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第6話:調理開始!――魔獣を『強火』で黙らせろ

 バザールの喧騒を離れ、三人はギルドから指定された「低ランク冒険者用」の狩場である『迷い子の森』へと足を踏み入れていた。


 木漏れ日が差し込む穏やかな森のはずだが、奥地からは時折、地響きと共に獣の咆哮が聞こえてくる。


「カズヤ、索敵はどうだ? 俺の腹の虫が、さっきから『肉を寄越せ』ってデモを起こしてるんだ。

 せっかくの冒険者の初仕事が薬草採取じゃ、俺のメンタルが持たないからな」


 ナツキが道端の草を杖代わりに振り回しながら、あくび混じりに問いかける。


 カズヤは歩きながらスマホの画面を凝視し、AR(拡張現実)で表示された熱源反応と魔力ログを解析していた。


「問題ないよ。ギルドが推奨するルートは無視して、魔獣の足跡と排泄物の鮮度から逆算した最短コースを導き出した。

 前方500メートル、巨大な倒木の下に、ターゲットの『ビッグ・ワイルド・ボア』が潜んでいる。

 推定体重300キロ超。Fランクが挑むには、本来なら自殺志願者レベルの獲物だね」


「よかばい! 300キロの肉塊か。王子の晩餐に相応しいボリュームたい!

  カズヤ、お前の『神速』でさっさと仕留めてこんね。おいはもう、焚き火の準備ば始めておくばい!」


 マルモが鼻歌まじりにインベントリから特製の「実家秘伝のタレ」を取り出した。

 

カズヤは溜息をつき、ワイヤレスイヤホンを装着してノイズキャンセリングを最大にする。


「了解。ナツキ、一応バックアップをお願い。俺、当たったら死ぬからさ」


「はいはい。お前の背中は、俺のメンタルガードで完封してやるよ。行ってこい」


 カズヤがスタートラインを踏みしめた瞬間、空気が凍りついた。


 『残機ゼロの神速デッド・オア・アライブ


 瞬きをする間もなかった。カズヤの姿が陽炎のように揺れたと思った次の瞬間、森の奥で「ギャッ」という短い悲鳴が上がり、直後に凄まじい風圧が木々をなぎ倒した。


 そこには、眉間を正確に撃ち抜かれ、何が起きたか理解すらできずに絶命した巨大な猪の姿があった。


 カズヤはその傍らで、スマホのストップウォッチを止めていた。


「0.8秒。加速時の摩擦熱で服が焦げそうになったけど、誤差の範囲内だね。ナツキ、回収を頼むよ」


「お見事。さて、ここからが本番だ」


 ナツキが死体に手をかざすと、巨大な猪は一瞬でインベントリへ吸い込まれた。

 

そして、彼らが向かったのはギルドではなく、森の開けた場所にあるキャンプ地だった。


「さあ、おいの『真の力』を見せる時が来たばい! カズヤ、インベントリの『熟成モード』で肉の温度を3度まで下げて、アミノ酸を引き出さんね!」


「やってるよ。ついでに、細胞膜を壊さない程度の超音波振動で、筋繊維を解しておいた。これでFランクの硬い肉も、A5ランクの和牛並みの柔らかさになるはずだ」


 マルモが焚き火を囲み、指先から蒼い魔力を放った。


 魔法指定――

『強火・芯まで均一・表面はキャラメリゼの如く』


 それは攻撃魔法ではない。食材の旨味を最大限に引き出すための、極限の熱管理だ。鉄串に刺されたボアのバラ肉が、蒼い火炎の中でパチパチと音を立て、黄金色の脂を滴らせる。

 醤油とニンニク、そして何種類もの香辛料が混ざり合った暴力的な香りが、森の空気を塗り替えていく。


「おい、マルモ。焼き加減はどうだ? 俺のメンタルは、もうこの匂いだけで半分溶けかかってるぞ」


「焦らさんね、ナツキ! 最後の仕上げに、インベントリから『日本の最高級岩塩』ば一振り……これたい! これが庄田国の流儀たい!」


 焼き上がった肉を、ナツキが豪快に口へ放り込む。

 噛んだ瞬間、溢れ出す肉汁。野生の臭みは一切なく、あるのは暴力的なまでの旨味と、焚き火の香ばしさだけだった。


「……美味い。死ぬほど美味いな、これ。王宮で出されたあの気取ったスープなんて、足元にも及ばないぜ」


「当然ばい! おいの火力と、カズヤの精密分析、そしてナツキの『美味いものを食う』という執念。

 この三つが合わされば、異世界の魔獣もただの高級食材にすぎんばい!」


 三人は、Fランクの初仕事という自覚もなく、森の真ん中で贅沢な宴に耽っていた。


 カズヤが満足げにコーヒー牛乳を飲み干した時、ふとスマホの画面に目を落とした。


「パキンッ」


 また、あの音がした。

 通知センターに、一件のシステムメッセージ。


『……ヤキ・スギ』


 カズヤは眉をひそめたが、肉のあまりの美味さに思考を放棄した。


「パケットの無駄遣いだな、このバグ。後でOSの再インストールを試してみるよ」


 彼らはまだ、自分たちの「調理」が、この世界の生態系と魔力の循環を、少しずつ狂わせ始めていることに気づいていなかった。


 銀色のキャンピングカーの傍らで、三人の笑い声が異世界の夜に溶けていく。

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