依頼1-13(最終話)
大羽刑事がオレに最後に尋ねたのは、午前十一時から正午までの状況だった。
「沙緒さんを疑ってるンですか?」
オレは信じ難い思いで尋ねた。
「恐らくは……」
そう言った大羽刑事の表情は、言葉以上に確信に満ちているようだった。
だが、オレには沙緒が父親を殺害する理由がわからなかった。大羽刑事は既にそれも掴んでいるのだろうか?
気になるところではあったが、オレは口にしなかった。これ以上事件に係わるのはよそう、と思いとどまった。
「もうオレは帰ってもいいですかね?」
沙緒が犯人である以上、共犯の可能性のあるオレを黙って返すわけがない、と思いつつも一応聞いてみた。
だが、オレの懸念をよそに、大羽刑事は意外にもあっさりと認めてくれた。最早オレの存在など眼中にないといった表情で、しきりとなにかを考えているようだった。
「じゃァ、帰ります…」
二階を見上げている大羽刑事にそう言って、オレは城村家を後にしようとした。すると、大羽刑事が青波さん、とオレを呼び止めた。
「感謝してましたよ」
大羽刑事が唐突に言った。
「感謝?」
オレは大羽刑事がなにを言っているのか理解できなかった。
「間山泉ですよ」
オレはその名を聞いて、あの時の映像が脳裏に瞬時に浮かび上がった。
――女として……女として警察に向かいたかったンです。
――罪を償うにしてもなにかひとつ心の拠り所が欲しかったンです。もう一度女として生きていくために……。
あの間山泉がオレに感謝しているというのか……。
オレは――。
少しも喜べなかった。
知らずに済むものなら知らないままがよかった。
「関係ありませんよ」
オレは大羽刑事の目を見据えてそう言い、踵を返した。
恐らく、オレが望もうと望むまいと城村沙緒の情報は、今の間山泉のようにどこかしこから飛び込んでくるだろう。少し憂鬱な気分になった。
今朝、城村と歩いた道を逆戻りする。公園の手前でオレに吠え立てた犬と再び対峙した。犬は朝と同じようにオレに激しく吠えた。飼い主は今朝のことをきれいさっぱり忘れたかのように同じ言葉を繰り返した。
オレは少しだけ明日引き受けた犬の散歩が面倒になった。
(了)