第六話 side:girl
その日、生まれて初めての魔法の授業は正直ちんぷんかんぷんだった。
座学ぐらいはしっかりしておこうと思ってあらかじめ配られていた教本には目を通していたのだけれど、それでも複雑だった。
私があせりだした頃に先生が言った。
「それでは、皆さんも聞くだけでは退屈でしょうからこれからやって頂くことについて説明します。まずはシャドウとキーコード。この二つです」
実技的なことに移ってほっとした。
実技なら自身があるというわけではないのだけど、少なくとも座学よりも成果が目に見えるから。
シャドウというのは私が杖屋さんで出した金色の像のような物のことを指すらしい。
杖屋のおばあさんが教えてくれた。キーコードは……知らない。
あれから、家でも何度か試してみたんだけれどあれっきりシャドウは姿を見せてくれなかった。
「それではですね。出来る人、いますか?」
誰も手を挙げない。
霧ヶ峰君ならできるのでは、と思って隣を見たけど手を挙げる気はなさそうだ。
「君、出来るんじゃない?」
先生が霧ヶ峰君の方を見る。
「出来なくはないです」
「やってごらん」
霧ヶ峰君は立ち上がりもせず唱えた。
「顕現せよ」
それだけで、世界が塗り替えられた。
そこにはまるで御伽噺に出てくるような素敵な赤い鳥がいた。
「お見事。そのまま保持していてくれるかな。皆さん、有り体に言えばシャドウは霊体だ。もちろん一般的な亡霊とは一線を画すんだが霊体には違いない。事実、シャドウは亡霊に干渉出来るんだ。即ち斃すことも可能」
亡霊……。
魔法が身近になるのと同時に人々を脅かし始めた物。
甚大な被害が出るということは無いのだけど、怖いものは怖い。
「つまり、シャドウを操ることが出来るだけで亡霊にやられる心配はなくなる。便利でしょ。
だから、みんなにはこういう訓練をしてもらおうと思う」
次の瞬間には先生のシャドウと霧ヶ峰君のシャドウがぶつかり合っていた。
「こうやって、シャドウ同士を戦わせるんだ。面白いだろ?近々全校でランクを決めることになるだろうからみんな張り切って練習するように」
クラス中がその光景に魅せられていた。
私は一刻も早くシャドウを出せるようになろうと心に決めた。
昼休み、私はお弁当を食べるのももどかしくシャドウを出す練習を始めた。
周りを見るとそうしている人も沢山いた。
頭の中に昨日見たイメージを思い浮かべる。
その姿を、輪郭を、気配を。
うまくいったと思って目を開くとそこにあるのは薄い金色の靄だけ。
そして、それもすぐに消えてしまう。
「……初心者だよね?」
「え?」
声の主を見ると隣の机でパックのミルクティーを飲んでいる。
「そうだけど?」
「ふーん。あれかな。なんか出したいシャドウとかいるの?好きな動物とか……」
「?そんなのはないけど」
「じゃあ、なんだろ。シャドウが出るのに十分なマナは練られてるんだけどな。なんか上手くいってないな。普通、枠が硬すぎるとそういうことが起こるんだ。枠ってのはシャドウを出すときにイメージする物ね。シャドウってのは自分自身を映し出すんだから、余分なイメージは棄却しなきゃいけないんだ。集中は己の内に向けて。そのために初心者は目を瞑ったほうが良いんだけど」
「私自身?シャドウの形じゃなくて?」
「シャドウの形ってことは、一回は出したことあるの?だったら、それも棄却しないとだめだね。シャドウってのはその宿主が成長する度、動くたびに変わっていくんだ。文字通り、影だから」
「なるほど」
集中は己の内へ。
瞑想。
ただ、その暗闇の真ん中へ。
もっと、深く。
もっと、もっと。
「出てるよ」
その声に恐る恐る目を開けるとそこには、昨日と同じ像が更に鮮やかに現れていた。
「初心者なのに凄いな。これほど鮮明なシャドウはなかなか出るものじゃない」「本当に?」
「ああ。まあ、まともに動かせるようになるには時間が掛かるだろうけど」
昼休みが終わる頃には何とかシャドウを出せるようになっていた。
とはいえ、少し気を抜いたら消えてしまうぐらい不安定な物だったけど。
午後になって一枚のカードが渡された。仕組みはよくわからないけどシャドウ同士の戦いの結果を保存するカードらしい。
なるべく多くの勝ち星を期待すると言われた。
なんだかよくわからないけど、それが魔法使いになるために必要なら頑張ってみよう。