後編 再会のサムライ・アイドル
仁実は、見つめ合う初音と真愛を交互に見てから初音の袖をちょんと引く。
「えっと……お友達、ですか?」
その声がどこか自信なさげなのは、初音と真愛、二人の間に漂う雰囲気の奇妙さを、感じ取ったがためだろうか。
初音は複雑な表情を浮かべながら曖昧に頷く。
「あー……じゃあ、わたしはこれで」
「八木さん、今日はごめんなさい。また今度、行きましょう」
「はい、また」
仁実は胸の前で小さく手を振り、先にスタジアムから去っていった。
それを見送ってから、初音は改めて真愛に向き合う。
髪を伸ばすようになったのか。
前は肩に掛からないくらいだったけれど、今は少し掛かるくらい。
背も伸びた。もっとも、まだ自分の方が高い。
顔立ちは、大人びたように見える。
もう中学生ではないのだ、当たり前のことだけれど。
初音は隅の方を指差した。
「ソファ、座る?」
「うん」
そこで二人並んで腰かけてから、しばらく沈黙。
初音は、真愛の方から声をかけてきたのだから先にその話を聞こうと思った。
そんなものは言い訳で、本当のところは何を言えば良いのかわからなかった。
顔を見ることも、なんだか気まずくて、できない。
真愛の方も、じっと床を見つめていた。
「さっきの人は」
しばらくして真愛が、そう切り出す。
「友達? アイドルの」
初音はちょっとだけ考えてから答える。
「好敵手かしらね。それか、そう、戦友」
「そうなんだ」
また少し黙って、真愛から口を開く。
「さっきの結界舞闘ね、見てたよ」
「そうだったの」
「カッコ良かった。二人とも。ドキドキ、ハラハラしちゃった。今日だけじゃないよ。アイドルになってからの初音ちゃんは、本当に楽しそうだし、見てるとこっちも、勇気が湧いてくる」
そんなこと初めて言われた。
初音は妙に照れ臭い気分だった。
嬉しくもあった。
その気持ちを隠すように初音は短く「そう」とだけ答える。
また会話が途切れた。
「……わたしね、ずっと、謝らなきゃって思ってたことがあるの」
「なぁに?」
真愛が床から初音に目を移して、頭を下げた。
「あのとき、会いに行かなくて、ごめんなさい」
「だって絶交したじゃない。会わなくて当然よ」
「うん。初音ちゃんは、それで良いんだよ。でも、わたしは、違った。絶交なんてしたくなかった。なのに──、手紙なんかで済ませちゃった。ばかだよね」
その言葉でようやく初音は、真愛の言う『あのとき』がいつかわかった。
彼女が引っ越しをする前日、会うことができたかもしれない最後のチャンス。
自分が約束の場所に行かなかった日のことだ。
「絶交したい人が、来るわけなんかないのに。自分から会いに行かなきゃいけなかったのに!」
初音は答えを探す。
なにか、この子の後悔と懺悔、その救いになるような答えはないか。
「……でも、ほら、気まずさだって、あるじゃない。絶交したら。だから」
「違うの。そうじゃない。わたしは、きっと怖かったんだ」
「なにが?」
「初音ちゃんが。怖くないなんて言ったけど、でも嘘だった。心のどこかじゃ、初音ちゃんを怖がってた。助けてもらって、守ってもらって、甘えさせてもらってたのに……最低だ、わたし。それなのに助けてくれて。その所為で傷ついて。だから謝りたかったの」
真愛の瞳から涙が、ぽろぽろ零れ落ちてく。
「ありがとう、ごめんなさい」
初音は鼻の奥がつんと熱くなるのを感じた。
「私こそ……ごめんなさい。もっと私が強かったら。もっと賢かったら。貴女にそんな思いをさせることだって、なかったのに。未熟な私だったから」
「違う、違うよ。初音ちゃんは、わたしなんかのために、精一杯してくれた。なのに、わたし」
「なんかじゃないわよ! 《《真愛》》は優しくて、賢くて、他人のために泣ける素敵な人」
とうとう堪えきれず、初音の頬を熱い雫が伝っていく。
「私の、大事な、友達よ。今でも全然、変わってない」
外見こそ成長したが、それでも彼女は、やっぱり、筒井真愛だった。
こうしてまた出会えたことよりも、初音には、そのことの方がよっぽど嬉しかった。
真愛は目元を袖でごしごし拭って目をぱちくりさせる。
「許して、くれるの?」
「それはこっちの台詞。……絶交だなんて言って、本当にごめんなさい」
「ううん! そんなの気にしてないよ。わたしのためだったって、ちゃんと分かってるから」
「じゃあ……」
真愛は頷いて、ふとなにかを思い出したように「そうだ!」と声をあげた。
そしてピンク色のハンドバッグから小さな紙袋を取り出す。
その中には蝶を模したバレッタが一つだけ。
「その……アイドルになった、お祝いにって思って。もし良かったら、使って欲しいな」
照れ臭そうに頬を掻く真愛。
けれどすぐに真剣な顔になった。
「こんなわたしだけど、これからまた、よろしくお願いします。初音ちゃん」
初音はくすりと笑うと今まで付けていた『剛毅』のバレッタを外して、そちらに付け替えた。
「こちらこそ、よろしく、真愛」
こうして──西東初音と筒井真愛の、三年に渡る決別は元の鞘に納まるという形で終息した。
二人はスタジアムを後にし、仲良く並んで街を行く。
「今日はいっぱいお喋りしようね!」
「もちろんよ! 三年分だもの。朝までコース?」
「それ、いいね! 行こう行こう」
その手は、固く結ばれていた。
【劇終:3番勝負 再会のサムライ・アイドル】