第二話 side:girl
緊張した。あんなに緊張したのはいつ以来だろうか。
入学式では偉い人がたくさん喋っていたし、学長まで|(当たり前だが)|話をされたからこれから魔法を学べるのだという感慨で心臓が音を立てて跳ねた。
だから、教室に入る時の緊張と言ったらなかった。
何しろ魔法使いの卵で溢れている教室だ。ここより魅力的な教室は世界中探してもそうはないだろう。
スー、ハー。
深呼吸を一つすると思い切ってドアを開けた。
「あれ?」
てっきり教室にたくさんの生徒がいると思ったが、教室にいるのは一人だけ。
よくよく考えれば、入学式終わってすぐに来たから他の人が来てないのも無理がない。
「フー」
軽く息を吐く。黒板に座席表が貼ってあるのでそれを見て席についた。丁度、一人だけ座っている男の子の隣だ。顔はよく見えない。
暫くは大人しく座ってたけど、他の人がなかなか来なくて手持ち無沙汰になる。
うーん、このせっかちな性格はどうにかならないかな。
……よし。挨拶してみよう。
伏せてるからどんな人かわからないけど声をかけたら怒り出すなんてことはないよね。
そう思ってまた深呼吸を一つ。
「あの」
反応はない。微妙にくじけそうになるも気を取り直してもう一度。
「あの!」
少しばかり大きな声になる。
「……?俺?」
驚いたように起きあがる。活発そうな顔立ちだちで目が鋭さを感じさせる。無造作にたった髪が全体の印象を柔和にしている。
「あ、ほら。一年間一緒にやっていくからよろしくと思って」
早口にならないように気をつけながら言う。
……。
…………。
あれ?黙っちゃった。……何か変なことを言ったのだろうか。
気付かないうちに魔法使いのタブーに触れたとか。そんな可能性を頭の中で数え上げた。
「うん。よろしく」
だから。唐突に返された返事に反応することが出来なかった。
「ハイ。私がこのクラスの担任をすることになった木下 美紀です。よろしくー」
担任の先生は若い女の先生だった。そういえば、見かけた先生も女の人が多かった気がする。
「私の専門は魔法陣ですから授業でもみんなを教えることになります」
この学校は厳密には高校ではない。まぁ、魔法を教える学校で普通の学校と同じ単位を取れるわけないので当たり前だ。扱いは高等専門学校。
五年制だが、最後の二年は選択となっている。
「こうやって私が喋っていてもしょうがないし、自己紹介でもしてもらおうかな」
慣れていないのか説明もそこそこにお決まりの自己紹介に移る。
クラス中から「えー」という声が聞こえるのもお決まり。魔法使いの子供といえども普通の高校生と変わらないようだ。
私のように普通の子供として育ったのに突如として魔法の才能が芽生えた人の方が多いのだから当たり前か。
皆、あまり多くを語ろうとはせず、誰が魔法使いの家の生まれなのかはわからない。
っと、私の番だ。
「北条 早苗です。中学は新見三中です。趣味は料理と音楽です。一年間宜しくお願いします」
本当は趣味は魔法って言いたかったけど、恥ずかしかったしド素人だしやめておいた。
普通な挨拶に普通な拍手が返ってくることに安心して席に座る。
それから、何人かの挨拶が過ぎて隣の子の番になった。相変わらず机に伏せてて起きてるのかもわからない。大丈夫だろうか。
「霧ヶ峰 阿久人。播戸北中です。趣味は、特にありません」
ふっと、急に立ち上がるとそれだけ言って頭を下げて座る。少し遅れて拍手が起きる。それもすぐに治まって次の人の自己紹介に移る。
何か魔法のデモンストレーションでもあるのではないかと思っていたのだけどそんなこともなかった。
その後、時間割、生徒心得や必要な物が書かれた書類が配られたりしていく。
うん、こうしていると別に普通に学校なんだな。
少し、緊張はしてたけどこれから始まる学園生活に期待を膨らませた。
「うーん、こういう物が必要なんだ」
私が眺めているのは先ほど配られたばかりの書類。この学園で学ぶのに必要な物が列記してある。
もちろん魔法関連の品々だ。これって買うのはやっぱ魔法関連の店なんだろなぁ。
そういう店がある場所は知ってたけどなんとなく気後れがするから一度も行ったことがない。私がそうやって書類を眺めていると、
「あのさ」
声が掛かった。
「え、なに?」
話しかけてきたのは、えっと金本 ヒカリさんだったかな。長い髪をポニーテールにまとめた子だ。明るい声が自己紹介の時の印象に残っている。
「もし良かったら私たちと一緒に買いに行かない?一人二人だと行き辛くってさ」
ハキハキとした物言いに好感が持てた。後ろにはもう一人、いかにも文学少女という感じの子がいる。
「私もそう思ってたの。入れてくれると嬉しいな」
「よかった。北条 早苗さんでよかったよね?私は金本 ヒカリ。こっちの子は幸田 恵美さん」
「あ、よろしく」
幸田さんか、思い出した。
「よろしく」
恥ずかしそうに頭を下げる。小動物みたいだ。
「今から行くの?」
「うん。とりあえず値段見ないとどうしようもないしね」
「だね」
私たち三人は揃って学校を後にした。
やって来たのは賑やかな商店街から通りを二つ程過ぎたところにある裏通り。
この辺で唯一魔法関連の店を扱っている通りだ。
魔法の存在が認知された今でも魔法の存在はあまりメジャーではなく、魔法が人々の生活に自然に馴染んでいるわけではない。
魔法関連の品々の中には魔法の才がなくても使える便利な物も多いのだが、現在の法律では混乱を避けるためそういった物を扱えるのは政府に登録した者だけとしているのも良い例だ。
「へー。なんだか映画のワンシーンみたいね」
そういって笑うヒカリさん。確かに西洋風の街並みはどこかの映画に出てきそうなお洒落な感じがする。
聞いてみるとヒカリさんは仙台に住んでいて、魔法の才を認められて学園に入学してきたそうだ。
寮の規模を考えると、そういう人は多いみたい。
「えっと、まずは」
リストをザッと見て面白そうな物を探す。
「杖だって」
「本当だ」
「へー」
魔法の杖。魔法使いの象徴として余りにも有名なその品はリストの上位に名を連ねている。
「じゃ、まずそれ行こう」
「うん」
杖か。それで魔法が使えるようになるのかな。期待を胸に抱いてお店を探した。
「ここか」
若干古びた佇まいを見せる店の前に来ていた。看板に「トール商店 〜魔法用具の専門店〜」と書いてあり、張り紙には初級者歓迎の文字が書いてある。
「なんかアンティークな感じ」
「というか、古いだけ?」
「ハハハ」
ヒカリさんは結構にべもない言い方をする。
「入りましょうか」
幸田さんが恐る恐るという風に言う。
「そうね」
私は腹を括ると店の扉を開けた。
カラン、カラン。
鐘の鳴る音がしたけど扉には付いてないみたいだから魔法の類なんだろう。流石は魔法用具店といったところか。
「いらっしゃい」
出迎えたのは町ですれ違えばちょっと歳のいったサラリーマンという感じでとても魔法使いには見えない。失礼だけど。
「えーっと、何が必要なのかな」
店主と思われるその人は読みかけの新聞をおくと立ち上がる。
「あ、私たちパンドラ学園の新入生で」
「あー。そっか。そろそろ来る時期だと思ってた所だよ。ということはみんな初心者なのかな?」
「はい」
三人がそれぞれに肯く。
「だったら、まずは杖から選んだらいい。魔法使いの杖というのはね、人によって使う物がかなり違うんだよ。得意な物、苦手な物、そういったことがわかってこないと本当の自分の杖は選べないんだ。だから、そうだね。まずは初心者用の杖を買った方がいいんじゃないかな」
ペラペラとよくしゃべる人だ。商売人らしい。
「はぁ」
とりあえず相槌を打ってから考える。初心者用の杖か。やっぱりそうなるんだろうな。
「それだといくらぐらいになるんですか?」
「そうだなー。柔軟性が必要だしある程度の指向性もいるからなぁ。こんな奴かな」
棚の中段から細い箱を取り出して手渡される。
「あ、どうも」
開けてみると中には短めの木製の杖が一本入っている。
「へー。綺麗なモンね」
横から覗き込むヒカリさんが呟いた。私は一通り眺めてから箱ごとヒカリさんにまわす。その時、箱に付いた値札が見えた。
「!」
声を出さなかったのは我ながらよくやったと思う。付いている値段は二万五千円。
相場がわからないのでなんとも高いのかどうかはわからないけど、とりあえずこれを買うには貯金を下ろさなくてはいけない。
ヒカリさんと幸田さんも値段を見たらしく困ったような顔をしている。
どうしようか考えていると、カランカランと扉の鐘が鳴り響いた。