魔術師と配達人 番外編・最初の物語
配達人と魔術師。
手紙等を届ける配達業務を担う配達人と、それを補佐し、危険地帯での護衛を担当する魔術師のことである。
さて、そんな配達人と魔術師には、それぞれ所属がある。
配達専門組織の一角にある手紙配達の専門部署、レターズ。
彼らのサポート役ーー配達人たちの補佐(兼護衛)役の魔術師を派遣する魔術師協会。
基本的には、配達人と魔術師という二人一組で組むのが主だが、もちろん例外もある。
そして、その例外にして、まだ魔術師協会に協会の問題児が集う『協会の協会』が無い頃の物語。
☆★☆
空を見上げ、そっと息を吐く。
帰還途中で新たに舞い込んだ仕事をするために、ある少年が目的地に向かっていた。
少年の名はクウリ。
レターズ所属の配達人にして、魔法も使えるという珍しい配達人である。
「確かこの辺りなんだけど……」
周囲を見渡すがーー……どこを見ても、砂砂砂である。
「…………」
気が遠くなりそうだった。
クウリは改めて内容を確認する。
『魔術師協会に来るはずの者がまだ来ていない。人数は二名』
一番近いから、君が捜して連れてくるようにーー……。
はぁ、と溜め息を吐き、とりあえず、歩くことにする。
何もしないよりはマシだったから。
数時間後。
「いやー! へんしつしゃー!」
「おじさんこないでー!」
「僕はまだ十三歳だ!」
そう言いながら、クウリは目の前を走る二人の少女を追いかけていた。
では、何故そうなったのか。
それは数時間前に遡る。
砂漠同然なこの地帯を歩いていたクウリは、ふと蠢く何かを見つけた。
「まさかとは思うが……」
近づいて理解する。
あれは人だ。
しかも、二人。
連絡と同じである。
そっと影に近づけば、向こうは気づいたのか、こちらを見て逃げ出した。
それを慌ててクウリは追う。
聞きたいことがあるんだ、と言いながら。
だが、二つの影ーー少女たちは止まらない。というか、先程よりスピードが早くなっているような気もした。
そのうち、一人の少女が転び、それに対し、もう一人の少女が早く、と急かす。
転んだ少女には悪いが、クウリとしてはチャンスだった。
そっと近づけばーー
「いやー! へんしつしゃー!」
「おじさんこないでー!」
その言葉に思わず固まる。
「僕はまだ十三歳だ!」
まさか『おじさん』と言われるのは予想外である。
思わず反論したクウリだが、少女たちはそこにはおらず、再び鬼ごっこが始まった。
不審者には付いていかない。
きっと、二人の両親がそう教えたんだろう。
だが、このままでは、埒が明かない。
仕方ない、とクウリは魔法を使い、二人を捕らえた。
はなせー、と暴れる少女に溜め息を吐き、クウリは指示が書かれた文面を見せる。
「じ、よめない」
転んだ方の少女はそう言った。
そんな少女に、暴れていた少女は不機嫌そうに睨みつけた。
「いっちゃダメでしょ?」
「え、ダメだったの?」
転んだ方の少女は戸惑ったように、クウリと睨む少女を交互に見る。
そんな少女を見て、クウリは溜め息を吐き、睨んでいた少女も溜め息を吐いた。
「このひとがわるいひとだったら、どうしたの?」
そう聞かれ、それは、と少女は俯く。
それを見て、少女は言う。
「さっき、ききたいことがあるっていってたけど、なんですか?」
大人しくなった少女はクウリに尋ねる。
「ああ。君たちは魔術師協会に向かっていたのでは?」
「……そうだけど」
少しばかり間があったが、予想通りだった。
クウリはレターズの所属だと示すものを提示する。
「僕はクウリ。レターズ所属だ。魔術師協会の依頼により、二人を魔術師協会に連れてくるように言われた」
二人の少女は互いに顔を見合わせた。
ちゃんと名乗ったのだから、少しは信じてもらえたか? とやや期待を持ちつつ、クウリは二人の返答を待つ。
「わたしは、マナ。こっちはいもうとのナツ」
マナと名乗った少女は、ナツと紹介された少女を示しながら自己紹介をした(なお、転んだ方の少女はナツである)。
マナの言い方からすれば、二人は姉妹らしい。
クウリは二人の拘束を解き、二人の名前を復唱する。
反対に、二人はそんな事をせず、クウリを見上げていた。
こうして、三人による魔術師協会までの旅は始まった。
思いの外、旅は順調だった。
あっさりと魔術師協会に着き、二人を引き渡し、クウリもレターズに戻った。
この事が後に大変な騒動を引き起こすとも知らずにーー
☆★☆
十一年後。
はぁ、と溜め息を吐く。
何故自分はこの場にいるのだと、クウリは問いたくなった。
現在、クウリがいるのは法廷だ。
いる理由を問われれば、十年前ーーいや、十一年前の出来事が原因である。
『人を荷物扱いするのかしないのか』
この法律の改正は、レターズや魔術師協会としては、とんでもないとばっちりである。
レターズと魔術師協会の言い分としては、クウリは協会が頼んだ人物を連れてきただけだと、法律の改正前の出来事を何故今、判決する必要があるのか、ということだった。
下手をすれば強行手段に出かねない二つを抑えたのは、クウリだった。
自分は大丈夫だから。
そう告げて。
(あの二人、どうしているのやら)
クウリが思い浮かべるのは、あの時分かれたままの、自分が連れてきた二人の少女。
年齢を考えれば、年頃の娘なのであろう。
(せめて、一目だけでもいいから、二人の成長した姿が見たかったなぁ)
何となくそう思った。
だから、気づかなかった。
この法廷の傍聴席に、二人のうちの一人がいたことにーー
「な、何だ!?」
その声を聞き、クウリは正気に戻る。
何やら煙みたいなものが出ている。
傍聴席の人々は慌てて避難を始め、検事や弁護士も避難を始めた。
「え? ちょっ……」
どうやら放置されたらしい。
依頼人を放置するのもどうなんだ? と思ったが、それと同時に、あの人たちにとって、自分の件などどうでもいいことなんだ、とクウリは思った。
そう思っていた矢先、腕が急に引かれた。
クウリの動揺なんか関係ないとばかりに、ぐいぐいと腕が引っ張られる。
「え、ちょっ……」
「すみません。少し黙っててください」
声を出せば、若い女の声が返ってきた。
煙で姿は分かりにくいが、声だけで自身の腕を引いているのが女なのだと、クウリは理解した。
何とか外に出て、彼女の姿を確認する。
目が合えば、にっこり微笑まれる。
「お久しぶりです。クウリさん」
何言ってんだ? と言いたげに、クウリは固まった。
「えっと、どこかでお会いしましたっけ?」
自分の名前を知っているのなら、どこかで会ったのだろう。
「はい。だいぶ前ですが」
女は頷いた。
だが、クウリにはその記憶がない。
「悪いが、どこで会ったのか教えてもらえないか? 全く分からないんだが」
そんなクウリの言葉に、女は噴き出し、言う。
「やだ、姉さんの言った通りだ」
クウリは姉さん? と首を傾げる。
そもそも、クウリは目の前の彼女は知らないし、見たこともない。
未だに目の前の彼女は笑っていたが、疲れたー、という彼女にクウリも苦笑いした。
「本当に分かりませんか?」
彼女は首を傾げて尋ねる。
だが、クウリは分からなかった。
先程の発言にあった姉ということは、彼女は妹なのだろう。
「あー……本当に分からないんだ。まあ仕方ないけどさ」
彼女は寂しそうな顔をするが、すぐに表情を変えた。
「じゃあ行きますか」
「は? どこに?」
クウリが尋ねれば、彼女は言う。
「魔術師協会に、です!」
クウリは目の前の少女に連れられ、考えていた。
姉に妹。
魔術師協会。
そのキーワードで出てくるのは、魔術師協会まで共に旅をしたあの姉妹である。
だが、あの時の姉妹ーーマナとナツ、目の前の彼女がナツだとして、何故この場所にいるのかという疑問が出てくる。
「あ、姉さん!」
人影が見え、少女が駆け寄る。
それにクウリも付いていく。
そこにいたのは、藍色のロングヘアーの少女だった。
少女はクウリを一瞥し、駆け寄ってきた少女に近づく。
「その様子だと、どうやら分からなかったみたいね」
「あはは……でも、次は姉さんだよ」
苦笑いし、少女は言う。
「そうねぇ……まあとりあえず、協会に戻ろうか」
そう言われ、二人の少女は歩き出す。
「ちょ、ちょっと待て」
後から来た少女は何? と言いたそうな目を向ける。
「俺は戻れない」
「何言ってるんですか。こっちは貴方を連れてくるように言われてるんです。黙って付いてきてください」
クウリの言葉に、後から来た少女はそう返す。
「でも……」
「私たちを協会に連れてきたくせに、今更気にするんですね」
それが決定的だった。
「……ああ、やっぱりそうか」
クウリは呟いた。
「マナとナツか」
「やっと気づいてくれたー!」
クウリの腕を引いていた少女ーーナツは嬉しそうに言う。
一方で、後から来た少女ーーマナはふん、と顔を背けていた。
「仕方ねぇだろ」
ノーヒントで難問にチャレンジするようなものだ、とクウリは思う。
「それでも、ちゃんと気づいてくれたから良かったよー」
ね、姉さん、とナツはマナの顔を見る。
そんな姉妹を見て、クウリは笑みを浮かべた。
(良かった。二人に会えて)
そんなクウリに気づいたマナは、再度顔を背け、歩き出す。
その背中をナツが待ってよ~、と追い掛ける。
そんな二人を見ながら、クウリも二人の後を追う。
ーー出来ることならずっと……
そう思いながら。
読了、ありがとうございました
誤字脱字報告、お願いします
さて、魔術師と配達人の番外編でしたが、いかがでしたでしょうか?
ちなみに、マナとナツが最初にクウリと会ったときの年齢ですが、マナが八歳、ナツが六歳でした
私が『魔術師と配達人』シリーズで最初に書いたのはこの三人でした
マナとナツの性格も少し違いました
それでは、連載版の魔術師と配達人もよろしくお願いします