第5話:ギルド登録と、Fランクの逆襲
交易都市バザールの中心部に位置する冒険者ギルド「黄金の盾亭」。
巨石を積み上げた無骨な外観とは裏腹に、一歩中へ踏み込めば、そこは酒の匂いと鉄錆の香りが混ざり合う、熱気に満ちた別世界だった。
荒くれ者たちが大声を張り上げ、掲示板に群がる中、ナツキたちは場違いなほど清潔な身なりで受付カウンターへと歩み寄る。
「カズヤ、見てみろよ。あの隅にいる連中、こっちを完全に獲物を見る目で見てるぜ。
異世界のギルドっていうからには、もう少しファンタジーな歓迎があると思ったけど、これじゃあ新宿の歌舞伎町の裏通りと変わらないな」
ナツキが肩をすくめ、背後の視線を柳に風と受け流す。カズヤはスマホの画面を凝視し、ギルド内に張り巡らされた魔力結界の周波数を特定していた。
「歓迎なんて期待するだけ無駄だよ。彼らにとって新人は、自分たちの仕事を奪うライバルか、あるいはカモでしかない。
それよりナツキ、正面の受付嬢を見て。彼女が持っている魔導名簿、さっきの門番が使っていたものより数世代新しい。俺たちの偽装データが通るか、五分五分だね」
「心配しすぎばい、カズヤ! おいの覇気があれば、機械ごときが異を唱えるわけなかろうが!
それに、おいの腹はもう次の『ジビエ料理』を求めとる。さっさと登録ば済ませて、森へ狩りに行くばい!」
マルモが豪快に笑いながら、カウンターの天板を景気よく叩いた。
受付嬢は眉一つ動かさず、事務的な手つきで三枚の黒い水晶板を差し出してきた。
「冒険者登録ですね。こちらの鑑定水晶に手を置いてください。個人の資質、魔力保有量、および保有スキルが自動的に数値化され、それに基づいたランクが決定されます。
なお、虚偽の申告は処罰の対象となりますのでご注意を」
ナツキは、その冷徹な声に少しだけ口角を上げた。まずは彼が、ぷにぷにとした掌を水晶に置く。
ピカッ、と水晶が不気味な紫色の光を放ち、すぐさま隣の魔導名簿に詳細なパラメータが浮かび上がった。
【鑑定結果:ナツキ】
• HP: 150(標準以下)
• MP: 0(測定不能:極小)
• 攻撃力: E(農夫並み)
• 防御力: D(標準)
• 魔力: G(欠如)
• 敏捷: F(運動不足)
• 運: C(普通)
• 固有スキル: 解析不能
• 総合評価: Fランク(最低ランク)
「ぷっ、ぎゃははは! 見ろよ、あのガキ! 魔力がゼロだってよ! 攻撃も敏捷も、そこらの農民以下じゃねえか!」
背後で見ていたベテラン冒険者たちが、腹を抱えて笑い出した。
ナツキは微塵も動じず、次のカズヤへ促す。
カズヤが手をかざすと、さらに「異常な」数値が並んだ。
【鑑定結果:カズヤ】
• HP: 10(瀕死寸前)
• MP: 2,500(優秀)
• 攻撃力: F(非力)
• 防御力: G(数値:1…絶望的脆弱)
• 魔力: B(高水準)
• 敏捷: C(普通)
• 運: E(薄幸)
• 固有スキル: 干渉(詳細不明)
• 総合評価: Fランク(最低ランク)
「なんだこりゃ! 防御力1!? 転んだだけで死ぬんじゃねえか! 敏捷は壊れてやがるし、欠陥品を連れてきたのかよ!」
嘲笑が渦巻く中、最後はマルモが、王者の風格で水晶を握りつぶさんばかりに手を置いた。
【鑑定結果:マルモ】
• HP: 2,000(頑強)
• MP: 800(火属性限定)
• 攻撃力: E(見た目だけ)
• 防御力: C(普通)
• 魔力: エラー(調理概念にのみ反応)
• 敏捷: E(鈍重)
• 運: S(強運:自称・庄田国の加護)
• 固有スキル: 変火(火力調節限定)
• 総合評価: Fランク(最低ランク)
「こっちは運だけか! 全員揃って使い物にならねえゴミ屑どもだ!」
「三人揃ってFランクかよ! おままごとでもしに街に来たのか? 悪いことは言わねえ、死ぬ前に故郷のママのところに帰りな!」
野次が最高潮に達する中、受付嬢もまた、同情すら混じらない冷めた視線で三人を一瞥した。
しかし、ナツキは動じなかった。
むしろ、その水晶の結果を指差して、受付嬢に静かに問いかける。
「お姉さん、一つ聞いていいかな。この『Fランク』っていう評価の根拠、具体的に説明してくれるか?
この機械が何を基準に俺たちを『弱い』と判断したのか、そのロジックを教えてほしいんだ」
「……ロジック、ですか? 基準は明確です。
魔力の絶対量と戦闘に寄与するステータス総合値。
それらが基準に達していない者は、依頼の遂行能力がないと見なされます。
これは、あなた方の命を守るための安全基準でもあるのですよ」
受付嬢が、まるで教え子を諭す教師のような口調で言った。
ナツキはその言葉の隙を見逃さず、一気に畳みかける。
「『安全基準』ね。いい言葉だ。でもさ、それって『過去の凡人たちが作った物差し』でしかないだろ?
魔力が多いから強い。足が速いから有能。……
そんな単純なモノで、未知の可能性を測れると思ってるのか?
例えば、、、
魔力がゼロでも、相手の魔法を完璧に無効化する技術があったら?
ステータスが低くても、一撃で城を落とす火力が扱えたら?
その場合、君たちのこの『安全基準』は、ただのゴミ同然になるよね」
「そ、それは極論です。そんな力を持つ者が、Fランクのステータスで現れるはずがありません」
「『はずがない』。……お姉さん、今、自分の想像力の限界を世界の限界にすり替えたな。
ギルドっていうのは、未知を既知に変える最前線のはずだろ。
なのに、窓口に座っている人間が、自分たちの想定外を否定してどうするんだ? それこそが、この組織の腐敗の始まりじゃないのか?」
「パキンッ」
静まり返ったギルド内に、誰の耳にも聞こえないはずの「精神が折れる音」が響いた。
受付嬢の顔から余裕が消え、言葉に詰まって後退りする。
「この街の安全を守るなら、数字に踊らされるな。
俺たちが本当にFランクかどうかは、これからの仕事で証明してやるよ。
その時は、その魔導名簿の安全基準、根本からアップデートしてもらうからな」
ナツキは背を向け、カズヤとマルモに合図を送る。
カズヤはスマホを操作し、ギルドのサーバーからひっそりと「全クエストの効率的な攻略ルート」を吸い出していた。
「ナツキ、説教のキレが昨日より上がってるね。
受付嬢のメンタル、今の三分間で全壊したよ。
おかげで俺たちの個人情報の奥深くに、変な監視タグを付けられる隙を与えずに済んだ」
「よかばい! 数字で人を判断する連中には、庄田国の王子の『実力』ば見せつけるのが一番の薬たい!
ナツキ、まずはどの依頼から片付けるばい? おいの腹虫が、もう限界ば訴えとるぞ!」
三人は、呆然と立ち尽くす冒険者たちの間を縫って、意気揚々とギルドを後にした。
彼らが去った後のカウンターには、測定器が弾き出した「Fランク」という無機質な文字だけが、まるで皮肉のように光り続けていた。
「パキンッ」
また、音がした。
カズヤのスマホの画面に、一瞬だけ、ノイズ混じりのログが表示される。
『……ランク・サギ』
カズヤはそれを、ただの翻訳ツールの誤作動だと断じ、画面をスワイプして消した。
三人の「Fランクの逆襲」は、こうして不穏な予兆を孕んだまま、加速していく。




