トオセンボウ (ショートショート54)
オレは死んだ。
泥棒や詐欺など、悪事ばかりして死んだ。それで死んだとき、地獄行きの切符を渡されたのだろうが、そんなものはその場ですぐさま破り捨てた。
だれが地獄になんか行くものか。極楽に行き、人生をやり直すのだ。
オレは極楽をめざして歩いた。
その途中。
犬も歩けば棒にあたる……というが、運の悪いことに、ヤブから棒にトオセンボウが現れた。
閻魔大王の用心棒――トオセンボウという鬼を前にして、オレは棒立ちとなってしまう。
「この通せん棒から先には進めんぞ。さあ、ワシとともに地獄へ行くのだ」
トオセンボウは、通せん棒という金棒をオレに突きつけてきた。
まさに鬼に金棒である。通せん棒が、踏切の遮断機の棒のごとく目の前をふさぐ。
と、そのとき。
ふと、オレはあることを思いついた。
地獄の沙汰も金次第というではないか。オレはポケットから札束を取り出し、トオセンボウの前にさし出した。
「これでなんとか……」
「これしきの金で、悪事が棒引きされるとでも思っておるのか」
トオセンボウは鼻をフンと鳴らして笑った。
それでも金はしっかり懐に入れている。
これでは泥棒に追い銭だ。
はした金では通用しなかった。
だが、このまま地獄へ連れていかれては、これからの人生を棒に振ってしまう。
――なんとしてもここは逃げのびなければ……。
さいわいオレの体格は人並み以上あり、トオセンボウにも勝る。現世では仕事の片棒を担いでいた相棒から、ただのデクノボウだと笑われていたが、今こそこの体格を生かすチャンスである。
「えい!」
オレは不意打ちで体当たりをくらわせた。
トオセンボウがもんどりうって倒れた。しかしすぐさま立ち上がると、金棒を振りまわして反撃をしてきた。
オレは防戦一方となった。
そしてついに……。
トオセンボウに首根っ子を押えつけられた。
「世話をかけやがってから」
トオセンボウは毒づきながら、ロープでオレの両手を縛りあげた。
「さっさと歩くんだ!」
金棒で尻をつつかれ、オレはトオセンボウに引かれ地獄へと向かうことになった。
ほんのりした薄明かりのなか、足が棒になるほど歩いた。
まわりが徐々に暗くなる。
なにも考えられなくなる。
ボーッとした頭でしばらく歩き進むと、やがてすべてが漆黒の闇となった。前を歩くトオセンボウの姿さえ見えない。
地獄が近いようだ。
やがて闇の中から、感情も抑揚もない棒読みのごとき声が聞こえてきた。耳をすませばそれは、坊主のお経を唱える念仏の声だった。
「さあ、ここから先は一人で行くんだ」
トオセンボウから背中を押される。
――人生、棒に振ってしまったな。
生前の悪事を悔いながら、オレは閻魔の待つ地獄へと進み入った。