依頼2-3
翌日。
樋田は言っていたとおり、ほぼ同じ時間にやってきた。
この一日の間になにがあったのかわからないが、昨日以上にやつれた姿で現れた。
「レベル9までは上げましたけど、よろしかったでしょうか?」
樋田はああ、とだけ言い、もくもくとスポーツバッグにゲーム機を詰め込んだ。そしてバッグを肩に提げると、大きく息を吐いた。
「君の努力が報われるよう、君自身も祈ってくれ」
樋田は目を潤ませながら、震える声でそう言って、足早に出て行った。
更に翌日。
樋田は再び現れた。
目の周りこそ疲れた様子が見てとれるが、表情はそれまでとは違い晴れ晴れとしていた。
ばあさんに頭を下げると、興奮気味にオレに近寄ってきた。
「君のおかげだ、ありがとう! 」
「ちょ、ちょっと待ってください。オレにはなにがなんだか……」
「息子が、タクトが目を覚ましたンだよ」
「樋田さん、ちょっと落ちついてください。最初からゆっくりと説明してもらわないと……」
樋田はすまない、と言って、ハンカチを取り出し額を拭った。
「お子さんがどうかしてたのかい?」
ばあさんが売り物の缶コーヒーを樋田に差し出した。
「ありがとうございます」
樋田は美味そうに一口飲んで落ち着きを取り戻した。
「実はここに仕事を頼みにきた日の午前中、息子がゲームを買いに行った帰り道で事故に遭ったンです」
オレとばあさんは無言で顔を見合わせる。
「手術後、意識の戻らない息子について医者は助かる見込みは五分五分だと言いましてね。それでなんとか息子の意識に呼びかける方法はないものかと嫁さんと思案した結果、三度の飯よりゲーム好きな子ですからゲームの音でも聴かせれば反応するンじゃないかと医者も呆れるようなことを考えまして……」
「医者がどんな顔をしようと、親ならではの特効薬、治療法はあると思いますよ」
ばあさんの言葉に樋田はありがとうございます、と頬を緩めた。
「タクトはほんとにあのゲームを楽しみにしてました。私はキャラクターに息子の名をつけ、ゲームの中のタクトもがんばってるぞ、と励ますつもりでした。ただ、気がついたンです。ゲームの中のタクトが死んでしまったら……と。そう思ったら、もうゲームに手を触れられませんでした。レベル上げして、敵に負けない状態にしてからでないとスイッチを入れられない。そのことを嫁さんに話したら、タクトと行ったことのある駄菓子屋さんに『なんでも屋』という商売をしている人がいる、と聞いたンです。それでお願いしようとここを訪ねたンです」
オレはけっこうな大役を担わされていたことを知って肝を潰した。
これでもし樋田の息子が助かっていなければ、オレはどんな顔でこの話を聞けばよかったのだろう。
「ただ、目覚めた息子に怒られましてねェ。勝手にゲームをやるな! と」
樋田はオレの気持ちなどよそに、頭をかきながら豪快に笑った。




