依頼1-9
午後二時半――。
何事もなく午後五時を迎えるはずだった。
帰宅した城村の妻に、オレを騙しましたね、と笑って言って、この家を去るつもりだった。
しかし――。
城村家には現在、オレを含めて五人の人間が顔を突き合わせていた。
一時間前――。
沙緒が昼食の後片付けを終えると、沙緒のケータイが鳴った。
「ママからだわ……」
沙緒は独り言のように言って、これまでオレに見せたことのない不愉快そうな表情を作った。やはり、ひきこもっている状態では、親子関係もうまくいってないようだ。
すると沙緒は、なにを思ったのかオレのところにケータイを持ってきた。オレは強く拒否したが、沙緒は通話ボタンを押してオレにケータイを強引に握らせた。ひとつ屋根の下で見知らぬ男と過ごす娘を案じて、思わず電話してきたのだろう、と考えたオレは、仕方なくケータイを耳にあてた。
『沙緒?』
城村の妻の声。どことなく沈んだ声をしていた。
「申し訳ありません……青波です」
オレが答えると、城村の妻は深いため息を吐いた。
『こんなときにもあの娘は……。青波さん、沙緒に電話に出るように言ってもらえます? 』
オレは沙緒を見て、代わるようにと電話を突き出した。しかし、沙緒は首を横に振るだけだった。
「申し訳ありません……代わりたくないようです」
『青波さん、大事な話だと言ってください』
「わかりました」
オレが巻き込まないでくれよ、と思いながら母親の言葉を伝えると、沙緒は渋々ケータイを受け取った。ケータイを耳にあてると、沙緒は不機嫌そうな表情で相槌を打っていた。
「えッ!?」
沙緒が突然大きな声を上げた。視線が泳ぎ、明らかに動揺している。
一体なにが?
オレは沙緒の様子を窺う。
「待ってる……」
そのひと言を最後に沙緒は電話を切った。
沙緒はしばらくケータイをじッと見ていた。そして――。
「パパが自殺したって……」
オレは言葉を失う。
「遺体確認が済んで、これから刑事と家に戻るところだって……」
沙緒は覚束ない足取りでオレの前に立った。
「青波さん……」
それまで一緒に、と沙緒はオレの胸で泣き崩れた。