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後編 友切のマスクド・サムライ

 一向に襲撃者(初音)を倒せぬばかりか、次々に倒される始末の子分ども。

 遂に厳島(いつくしま)を除く全員が床上に転がされた。


 厳島はこめかみの辺りをひくつかせながら、地に伏す一人から木刀を奪い取ると、初音の前に立つ。

 即座に突きが飛んでくる。

 だがこれを顔の動きのみで躱した。

 追撃は来なかった。


 厳島が目を細める。


「息を飲んだな、少しだけ。俺らみたいなのには、心得がないとでも思ったか?」

「──そうだ。貴様らのような社会のゴミがまさか、と驚かされた」


 初音(はつね)が初めて口を開いた。

 しかし、その口調は普段と異なる。


 なにより声音がまるで違う。

 男か女か、若いか年寄りかも判断つかない。

 ボイスチェンジャーを使用しているようだった。


 厳島はせせら笑った。


「社会のゴミは結構だなぁ──メスガキ」

「……」


「なぜ、わかるかって? 男にしちゃあ背が低い。まぁそれだけなら単にガキなだけで男かもしれねえが、袖から除く細腕、か細い首、白い肌は男のもんじゃねえ。なにより匂いが違うよ。男にはわかる」


「……変態自慢なら他所でやると良い」

「お前を倒してか? 今日は愉しくなると思ってたんだけどなぁ。あぁ、いや、これからか」


 厳島が正眼に構える。

 残忍な笑みを浮かべつつ。


「二人まとめて可愛がってやるよ。迷惑料代わりにしちゃあ、良心的だろ?」


 対する初音が取った構えは、異形と呼ぶに差し支えなかった。

 足を縦に開き腰を落とす。木刀を右手で握り肩の高さまで上げる。地面に対し平行に後ろへ引き、左の手で木刀の切っ先を、まるで蓋でもするかのように抑え込む。

 奇しくもハスラーの取る基本姿勢に似ている。


 これぞ剛毅(ごうき)流〝一乃太刀〟の構えである。


「相手がゴミなれど手は抜かん。全身全霊でもって穿つ」


 突きの力を溜めてから解放することで、普段の突きを上回る速さを得る技なのだ。もっとも本来の構えは、真剣が前提であるため指で挟み()める。

 初音のそれでは、掌に穴が開いてしまう。


 異形の構えを前にしてもなお、厳島が表情を崩すことはなかった。

 むしろ余裕の色。


 両者構えたまま睨み合い。

 集中が増すにつれ緊張感が張り詰めていく。

 真愛が固唾を飲んだ。


 ──ごくり。


 その喉の音を決戦の合図とした。


 初音は木刀の封を解き、敵の胸目掛けて最速の突き。

 これを厳島は──躱した。


「突きなんかなぁ、点の攻撃に過ぎねえんだよ!」


 故に、相手の切っ先に己が木刀を僅かに当ててやるだけで、その軌道は逸れる。また僅かに身をよじれば、躱せる。いくら速かろうとも突いてくるタイミングがわかってしまえば、恐れるに足らず。


 剛毅流、敗れたりと言わんばかりに厳島の木刀が振り上げられる。

 まさにそれが、初音の頭部に一撃を加えようとした、まさにその瞬間、厳島(いつくしま)賢慈(けんじ)は胸に強い衝撃を覚えた。


 宙を舞い、背中から落ちた彼だったが、それでも起き上がろうとしたところに、追撃の振り下ろし。

 右肩を強打され、〝羅刹〟の初代(ヘッド)は情けない悲鳴をあげた。


 初音は厳島の胸を踏みつけ、木刀を鼻先に突きつける。

「突き技は一撃必殺ではないの」


 口調だけが元の通りだった。


「なん……だと……?」

「二度、三度。四度、五度と繰り返すもの。だから必要とされるのは、突きの速さよりも速い──引き。すなわち突きの後に、体勢を元に戻す速さこそが真の武器であり、強さ」


 初音は〝一乃太刀〟よりも速く、木刀を引き戻し、改めて厳島の胸を突き飛ばしたのだった。


「解説は以上。お眠りなさい」


 横一閃が厳島の顎を弾けば、その瞳はぐるんと白目を剥き、今度こそ意識は闇に沈む。

 初音はようやくホッと胸を撫で下ろすことができた。


(やれやれだわ。けどまだ、終わってない。ここは敵地の真ん中)


 もう一度精神を集中させる。

 しばらくは誰も立ち上がれないだろうが、だとしても油断は禁物である。


 注意を払いながら筒井兄妹のもとへ往く。

 途中で拾ったコンバットナイフでもって、二人の手を縛るビニル紐を切った。

 何か言わんとして口を開く二人に、初音は指を一本立てて制止する。


「とにかく外へ」


 敵地を無事に抜け出たところで、兄の浩一が苦しげながらも口を開いた。


「本当に……助かった。ありがとう」

「あなたのためじゃない」

「ああ……そうだな。けど、これでも兄だ。ありがとう。妹を、真愛を助けてくれて……」


 その真愛は涙をぽろぽろ流しながら初音に抱きついた。


「ありがとう……本当にありがとう……」


 初音はボイスチェンジャー越しでもわかるほどに、柔らかな声音で言う。


「早く家に帰りなさい。それで温かいお風呂によく浸かって、布団にもぐって眠るの。それが良いわ」


 そして真愛を大通りの方へ向きなおらせ、その背中をぽんと優しく押した。

 けれど真愛は振り返り、不安げな眼差し。


「はつ……あなたも一緒に」

「ううん。私は行けない。帰る方向が違うもの」

「でも……」

「帰るのよ、貴女は。そうしたらもう怖いことだってないわ」


 渋々ながらも真愛は頷く。

 次に初音は、改めて浩一を見据えた。


「兄なら、妹が大事なら守りなさい。出来ないなら次は、貴方の番よ」

「……ああ、わかってる」

「信じるわよ、腐っても兄だと。──さあ、二人とも行け」


 真愛は「また明日」と初音に言ってから、浩一に肩を貸しながら静かに歩き出した。その姿が大通りに消えるまで見送ってから初音は再び廃ビリヤード場に戻る。

 決意を一つ、胸に秘め。


 深呼吸の後、店のドアを開け放つ。

 何人かは起き上がっていた。彼らの中には謎の剣道人が舞い戻ってきたことに、思わず尻餅をついたり床に寝そべりやり過ごそうとしたりする者もいた。

 誰も彼もが恐怖に支配されきっていた。


 厳島も意識を回復させていた。

 床に座ったまま、舞い戻った悪夢を見ている。彼でも、それが精いっぱい。

 もはや、この場に抗う気力を持つ者などいない。


 初音は真っ直ぐに、迷いなく、その男のもとへ向かった。

 厳島が()め上げながら荒い息を吐く。


「まだ……何かあんのか?」

「ええ」


 驚くべき答えだった。店内に緊張が走る。

 一体、なんのつもりでと誰もが疑問に思う中、初音は木刀を厳島の脛に叩き下ろした。苦悶の声があがった。

 初音は何度も何度も、厳島の脛を殴る。


「て、めえ……!」

「貴方の言う通り。私は女で、子供よ。だから怖いの。臆病なのよ、私。たとえば後で、貴方たちが報復にでも来たら、本当に怖い。泣いてしまいそう。だから、ね」


 厳島は面越しに、彼女の瞳を微かに見て心が凍る思いだった。

 自分よりも遥かに残酷な目をしていた。

 そしてボイスチェンジャーを使っていてもわかるほどに、その声音は冷淡だった。


「だから──折るわ。骨、そして心を」


 不良集団〝羅刹〟。

 彼らの地獄は、もうしばらく続く。



   ☆   ☆   ☆



 翌日の放課後。


「初音ちゃん!」

 真愛は足早に校門を出ていく初音を呼び止めた。


 だが彼女は止まらない。

 長い黒髪を靡かせながら、姿勢良く、ずんずん歩いていく。

 真愛は走って前へと回り込むと、通せんぼをするように両手を広げた。


「待って! お願いだから」


 初音はこれ見よがしに大きな溜息をつく。


「何の用かしら、筒井さん。私、これから道場に行くの。暇じゃないのよ、こう見えても」


 淡々とした声だった。昨日までとは打って変わって。

 真愛は今にも泣きそうだった。


「怒ってるん、だよね? そうだよね。わたしたちが、あんな馬鹿なことしたから。初音ちゃんを巻き込んで危ない目に合わせたから。だから、怒ってるんだよね?」


「何のこと? 筒井さん」

「……だから、そう呼ぶんだよね?」


 昨日まで初音は『真愛』と呼んでくれていた。

 だが一晩明けたら『筒井さん』だった。

 まるで昔からの他人のように、初音は真愛を呼んだ。

 そればかりか、学校では話しかけられることのないようにか、休み時間のたび、どこかへ姿を消された。


 真愛は腕を下して、頭をさげる。


「ごめんなさい。たくさん迷惑かけたよね。わたしにできることだったら、なんでもするから。だから──」

「筒井さん、今朝のニュースは見た?」


 初音が遮るように訊いてきた。


「……うん」

「廃ビルで男女十七名が手足の骨折で運ばれたなんて、怖い話よねぇ」


 言葉とは裏腹に初音はころころと笑った。

 真愛は首を横に振る。


「そんなことないよ」


「脚の骨に、手の指を全部だそうよ。その前に打撲、顎や鼻の骨を折られたのもいたみたい。そこまでやる理由なんてあるのかしら? ねえ? 恨み? 愉快犯だったりして」


「……たぶん、だけど」

「うん?」

「誰かを守るために、そうしてくれたんだと思う。だから、怖くない」


 初音の顔から笑みが消える。

 そして静かに首を横に振った。


「それは違うわ」

「どうして!? どうして、そんなこと言うの」

「きっと犯人は、気持ち良かったのよ。容赦なく自分の力を(ふる)える、揮っても良いと思える相手に出会えて。それでつい、やり過ぎてしまったんだわ」

「嘘だよ、そんなの……。初音ちゃんは、わたしたちが報復されないように──」


 真愛の唇に初音の人差し指がそっと触れた。


「廃ビルの一件は、私たちに関係ないことよ。そうでしょ?」

「でも!」

「ねえ、真愛」


 不意にそう呼ばれて、真愛は思わず黙った。


「真愛、貴女は優しいわ。頭も良い。だからね、私みたいなのと付き合うべきじゃないの」

「なんで、そんなこと言うの……? わたし、なんでもするよ。だから、言わないで。許して……」

「貴女は何も悪くないわ。悪いのは私。人を平気で傷付けられる私よ」


 真愛の頬を涙が一滴伝った。


「ごめん……ごめんなさい。わたしの所為だ。わたしが初音ちゃんを、あんなところに連れて行かなかったら!」

「ほら、貴女は人のために泣ける人だわ。私とは生きる世界が違う。だから真愛、ごめんね」


 初音は真愛を抱き寄せてから、その耳元に囁く。


「絶交よ」


 そして、すたすたと隣を通り過ぎていった。

 互いが見えなくなったところで立ち止まり、《《天を仰ぐ》》。


「……泣かせちゃった。やっぱり私は傷付ける方が得意ね」


 だがこれで少しは安心できると、初音は思った。


 連中の心は折ったつもりだ。

 けれどいずれ、その傷の癒えることがあるかもしれない。


 そうしたとき、報復を考えるとしたら、自分に対してだろう。

 あそこまでコテンパンにしたのは、他でもない初音だ。


 顔を隠していたとは言え、真愛か浩一、どちらかの関係者であることは感づいているに違いない。

 その周囲を洗えば、必ず自分の名が挙がる。

 女、子供、剣の腕。

 去年、剣道部の全国大会で優勝し剛毅流剣術の道場に通っている、西東(さいとう)初音(はつね)に繋がるには情報な充分だ。


 そのとき真愛と仲が良いままだったら、人質にされる危険性がある。

 初音はそう考えた。


 ただ、それが全てでもない。

 真愛に言ったことにも、真実は含まれていた。

 不良たちを相手にして、今まで学んできた剛毅流を存分に揮えたこと、そこに魅力を覚えたのは、嘘ではない。


 だからやはり、生きる世界を(たが)えるべきなのだ。

 彼女に暴力の世界は相応しくない。


 初音は自嘲的にふっと笑い、再び歩き始めた。

 真愛の来ない道を、ただ独りで。



   ☆   ☆   ☆



 ──その一ヶ月後。

 筒井真愛の両親は、水面下で進めていた離婚の話を遂に決着させ、真愛と浩一は母親に着いて引っ越すことになった。

 隣県の実家に寄ることにしたのだ。


 引っ越しの当日。

 真愛は初音に、もう一度話がしたいと伝えていたが、初音が約束の時間、約束の場所に現れることはなかった。

 そんな気はしていた。

 それでも真愛は、時間を大きく過ぎても、待ち続けた。




【劇終:1番勝負 友切のマスクド・サムライ】

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