依頼4-5
「じゃあ、帰りますね」
仕事を終えたオレはタキの家を辞去した。
「この子がいなかったら、この先どうやって生きてゆけば……」
ぴーちゃんを手渡したとき、タキはぼろぼろと涙を零した。
――いい仕事をした。
オレは気分よく帰宅の途についた。
「あの……」
不意にオレを呼び止める女性の声。
薄闇からすッと現れたのは、門外から家の様子を窺っていた女性だった。
「なんでしょうか?」
オレは訝しげに彼女を見る。
「私、山野田タキの娘の綾音といいます。日中母がお世話になりましてありがとうございました」
綾音と名乗った女性は深々と頭を下げた。タキに似て、痩身で背が低かった。
「そうですか、娘さんでしたか。お世話だなんてとんでもないです。オレは仕事に来ただけですから」
「仕事?」
「ええ、人形を探してくれと頼まれまして……」
「人形というと……ぴーちゃん?」
「ええ、猫のイタズラで……。でも、見つかりましたので」
「そうでしたか。ありがとうございました。でも、迷惑だったンじゃないです? 家が家だし……」
オレは返答に困って苦笑いを浮かべた。そして、娘としてあの家の惨状をどう思っているのか気になったが、言葉には出さなかった。
「ごめんなさい。身内を前にして正直に言えるわけないわよね」
ほんとにどうしたらいいものか、と綾音はため息を吐いた。
「タキさんにはこれから?」
いえ、と綾音は小さく首を振った。なにか事情がありそうな様子が見てとれたが、オレは質さなかった。親子の問題に介入するほどお節介ではない。そろそろ話を打ち切って、家に戻ったほうが無難だとオレは判断した。
「それではそろそろ失礼します」
「母がゴミを集めだした理由ご存知です?」
立ち去ろうとするオレの背中に向かって綾音は言った。
「さあ……」
オレは背を向けたまま答える。
「私の結婚が原因なンです……」
「オレに話したところでどうにもなりませんよ」
「わかってます。ただ、私……ほんとにどうしたらいいのかわからなくて……」
オレの耳に綾音の泣き声が届いた。振り返ると、綾音はしゃがみ込み、顔を伏せて号泣していた。
「旦那さんは?」
オレは綾音の腕を取り、立ち上がらせた。
「親身に話を聞いてくれます。ただ、申し訳なくて……」
「一体何があったンです?」
綾音は呼吸を整えてから言った。
「母は……私たち夫婦を拒絶するために家をゴミ屋敷にしたンです」