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中編 雪目のサムライ・アイドル

 〝一乃太刀(ブレイク・ショット)〟が解き放たれる。

 超高速、その狙いは一点。

 来るとわかっていれば躱すことは難しくない。


 そして躱されることが想定にあるからこそ、剛毅流は一撃必殺を求めない。


 突きを躱して斬りかかってきた仁実に対し、初音は二の次──〝三縦刺〟を叩きこむ。

 本来、速く浅く、およそ同時に襲い掛かる三点。

 だがそれはステージ外でのこと。

 舞闘者となり身体能力も高まった今、その三つの突きは、本来のそれよりも深く、なお《《同時》》の幻想を失わず。


 が、しかし。


 縦に構えられた刀の腹に邪魔される。

 甲高い音が鳴り響いた。

 仁実が二歩、三歩と後退。

 その目は大きく見開かれ、その口角は僅かに上がっていた。


 それを見て初音も思わず「うふ」と笑い声を零す。


 後退する仁実を追いかけ、今度は深い突きを一つ。

 これは刀に弾かれた。だが追撃はやまない。

 高速の引き戻しから、二度、三度、四度、五度……攻め立てていく。


 仁実は後退しながら防戦一方。

 完全に流れは初音が握っていた。


 先ほどの勝ち気はなんだったのか。

 見事な受けは奇跡に過ぎなかったのか。


 ──と初音は思わない。


(ギリギリで躱される。反応が良い。試合もこうだったかしら? 舞闘者(アイドル)になったから? ──隙を窺っている感じね? じゃあ、あげる)


 初音は、やや甘い一撃を放った。

 瞬間、右腕が挙がる。

 挙げさせられたのだ。

 下から来た刀によってキューが打ち上げられた。


 やむなく初音は振り下ろしで一撃を加えようとするも、仁実の方が──


「胴ォォォオオオッ!!」


 ──僅かに速かった。


 胴打ちの勢いそのまま脇をすり抜けた仁実、今度は背後より斬りかからんとする。


()ェェェエエ──」


 だがあと一歩届かない。

 届かせない初音。


 例の如く腋の下よりキューを伸ばし、仁実の胸を突く。

 一瞬怯んだであろうところ、振り返って突きを放つ。

 これは刀でいなされる。


 攻防が途切れた。

 二人の剣士が静かに、それぞれの得物越しに相対する。


 どちらも一撃を受けたが、痛みは然程感じていない。

 それも偶像領域の効果である。

 たとえ〝一乃太刀〟でも、この世界なら、ちょっと強めにドッジボールの球が当たった程度に収まる。


 ライブバトルは極めて安心、安全な設計なのだ。


(先の見えない闘い。それでいて命の遣り取りもない。本当、私におあつらえ向きな世界よね!)


 初音は胸の高鳴りを抑えつつ、ちらりと己のHPゲージを確かめた。

 胴に受けた一撃で、およそ二十パーセントほど減っている。

 次に仁実。こちらも二十パーセントいかないくらい。


(けど正面からなら、私はだいたい二十五から七くらい与えられる)


 だから、この調子で続けるなら自分が競り勝つだろう。


(でも勝ちたいんでしょう? 八木仁実。なら、わかるわよね?)


 窺っていると仁実が声を張り上げ、斬りかかってきた。

 防御と比べればだいぶ拙い。

 初音はキューで受け止め、横に受け流す。

 体勢を崩したところで突きではなく、蹴りを入れる。


「あうっ!」


 倒れ込んだ仁実に、更なる追撃をしても良さそうなものだが、やはり初音はそうしなかった。

 間合いを取って見下ろす。


 仁実が問う。

「な、なんで?」


 初音は問い返す。

「どうして異能力(シュテュック)を使わないの?」


 ばつが悪そうに仁実は目を伏せた。


「それは……わたしのは……西東さんとは、違うから。全然、剣士っぽくなくて」

「関係ないわ」


 即座に初音は一刀両断。


「剣も異能も何もかも。今ここで持てる全てを出し切る、それが全力で闘うということ」


 そしてキューを仁実に突きつける。


「それとも、手加減して勝てる程度の相手を、ここまで追って来る理由なんかあるのかしら?」

「……そう、ですよね。出し渋ってたら、絶対に、勝てない。でもちょっとだけ、未練があったんです」


「そっちの挑戦も、いつでも受けるわ」

「ありがとうございます、西東さん。でも今は」

「そうね今は」

剣士(サムライ)、そして舞闘者(アイドル)として!」


 言って仁実は眼鏡を外す。

 そしてポケットから何やら取り出し、顔に。


 眼帯だった。

 雪の結晶で右目を覆い、また眼鏡をかける。


 初音はすぐさま異変に気付いた。

 仁美の右肩に白い小さな手がしがみついている。


 一体、何。


 太陽が山から顔を出すが如く、その頭が、ぬう、と現れる。

 丸い、拳大、真っ白。

 のっぺらぼうかと思いきや、よくよく見れば横一線だけ走っている。


 すっかりよじ登ると、足を投げ出し腰掛けた。

 胴も丸いが頭よりも大きい。

 雪だるまのようだ、手足の生えた。


 固唾を飲んで眺めていたら、突如、顔の線がカッと上下に開く。


「ぅわっ!」

 初音でも驚きのあまり声が出た。


 目玉。

 顔の半分以上を占める黒い目玉が、そこにあったのだ。


 一つ目の雪だるま、手足付き。というわけである。


「あー……」


 初音は出来るだけ言葉を選ぼうと頭を回す。


「……うん……キモ、カワイイわね」


 その成果はあまりなかった。


「キモイったぁ、ご挨拶だな!」

「喋った!?」


 仁実の声とは違う。キンキンと甲高い少年の声だ。

 口はないが雪だるまの発したものと考えて良いだろう。

 その主である仁実は慌てた様子で「こらっ!」と拳をあげる。


 雪だるまは、せせら笑った。


「コラもアイコラもないぜ! 俺様はお前! お前は俺様! テメェでテメェを叱るか?」

「いーやっ! ぜっったい認めない!」

「我ながら往生際の悪い女だ。初の姐さんもそう思うだろ?」

「え? あぁ、うん、そうね」


 突然に話を振られて適当な相槌をうった後で、初音は仁実に言う。


「異能力を使わなかった本当の理由が、今わかった気がするわ」

「うぅ……誤解ですう……。でも本当、なんでこんな能力……」

「心の闇を感じずにはいられないわね」

「そんなぁ……」


 ガックシと項垂れる仁実の頬を、雪だるまがぺちぺち叩いた。


「ドンマイ!」

「うるさい!」


 仁実は大きな溜息をついて、顔をあげる。


「……でも、ひっじょーに不本意ではあるけど、これが今の、わたしの本気です」


 初音は微笑を浮かべ、


「それは楽しみ」


 と答えるや否や一気に間合いを詰め、仁実の顔面に突きを放つ。


 が、しかし、寸でのところで止まる。

 その隙に仁実の斬り払い。狙いは頭か。

 初音はしゃがむ、その途中でふと止まる。

 刀が米神のあたりを直撃。倒れ込む。


 すかさず立ち上がれば仁実が刀を振り上げるのが目に入った。

 躱しながら突きを放つ。

 それもまた、辛うじて届かない。


 下から迫る刀。

 初音は上体を逸らし、そのままバク転。

 充分な距離を置いて、ふっと一息。


「なるほど。動きを止める能力ってわけ。一瞬だけ。凍らせるとでも言った方が良いのかしら?」


「そ──」

「その通り! さっすが姐さんだ」

「わたしの台詞!」


「そして恐らく視界が効果範囲。一つ目雪だるまなんて、あからさまな表像(ビジョン)だし」


「そ──」

「それも正解! さっ──」

「てんどん!」


 やいのやいの言い争う二人。

 だが隙とは言えない。

 雪だるまの目は、こちらを向いている。

 仮にツッコミやボケの際に、少しだけ仁実の方へ視線をやることがあろうとも、そのときには、仁実の目がこちらを捉えている。


 初音はひっそり苦笑した。


(なかなかどうして、良いコンビじゃない。雪だるま──〝瀑氷ノ魔〟は、仁実の拙い攻撃も、得意のカウンター戦法も、まだ青い目利きも、補い得る。見事なサポートタイプね)


 つまり隙が減り厄介な相手と化したということ。

 けれど勝敗がついたわけではない。


(身体全体を止めては来なかった。やれば圧倒的に有利なはず。ならば出来ないと考えるのが自然かしらね)


 もう一つ、気付いたことがある。

 僅かに、本当に僅かにだが、彼女の息があがってきている。

 肩が上下に揺れている。

 異能力を使ったためか、それとは関係ないのか。

 そこまでの判断はできないものの、疲労の色は明らかと言えよう。


(さて、どうしたものかしら)


 唇をぺろりと一舐めし、にわかに初音は両腕を振り上げた。

 その手中に得物はもはやない。

 天高く放り投げられたキューを、仁実、雪だるまの視線が追った。


 その隙に初音は迫る。


「やっべ!」


 仁実よりまず雪だるまが気付き、初音へ視線を戻す。

 初音は両手を鋭く閉じて刀のようにし、左右から仁実に襲い掛かる。

 雪だるまが舌打ちらしき音を立て、右手を見た。


 故に左手の突きは止まらない。

 だがそれは仁実の模造刀によって払い除けられた。


 見事な連携。

 しかしもう一つ、手はある。


「うっ!?」

 仁実の腹部に足先が(うず)まる。


 三点同時攻撃。

 これが目と刀を掻い潜る法だった。


 直後、素早く飛び退こうとする初音。

 その左足を見る雪だるま、滝をも凍らせ得る一睨み。

 仁実が気合いの雄叫びをあげる。


 そこへ──天より降ってくるキュー。

 手に収め、初音は繰り出す。


 仁実が放つのもまた突きであった。

 二つの得物が擦れながら交差し、それぞれの胸を貫く。


 二人ともに呻き声を短く零す。

 すぐさま初音が追撃に移る一方、仁実は当然〝見〟の姿勢。


 連撃の途絶えた今、自ら動く必要はない。

 まず止める、それからで良い。

 カウンターこそ彼女の本領。


 今度は喉元へと超高速が迫り、激突の直前、静止。

 けれど、それは一瞬。

 すぐにキューが動き出す。


「え──?」


 目を丸くする仁実。

 その喉に突き刺さった。


 仁実がよろめくように後退する。

 乾いた音が響く、キューがステージの上に落ちて。


 それを見て仁実は合点がいった。


「投げた……いや押し込んだって感じです、ね」

「剛毅流〝飛来針(ひらいしん)〟……貴女の言う通り、本当は投擲術よ」


 柄の底を掌で捻りを加えつつ押し出すようにして、前へと射ち出す技である。

 弾丸の如く軸回転しながら標的目指して宙を翔けるが本来だが、今は距離が短かったため、そこまでの様ではなかった。


 初音は得物を拾い上げて、HPゲージをちらと見る。


 ここまでの攻防で互いに随分と減ったものだ。

 初音は、あと二回は耐えられるだろうが、仁実の方は精々、一回程度か。

 それでも仁実の目から光は失われていない。


「次が最後になる」


 告げて初音は、あの構えを取る。


 足を縦に開き、腰を下げつつ上体を前のめりに。

 右手で握ったキューを肩の高さまで上げて、地面に対し平行に後ろへ引く。

 その切っ先を、左手の指で挟んで前へと向かう力を抑え込む。

 ビリヤードのキュー・スティックがよく似合う姿勢。


 もはや、お馴染み──〝一乃太刀(ブレイク・ショット)〟。


 対する仁美は、立ち上がって正眼に模造刀を構える。

 震える肩には、無論、一つ目の雪だるまが鎮座したまま。

 大きな目でこちらをじっと見つめている。


 一拍。


 その後、初音は全身全霊でもって溜めた突進力を解放した。

 ここまでの中でも一段と速い。

 それでも八木仁実の異能力(シュテュック)瀑氷(バクヒョウ)ノ魔〟は止められる。

 たかが一瞬、されど一瞬。

 激しい闘いの中では、一瞬の隙が勝敗を別つことも少なくない。


 瞬間、キューが天高く舞い上がる。

 仁実の刀、その切っ先が渦を巻くようにして初音の手中より奪い取ったのだ。

 続けざまに刀が面へと振り下ろされる。


 その腕を初音は両手でがっしり掴み、身を翻すようにしながら懐に潜り込んでは、相手の向かってくる力を利用して背負い投げる。

 それでもまだゲージは微かに残っていたから、踏みつけてやろうと足を上げたところで、


「まだ終わってねえ!」


 叫ぶ、雪だるま、溶けていく。


 初音の足が凍った。

 その一瞬の隙に仁実は足元から抜け出し立ち上がったなら斬りかかってくる。

 面打ち。

 初音は頭を傾げるようにして肩で受ける。


 そしてすかさず仁実をぎゅっと抱きしめた。


「へ?」

 間抜けた声を出す仁実。


 そんな彼女を初音は持ち上げ、


「どっ──せい!」


 上体を後ろへ大きく逸らし倒れ込む。


 いわゆる岩石落とし(バックドロップ)のような一撃でもって、剣士(サムライ)にして舞闘者アイドル舞闘者アイドルにして剣士サムライ、そんな二人の激戦は幕を引いたのだった。


 初音が立ち上がる一方で、仁実は倒れたまま動かない。


「やっぱり勝てなかったなぁ」


 目を潤ませ、ぽつり呟いた。

 初音は彼女に手を差し出す。


「でも次がある。私も貴女も──生きている限り」


 その手と初音を見比べてから、仁実は目元をごしごしと袖で擦った。

 それから手を握り返す。


「今度こそ勝ちます!」

「さあ、どうかしら?」


 どちらともなく、二人は笑った。




 それから二人はシャワー室で汗を流す。

 そうしながら話す中で、互いにその後の予定というものは特にないということだったから、どこかに寄り道して、甘いものでも食べて行こうかなんて初音が提案すると、仁実は食い気味に是非にと答えた。


 そういうわけで、とりあえずスタジアムを出ようとエントランスまで来たところで、


「初音ちゃん」


 背後から声を掛けられる。

 懐かしいと思う響きだった。


 振り返れば、やはり、


「ま……筒井(つつい)さん」


 かつて自ら絶交を言い渡した相手が立っていた。

 筒井(つつい)真愛(まあい)──実に三年ぶりの再会である。

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