悪女と軟派男
結衣子は楓を待たせているため、マナー違反にならない程度に急いで教室に向かっていた。
ようやく教室につき、扉を開け中に入ると生徒はひとりしかいない。
その生徒は結衣子に背を向けるように教室の奥に立っていた。それ以外の生徒はもう帰ったらしい。
教室に残っていた生徒が結衣子に気付き振り返った。
その男子生徒は長身で少し癖のある茶髪。制服も下品ではないが着崩している。なんとなく、軟派そうな雰囲気の男だった。
「ねぇ、名前は?」
男は結衣子を見るなりそう言った。
「・・・はい?」
突然名前を聞かれに結衣子は、驚いた。
「名前、教えて?」
笑顔でもう一度同じ質問をした。
「・・・。」
結衣子は答えなかった。
「もしかして人に名前聞くなら先に自分の名前を言えー、とか思ってる?」
答えない結衣子に怒ることなく男は笑いながらそう言った。
「・・・あなたは小野寺慎之介さんでしょう。」
「ん?知ってたの?」
男は目をまるくした。
「知らない方がおかしいでしょう。小野寺家のご子息を。」
「まあ、そうか。・・・で、君は?」
「峰結衣子です。」
どうしても自分の名前が気になるらしい小野寺に、仕方なく名前を答えた。
「おお!やっぱり!今までどこ行ってたのさ!さがしたんだよー俺。」
嬉しそうに小野寺は笑った。
「それは申し訳ありませんわ。なにか御用でしたか。」
「んー。いや、ただ顔が見たかっただけなんだけどさー。」
「では、もう用はすみましたね。」
「いやー、まだ。」
「なんでしょう。」
「結衣子ちゃんって、男大好き?」
少し声を潜めて言った。
「・・・。」
「いやさ、噂によると男遊び激しいらしいじゃん?洸からもそう聞いてるし。」
「彼とお知り合いでしたか。」
一条の名前に少し反応をみせた結衣子。
「まあね。家同士の交流もあったし。洸の元婚約者が学園に戻ってきたっていうから気になって来ちゃった。」
「そうでしたか。」
「そんで?噂は本当?」
「・・・確かめてみますか?」
結衣子は微笑みながら小野寺に近づいた。
「ふーん。おとなしそうな顔してんのにねー。」
「嫌ですか?」
結衣子は小野寺の胸に手を当て上目づかいで聞いた。
「ううん。ぜーんぜん。可愛くて積極的な女の子俺、だーいすき。」
小野寺は笑顔で結衣子を抱きしめた。
「それは光栄ですわ。」
結衣子は抱きしめられながら小野寺の顔を見つめた。
「じゃあ・・・」
そう言いながら結衣子の顔に近づく小野寺。結衣子の唇に触れそうになったとき結衣子が口を開いた。
「・・・ですが、今日は友人を待たせているんです・・・。」
ごめんなさい、と悲しげに眉を下げた。
「えー!いいじゃーん。ほっときなよー。」
良いところでおあづけをくらい不満そうな顔をした。
「申し訳ありません。」
「ちぇー。今から楽しもうと思ってたのにー。」
「今日は無理ですが、これからいくらでも楽しめますわ。」
結衣子はもう一度小野寺にぐいっと近寄り小野寺の耳元でそう言った。
「まあ、それもそっか。わかった。今日は帰してあげる。」
それに気をよくした小野寺はやっと結衣子を解放した。
「ありがとうございます。」
笑顔で結衣子は言った。
「んー、じゃ俺も帰ろーっと。またねー結衣子ちゃん。」
小野寺はまたね、と言いつつ結衣子の頬にキスをし、手を振って帰って行った。
「ええ、また。」