第三話 side:boy
儀礼的な自己紹介やら、書類の配布やらが行われたホームルームを終えて放課後。
とりあえず学用品を揃えようとバック・ストリートへ向かう。
授業のレベル辞退は大して期待できなくとも、流石は東日本唯一の「魔法を教える学校」だ。
自分のクラスだけでも聞いたことのある家名がたちらほらあった。腕を磨くのには悪くない環境だ。
歩き慣れたヨーロッパ的な商店街を迷わず進む。
とりあえず行くべきは「トール商店」だろうか。
いけ好かない店主の経営する胡散臭い店だが、触媒に関してはこの辺で一番の品揃えを誇る。元素系魔法の苦手な俺には触媒は必需品だ。
いい加減ガタの来た店舗に到着する。
改装ぐらいすればいいのだろうが、ここのケチ店主にそういう気遣いは望めない。
カラン、カラン。
扉を開けると魔法仕掛けの鐘が鳴る。
普通に鐘を設置すれば済むのにわざわざ魔法仕掛けにするのが謎だ。
ケチ店主にしては洒落ている。
「いらっしゃい」
店主の声がする。いつもは顔ぐらい覗かせるのだが今日は来ない。
他に客が来ているのであろう。煩雑に並べられた商品棚の間を進んでいく。
予想通り、店主は接客をしている。客はパンドラ学園の制服を着ている三人。新入生?
「あ」
そこにいたのは俺に「よろしく」と言ってきた女の子だった。向こうもこちらを見て気付いたらしい。
「霧ヶ峰君も買い物?」
「ああ。北条さんに金本さんに幸田さんだよね」
「ええ」
幸田さんが俺を見ていることから考えると幸田さんは魔法使いの家系なのかもしれない。
幸田……。幸田ねぇ。魔法陣の大家に幸田なんたらとかいうおっさんがいたような気もする。
「霧ヶ峰君も杖を買いに来たの?」
杖?ああ、そういえば学用品に入ってたな。俺も杖は使ってないから一本入手しなくちゃ。
って。
「おっさん。ここはいつから杖屋に?」
「え? 嫌だなー。杖だって売ってたんだよ。このコーナーで」
微妙に顔を引きつらせて棚を示す。疚しいことがあるんだな。
「ふーん。こんな狭いスペースの杖屋も初めて見たが、まぁいいや。俺も一本必要だし、ちょっと見せてよ」
このおっさんのことだ。碌な商売をしていないのだろう。
「ええ? 阿久人君が使うような杖はないってー」
確かに俺は初心者ではないけど、
「授業であんなもん振り回したら物騒でしょうがないだろ」
「あ、ああ。そういやそうか。それじゃぁ」
何やらコソコソと三人に見せた杖を隠して新しい杖を出そうとする。すかさず、その手を取り押さえる。
「それ、見せてよ」
「いや、これは初心者用でね。阿久人君には」
などとゴニョゴニョ言うのを無視して取り上げる。随分綺麗に削られた杖だ。木製で芯には金属かなんかが使われているらしい。普通に魔力は通る。
余りに通りが良すぎて杖としての役割は弱いが、初心者にはこれぐらいが妥当だろう。
「何だ。別に悪い品じゃないじゃん」
明らかになんかあると思ったんだが。
「ヤダなぁ。疑ってたの? ウチがそんなの扱うわけないじゃないか」
「まぁ、二万五千円は明らかに違法だけどな」
俺もこれでこのおっさんとは付き合いが長い。使う手口ぐらいわかっている。
魔法用具に限らず、魔法を生業とする者には厳しい規制が課せられている。
まだまだ認知されていない分野だからぼったくりとかが起きやすいからだ。こういう風に。
「なぁ。阿久人君。……黙っててくれる?」
「ハァ。何で直ぐにばれるようなことばっかすんのかなぁ。ま、告げ口はしねぇけど。とりあえずこれ補充して」
「わかった。ちょっと待ってろ」
俺が渡したのはベルト式の触媒入れ。瓶と革袋に数種類の触媒が入っている物だ。
「あのさ」
後ろから声がする。やべ、すっかり忘れてた。
「何?」
「何がどうなったのか説明して欲しいんだけど」
「えっと、あの杖が法外に高かったからさ。つうか、あのおっさん信用出来ないから気をつけた方が良いよ」
本人が聞いたら泣くかな。事実だからしょうがないけど。
「じゃ、ホントはいくらぐらいなの?」
「さぁ。あんなのたんなる棒だしね」
需要が少ない魔法用具は高価な物と誤解されがちだが、物によってはそんなことはない。
「へぇ」
「あの杖自体には魔法はかかってないから単なるブースターだし。杖だったら奥の店がいい……らしい。他の店なんか行ったこと無いから知らないけど」
「え? じゃぁ一緒に行っていい?」
金本さんがきいてくる。
「ああ。別にいいよ」
「阿久人君ー。そりゃ、ないよー」
「あ、終わった? いくらだって?」
「千九百五十二円。……ね。ここで買ってきなって」
「買うわけないだろ。大体、これどこの大量生産品だよ」
「くー。こっちは今日食べるだけでも精一杯なのに」
「嘘を言うなよ。まぁ、薬品とかはここで買ってもいいけど」
学用品のリストを取り出す。
「この辺のヤツ揃ってる?」
「バカにするな。ガキが使う触媒ぐらい全部揃ってるっつうの。お嬢さん方も買ってってくれる?」
「あ、じゃあ」
「はい」
「そうします」
それぞれの返事を聞くとおっさんは嬉しそうに店の奥に消えていった。
「結構かさばるな」
渡された薬品などの触媒は種類、分量共に結構な数があったために重くはなくとも場所をとる。
「ねー。霧ヶ峰君って魔法使いの家の子なの?」
「そうだけど」
「へー。凄いなー。魔法使いの家ってどんな感じ?」
「別に。何も変わらないっしょ」
一般的な魔法使いの家庭を知らないから確かなことではないが。
「ふーん。やっぱり、もう魔法とか使えるんだよね」
「少しだけ。あんまし才能がないから派手な魔法は使えないけど」
とくに元素系魔法はひどい。
「あ、ここだよ」
着いたのは「古谷杖専門店」。ここに比べると「トール商店」など可愛い物に見えてくるぐらい古い店だ。
立て付けの悪いドアを思いっきり開けるとギーッという音共にドアが開く。
「ちはっす」
ここの店主はおばあさんで昔からよくお世話になってきた。
「おや、英二さんとこの坊やじゃないか。久しぶりだね」
「いい加減、名前で呼んでくれない?そろそろ一人前だよ」
「はいはい。そっちの嬢さん達はどちらさまだい?」
「こっちは俺のクラスメイト。ほら、今年から魔法学園に入ることになったからさ」
「ああ。そう言えばそんな物が出来るとか言ってたわねぇ」
「ばぁちゃん。それ、三年前の話な」
「そうっだたかの。それで、今日は何の用で来たのかな」
「ああ。杖が一本欲しくてね。俺も一応持っておこうと思ってさ」
「そりゃぁいい。いいトネリコの木が入ってね。あんなに素直な木も珍しいて」
「ふーん。芯は何が良いかな。俺はやっぱし元素系に変質させたいから白金とかが欲しいんだけど」
「芯などいらん。歳月を経た木々達はそれだけで優秀な杖になるんじゃて」
「それ本当か?大昔の魔法使いじゃあるまいし」
「まぁ、そう捨てたもんじゃないわい。ちょっと待っとれ」
ばあさんは腰を丸めて店の奥から四本の杖を持ってきた。
「どうも」
試しに杖を一振り。魔力を込める。
「やっぱこれ柔らかすぎるって。これじゃ、ただでさえ元素系が苦手なのに全く扱えなくなる」
魔法には大きく分けて二系統がある。元素系と魔導系。前者は魔力を炎、風、水、地の四元素に転換させる魔法。後者は魔力その物を魔法として扱う魔法。
多くの魔法はこの二つを組み合わせることで行使する。魔導系ならば自信があるが元素系が弱いままでは偏りの激しい魔法使いになってしまう。
「慣れじゃ慣れ。金属の魔極なんざ使ってるとそれこそ頼りっきりになるんじゃ。この杖でいいんじゃないかね?」
「む。まぁ、そう言われればそうなんだろうけどさ。どちらにしても他の三人には向かないと思うぜ」
「それはそうかもしれんの。ふむ」
そう言ってばあさんは後ろの三人は観察する。
「まぁ、いいや。これいくら?」
「それは高かったんだがのう。英二さんの恩に免じて五千円に負けてやろうて」
「それはなんか悪いような気もするけど。ありがたく負けてもらうとしますか」
財布から泣け無しの五千円を取り出して支払う。本当は格好良く定価で払いたかったんだけど、金がなかったというのは秘密である。
「じゃ、俺先行くから。また明日」
受け取った杖を指でクルクル回すと三人の少女に手を振って俺は店を後にした。
四月はまだ日が沈むのが早い。五時を少し過ぎるともう夕暮れだ。買ったばかりの杖を仕舞うと代わりに鞘に入った短剣をベルトに下げる。
これが俺本来の杖。とはいえそこらで振り回してるのを見つかれば、銃刀法違反で補導では済まないかもしれない。
「『鋭利』という概念を持たせるためとはいえ物騒だよな」
だが、これがなくては夜の活動が一切出来ないので仕方がない。
この世が地獄となってから九年。世界の夜には魑魅魍魎がはびこっている。
この期に及んで未だに科学を盲信する日本人は危険意識が異常に低い。
現在の科学では測りきれない神秘があることをなぜこうも認めないのか。
だが、それを言っても仕方がない。仕方がないから、俺は毎晩幽霊狩りに励んでいる。
コンビニに入ってスポーツ飲料とパンを類買い込むと、幽霊のいそうな場所を探し始めた。
「この辺怪しいな」
街はすっかり暗くなりいつ幽霊が出てきてもおかしくない。一般的な幽霊は人間の残留思念という核に魔力という肉付けがされることで実体化する。
だから心霊スポットというのはあながち間違いではない。今日はそんなビルの間を張っていた。
――ザッ
第六感とでもいうべき魔法的感覚が違和感を察知する。音を立てず、気配すら漏らさず鞘から短剣を取り出す。全神経を集中させた。
世界への不自然過ぎる干渉。それが彼らの存在の徴。
いる。
どこだ?
無理矢理造られた空間の歪み。それが彼らの場所。
捉えた。
握る剣に魔力を込める。闇の中を限りなく静かに動き出す。
短剣が神秘の光を放ちだした。
幽霊も漸くこちらに気づき、歪んだ体をこちらに向けてその穢れた腕を振るう。
その刹那。
その時には既に勝負は付いていた。
魔力を纏う刃で斬られその存在は霧散する。
「小物だな」
聞こえるはずもない相手に感想を漏らすと足早にその場を立ち去る。次の敵を求めて。
その場に誰かが何かをした痕跡など微塵も残らなかった。
夜遅くまでそんなことを繰り返す。それが俺の日常だ。