」

「私を見下ろして、何かを喋った後に、手を握って、ピカーって光って、それで目覚めた……ような気がする」


 右手を開いたり閉じたりする。

 夢の中のできごとだけど、不思議と手の感触は覚えていた。

 とても、温かい手だった。


「そういうのは正夢になるかもしれないね。ほら、夢で出会った人が運命の人だとか」

「う、運命の人……え、えぇ、そんなことあるのかなぁ? でも、本当にあったら困っちゃうなぁ~」

「うわぁ、驚くほどの恋愛脳……半分冗談なのに……」


 隣でやや引いているリンネを無視して、夢の中の男の子とのロマンス的な出会いを想像する。

 悪夢の中での出会いだけど、それが吊り橋効果的な作用で逆に絶好のシチュエーションなのではないかと思ってしまう。

 だけど、それでもあの悪夢の中は苦しかった。

 覚えていないけれど、恐ろしかった。まるで、体から大事な何かがこぼれ落ちて、周りが全てバラバラになってしまったかのような喪失感。

 きっとこの気持ちは、誰にも理解できないとさえ思えてしまうほどにありえない夢であった。


「……もう一度、見れないかな」


 しかしそれでも、もう一度見たいと思えた。

 悪夢をもう一度見てみたいとか頭がおかしくなったと思われるかもしれないけど、怖い思いをもう一度したいとかそういうことじゃない。

 私は、あの悪夢でなにか大事なことを忘れてしまっていた。

 あの男の子がいってくれた、言葉が頭の中から消えてしまっていることに、私は妙な寂しさと焦燥を抱かずにはいられなかったのだ。

 顎に手を当て考えこんでしまう。

 家に帰ってすぐに寝れば同じ悪夢を見れるのだろうかだとか、もう一度、鬼怒川の地獄の現国の授業で居眠りをすればいいのだろうか、と思考を巡らせていたその時、私の隣を一人の男子生徒が自転車で追い越していった。

 それだけなら普通なのだけど、自転車に乗った男子生徒の顔を見て、私は驚きのあまり立ち止まってしまった。


「……あ」

「うん? どうしたのヒナコ?」

「あ、あああ、あれ!」


 驚きに目を見開き、隣を追い越していった一人の男子生徒を指さす。

 うちの高校の制服を着た身長170㎝ほどの普通の男子生徒。特別特徴のないように見えた男子生徒だが、私は驚かずにはいられなかった。

 男子生徒を見たリンネが、僅かに目尻をつり上げながら私を見る。

 その視線はどこか、私を訝しんでいるようにも思えた。


「……彼がどうしたの?」

「あの人が、私の夢に出た人なんだよ!」


 頭の中で鮮明に映し出された男の顔。

 それが、つい先ほど、自分を追い越した男子生徒と同じだったのだ。

 こんな偶然があるのか? 顔も、名前も知らない人が、私の夢に出てくるとか、これは最早リンネの言うとおりに運命ってやつなのではないか?

 リンネ曰く、恋愛脳に侵食された私は、すぐさま自転車に乗った男子生徒を追いかけるべく駆け出そうとする。

 しかし――、


「待て」

「ぐぇ!?」


 それを声色を低くしたリンネに制服の襟を掴まれることで止められる。

 いきなり襟を掴むから乙女らしからぬ声を漏らしてしまったじゃないか!! 

 少しばかり怒りながら、背後を振り向くとそこには真顔になったリンネがいた。いつも、朗らかな笑顔を浮かべている彼女がこのような表情を浮かべているのは珍しい。


「彼は駄目だ」

「なんで!? リンネの知っている人!?」

「彼の名前は二兎来 健(にとらい けん)。私と同じクラスの男子生徒だ」

「そ、それがどうしたの?」


 ちょっと待て、リンネから男子生徒の名前を聞くのは初めてじゃないか?

 言うにも及ばず異性問わず好意を寄せられる彼女が、一人の男子生徒の名前を覚えている。それは、かなり……いや、とてつもなく異常なことなのではないか?

 ごくりと生唾を飲み込んだ私に、リンネは薄く笑みを浮かべた。


「彼は今、私が攻略しているから駄目なんだ」

「……? ……!?」


 攻略中?

 攻略中ってなんだ?

 攻略する前に陥落させることが可能なリンネが攻略と表現した!?

 混乱する頭で、彼女の言葉を必死に理解すること十数秒、ようやく理解することができた私が取った行動は――、


「え、えええええええええええ!?」


 押さえきれない驚愕を、叫ぶことであった。



 噂だけは知っていた。

 犬井凛音には、好きな異性がいる、と。

 学校中で噂にはなっていたが、そんなことリンネから聞いたことはないし、私もあのリンネに好きな異性がいるということを信じられなかったからだ。

 実際、犬井凛音という少女は、誰かを好きになるとか、そういうことを想像できない人物であった。

 彼女のことを一年見てきて、彼女が本当の意味で笑っていたり、感情を表に出したところを見たことがない。

 でも、今目の前にいる彼女は――、


「フフフ、ニトくんはな。私が唯一心を許してもいいと思った人間なんだ」

「へ、へぇ……」


 ファミレスにてドリンクバーのコーヒー片手に、惚気話を私に聞かせていた。砂糖が吐きたくなるというのはこんな心境なのだろうか。

 店員さん、このコーヒー全然ブラックじゃないです。甘々です。砂糖入れてないのに甘々です。このままじゃカフェイン中毒になりそうです。

 というより、何気に唯一心を許したって……私には許してないんかい!?

 しかしこんなにも上機嫌なリンネは珍しいので、そんな愚痴染みた台詞を堪える。


「そ、そのニトくんってのは……」

「うん? ああ、二兎来の二兎で、ニトくんだ。本人は嫌がっているけどね」


 渾名……!?

 な、なんてレベルが高い……。

 友人の新たな一面に戸惑いっぱなしの私は、彼女の言う二兎来くんがどうして彼女にこれほどまでに好かれているのかが気になった。


「それで、リンネと二兎来くんはもう付き合っているの?」

「ん、いいや」

「え……」


 あれだけの惚気を聞かされて、付き合っていないとか信じられないのだけど。

 というより、容姿端麗、才色兼備のリンネにして落ちない人間がいるのだろうか。

 リンネは頼んだチーズケーキを食しながら、私を見やる。


「だから攻略中。彼はとてつもなくガードが硬くてね。どんなに好意を寄せてものらりくらりと躱されてしまうんだ」

「え、嘘、そんなことありえるの?」

「ありえるから、こんなに楽しいんじゃないか」

「楽しい……?」


 楽しいって、どういうこと?

 首を傾げた私の疑問にリンネは笑みを浮かべる。


「簡単な恋よりも、難しい恋の方がいい。私は、容易く墜ちてしまう周囲ではなく、たった一人の個人を求めた。それだけの話だよ」

「たった一人の個人……」

「なにより、彼だけが私の本心に気づけた。それだけで私が惹かれるには十分な理由さ」


 なんとも置いていかれた感がいなめないのはなぜだろうか。

 正直、リンネは誰とも一緒になることはないだろうな、と思っていたのだけど、見事に裏切られてしまった。

 しかし、リンネがこれほどまでに入れ込む二兎来くんかぁ……。


「……人間なの? それとも仙人?」

「次、彼を貶すようなことを言ったらヒナコでも怒っちゃうかなぁ」

「じょ、冗談だよぉ。本気にしないでよぉ」


 目がマジだった。

 殺し屋の目だった。いや、実際にあったことないけど。

 フォーク片手に剣呑な雰囲気を出すのはやめてほしい。

 でも、二兎来君が私の夢に出てきたのは間違いないんだよね。


「……一度会ってみたいなぁ」

「女狐かな? それとも泥棒猫かな? やることは変わらないから私はどっちでも構わないけど?」

「ケーキざくざくしながらこっち見ないで!? そんな意図は全然ないから!!」


 リンネのちょっとヤバい面に怯えながら、必死に色恋沙汰とかそういう思いがないことを主張する。

 恋は盲目とか、そういうレベルじゃないくらいにご執心な彼女の邪魔をしようだなんて思えるはずがない。

 私は、引き攣った笑顔を浮かべながら、手をつけていなかったケーキを食べ始めるのだった。



 剣呑モードのリンネと別れ、自宅に帰ることには夜の19時を回っていた。

 すぐさま夕食とお風呂に入り、学校の勉強を終えた頃には23時。

 机の前で背伸びをした私は、椅子に背を預けて大きな欠伸をする。


「ふぁーあ、あのリンネがねー」


 今日なんども驚いたけど、まだ信じられない。

 誰もが惹かれ、心を奪われる彼女が、逆に心を奪われてしまうなんて。

 しかも、その相手はリンネですらも手こずる男子だ。ある意味でリンネよりも凄まじいと感じてしまうのはおかしくはないだろう。


「普通の人だったんだけどなぁ……」


 自転車に乗っていた彼は、普通の男子生徒だった。

 リンネがいうような凄さも感じなかったし、むしろ地味とさえ思えた。

 でも、そう思う一方でリンネが興味を持つ理由も分かるような気もしていた。


「リンネは、多少の特別では靡かない」


 スポーツで優秀な成績を収めても見た目がかっこよくても彼女にとってはそれが普通で、自分にできることを誰かに誇られて自慢されても、別段凄いと思えないのと一緒なんだと思う。

 そう考えると、目に見えるものではなくて、彼女にだけ分かる”なにか”が二兎来くんにはあったのだろう。


「……羨ましいなぁ」


 夢中になれることがあって。

 私には、それがない。これといった趣味もなく、やりたいこともないし、部活にもはいっていない。高校生活もこれといった楽しみを見いだせない。

 もしかしたら、私は自分が思うよりもずっと無感動なのかもしれない。


「寝よ」


 こんな暗いこと考えても虚しいだけだ。

 まだ寝るには早い時間だけど、陰鬱な気分のまま過ごしていても何も楽しくないから、さっさと寝て気分を一新させよう。

 すくりと椅子から立ち上がり、ベッドに倒れ込むように寝そべる。

 自分が思っているよりも疲れていたのか、すぐに眠気に襲われた私は、それに身を任せゆっくりと目を瞑る。



 微睡みの中。

 私は、どこかへ歩いていた。

 行く先は分からない。だけど、声は聞こえていた。

 頭の中へ、響く声。

 深く、重く、それでいって何十にも重なった声。


―――目覚メ、始マリ


 そうだ。

 目覚めなくてはいけない。

 目覚めて皆を救わなければならない。


―――世界ハ、試サレル


 試さなければいけない。

 それが、皆の為だから。


―――コレハ、七ツノ楔


 そう、私は四つめの楔。

 人類に『   』を及ぼす者。


―――守ラナケレバ、世界ハ潰エル


 私は守らなければいけない。

 生きなければ、世界は終わってしまう。


―――生キテ、足掻ケ。ソレガ、貴様等二唯一残サレタ、救済デアル


 それが、私の役目。

 『セカンドチャンス(さいごのきぼう)

 7度滅びた世界で、2度目の救済を始めよう。



 気付けば、私は誰もいない公園の中心に立っていた。

 暗闇に包まれた真っ暗な公園の中で、意識を取り戻した私は肌寒さと、地面の冷たさに震えた。驚きに声も出せずに足下を見れば、私は靴も履いておらず、裸足でここまできたようだ。


「え、あ……なん、で……こんな、ところに……」


 ちゃんとベッドで寝たはずだ。

 自分に夢遊病じゃないはずだ。

 なら、どうしてこんなところにいるの?

 今にも狂いそうなくらいの困惑を必死に押しとどめ、公園で唯一明かりを放っている電柱に照らされた時計台を見る。


「1時。……ここは、近くの公園のはず、だよね……」


 寝たときは、24時くらいだったはずだ。

 ということは、一時間の間、私は意識もなくふらっとどこかに歩いて行ってしまったことになる。

 ……まさか、今までも意識のないままどこかをほっつき歩いていたとでもいうのか?


「びょ、病院だよぉ……絶対、普通じゃない。こんなの……」


 今までよく事故に遭わなかったものだ。

 こんなことリンネに知られれば、心配されるどころか爆笑されるに決まっている。私は知っているんだ。あの娘が、そういう愉快な性格をしていることを。

 脳裏にけらけらと笑うリンネの顔がよぎり、顔を青くさせた私は裸足のままに公園を出ようと歩き出す。


「とりあえず、帰らなきゃ」


 このままこんな所にいたら風邪を引いてしまうし、警察に見つかりでもすれば職質間違いなしだ。どんな理由を話しても問題になってしまうのは明白だから、早く帰らなければ。

 幸い、足は怪我していないから普通に歩ける。

 だけど、自分が無意識にどこかへ歩き出すなんて信じられなかった。

 しかも、こんな人気のない寂れた公園にまでくるなんて、明らかに普通ではない。

 どうしてこんなことに。

 普通の日常を送っていたはずなのに。


「……普通?」


 普通ってなんだ?

 私にとっての普通の日常ってなんなんだ?

 変化のない学校生活が普通?

 完全無欠な友人と連むことが普通?

 変化のない日常を望む私が普通?

 他愛のない疑問に、なぜか心がかき乱される。


「う、うぅ……」


 頭の中でキリキリとした耳鳴りがする。

 両手で頭を押さえて、その場にうずくまる。

 分からない。なんでここまで動揺しているのか分からない。

 苦しい。心が、何か大きなものに押しつぶれそうだ。口では言い表せない苦しみと寂しさに苛まれた私は、自分の体を抱きしめた。

 なぜか、このとき私の頭の中に浮かんだのは、悪夢の中で出会った男の子だった。


「会い、たい」


 彼が二兎来君だとしても構わない。

 リンネに刺されてもいい。

 暗闇に墜ちそうな感情に、押しつぶれそうになった私は、涙を流し、なにもない空間に手を伸ばす。


「私を、助けて……!!」


 その言葉を口にした瞬間、視界が大きく揺れた。

 驚きに身を震わせた私の視界で、地面が迫ってくる。私が下を向いているわけじゃない。私は確かに前を向いているし、地面に足もつけている。なのに、伸ばした手の先で地面がこちらに迫ってきていた。

 しかし、迫ってきた地面は私の手、体をすり抜ける。


「―――」


 世界が、裏返った。

 そうとしか言い表せない現象が目の前で起きた。

 訳が分からなかった。

 あれだけ煩わしかった耳鳴りも、頭痛も消え失せても、私は立ち上がることはできなかった。暗闇に包まれた公園は、白黒に変わり、空には白色の夜空と黒色の月が不気味に輝いていた。

 生が感じられない世界。

 私以外の存在が感じ取れない世界。

 だけど、その世界を見た私は―――綺麗だと、思ってしまった。


「……って、なんなのここぉ―――!?」


 ようやく我に返った私は、頭を押さえて絶叫した。

 夢遊病の次は幻覚まで!? 私って知らないうちにおかしな薬でも飲んでいたの!?

 普通じゃない状況がさらに普通じゃなくなった!!


「こ、ここは警察に連絡しないと……って、パジャマだから携帯持ってない!?」


 自分が寝たまま公園に移動している事実を忘れていた。

 目から零れる涙を拭った私は、とりあえず立ち上がり周りを見る。

 見事に白黒だ。

 公園の時計台の針も止まっている。

 もしかして、自分は夢でも見ているのではないか? と疑問に思うけど、それは今、自分の頭が冴えきっていることからそうは思えない。


「……どうしよう」


 とりあえず、この白黒の世界を歩いてみよう。

 ここにいても何も始まらない。

 私は公園から出て、街の中へ歩き出す。

 白黒の世界は、不気味なほど見通しがよかった。夜の暗闇なんて感じさせない白さが、視界一杯に広がっている。

 私以外に色は白か黒しか存在せず、道ばたに生えている雑草さえも真っ白に染まってしまった。黒い部分は影と空に浮かぶ月くらいしかなかったけど、それでも不気味だった。

 そして、私の家も――、


「真っ白、白すけになっとる……」


 口調が変わるほどに、私の家は真っ白になっていた。

 ごくりと唾を飲み込み、家の中に入ると予想通りに真っ白。自分が寝ていた自室も家の中と同じように真っ白になっていた。

 私は気が滅入りそうになって、頭を押さえて自室のベッドに座り込む。

 ベッドは真っ白になっても柔らかく、私を支えてくれる。その柔らかさに身を任せ、横になった私は元いた場所と変わらない真っ白な天井を見つめる。

 世界が裏返ってしまった。

 モノクロに染まってしまった。

 誰もいない世界は、静かだった。

 誰の声も私には届かないし、私の意識を乱すなにもかもが存在しない。


「……」


 意識が遠のいていく。

 このままここにいてもいいかな、という気持ちが大きくなるほど、眠気は増していく。


「……?」


 しかし、外からなにかの音が聞こえたことで眠気は消え失せた。

 微かな音。

 だけど、確かにそれを捉えた私は、ベッドから跳ね起きて窓の外を覗き込んだ。

 誰もいない……けど、確かに誰かがいる。

 妙な確信を抱いた私は、駆け足で階段を駆け下り、外へ飛び出した。


「誰かいるの!?」


 扉にてをかけてそう叫ぶ。

 このままここにいていいかななんて思うはずないじゃん!!

 何事も色があった方が良い!! フルカラー最高!!

 あまりにも心変わりの激しい自分に内心で呆れながらも、勢いよく扉を開け放つ。

 しかし、私の目の前に飛び込んできたのは、人ではなく、全く違ったものだった。


『―――?』

「……え?」


 玄関の前に立っていたのは、この世のものとは思えない怪物。

 身長は優に3メートルを超え、胴体は縞々、頭は太陽のようなとげとげとしたかぶり物をして、その顔はピエロのような顔をしていた。

 なにより目を引いたのは、血に濡れた鋭利なかぎ爪。

 かぎ爪から血が滴り、玄関の石畳を血で濡らしたピエロ姿の怪物は、私をジッと見つめるとけらけらと笑いはじめた。


『きひ、ぃぁぃう』

「……ぁ、あ」


 鋭利な歯を覗かせ、おぞましい笑みを浮かべたピエロの怪物に体が動かない。

 なにより恐ろしかったのは、この生き物に色があったこと。私以外に、色を持たなかった世界に、色を持つ怪物が現れてしまったことに、私は心底恐怖してしまった。

 動けない私に、不快な笑みを漏らしたピエロは、両手の鋭利な爪を掲げ、私の頭を包み込むように囲った。


「た、すけ……」

『ひ、と、り、め』


 まるで握りつぶすように手が勢いよく狭められる。

 殺される。日常の中では決して思うことのなかった単語が頭の中によぎったその瞬間――、


「諦めんなぁ!!」

「きゃぁ!?」


 隣から塀を越えて飛び出してきた誰かが、頭を潰されようとしていた私を突き飛ばした。

 瞬間、視界の端で赤い何かが飛び散ったような気がしたけど、私がそれを認識する前に、突然現れた第三者が私を抱えてその場を走り出した。。

 顔を上げれば、よく顔は見えないけど、がっしりとした腕と体からして男の人に抱えられていることは、今の私でも理解できた。


「な、なに!?」

「ッ、ぐ、ぅ! しっかり捕まってて!!」

「は、はい!!」


 私を抱えて、家の敷地を飛び出した男の人。

 ピエロの化物は、不意をついた男に反応しきれなかったのか、家から遠く離れた頃に、路地のほうに顔を出して、きょろきょろとあたりを見回していた。


「少し離れる。辛いだろうけど、もう少し我慢して!」


 それでも走る足を止めない男の人。

 その時、ようやく私は彼の顔を見ることができた。


「にと、らい、くん……」


 そう、彼はリンネの思い人であり、私の悪夢で出会った人。

 彼の名は、二兎来健。

 私は、彼と白黒の世界での出会いを果たした。


次話もすぐさま更新いたします。

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